賢者VS異能力者


「誰だよあんた。空間系の異能力者? けどさ、ここがどこだか分かってんの? 残念だけど、あんたはここから逃げられない。だってここは白栄ギルドの本拠地で、運の悪い事に今ここにはSS級、レベル6の異能力者が二人も居るんだよね。要するにあんたは終わりだ」


「夜坂陰瑠……」


「また会ったな天宮司花蓮。それで、これはどういう了見だ?」


「何やってるのさ天宮司さん、さっさとこいつを拘束しちゃいなよ。まさか、こんな雑魚異能力者相手に怖気づいてる訳じゃないでしょ?」


「ああ、夜坂陰瑠、貴様を拘束する」


 天宮司花蓮は数か月前に彼に発動したように、陰瑠を地に這いつくばらせるために、その異能を発動した。


重力支配グラビティ


「悪いな。お前はもう超えたグラビティキャンセル


 それは、自分に掛かる重力の全てを相殺する魔法。


 天宮司花蓮の能力を完全に無効化できる魔法だ。


「は? ねえ天宮司さん。全然全く発動してないんだけど、しっかりしてくれるかな?」


「何故、私の異能が発動しない……?」


 天宮司花蓮の異能は間違いなく発動しているし、間違いなく相殺されている。


 陰瑠は、花蓮の異能の出力を自身の魔法が上回って居る事に内心安堵する。


 だが、当然と言えば当然だ。


 十番台魔法を発動できるほどまで強化された陰瑠の魔力と、全盛期の賢者を越えたと自負する魔力制御能力によって放たれるその魔法は、既にここが異世界であったとしても一級品。


 魔力の魔の字も理解していない異能力者では、防ぐ手段を講じる事すら出来ない。


「どいてよ天宮司さん、もう俺がやるから」


 天宮司花蓮の震える肩を掴み、もう一人の男が出てくる。


「ああ、俺はあんたと戦う訳じゃないぜ? 一方的にあんたが俺に平伏するんだ」


 そう言うと男の口は更に回る。


「妹って言ってたし、その娘の兄なんだろ? じゃあさ、『こっちに来い』、こういうのはどうかな?」


「はい……」


 夜坂十華が、男の命令に従い一歩づつ男に歩み寄っていく。


「あんたがここで拘束されないと、この娘の命の保証は無いよ?」


 陰瑠は考える。どうするかではなく、どういう気持ちでやるのか。


「クズで良かった」


 これで、人を殺してみることができる。


絶断アブソリュート


 そう、陰瑠がつぶやいた瞬間、阿鼻巣郎袁あびすろうえんの右腕が吹き飛んだ。


「あ? …………え? あああああああああああああああ痛いんだけど、可笑しい痛い、無い無い、痛い痛い、無いんだよ俺の腕が、右腕が、何にもなくて、痛ぐで、いだぐで、なんにも、ないくて。なんで、おかしいよおかしい。こんな事ある訳ない。ああああああああ」


「うるせえ」


 亜空倉庫かた一つの小ビンを取り出し、それを傷口に向かって投げつける。


「あ、ああ……」


 それは下級回復薬。部位欠損を修復するほどの能力は無いが、それでも腕が落ちた傷口を止血するくらいの性能はある。


 腰が抜け、肩を抑える阿鼻巣に陰瑠が一歩づつ近づく。


「あんた馬鹿かよ。いい加減にしろよ! 大概にしろよ! お前の妹殺すぞって言ってんだよ!!」


 陰瑠は何も言わず、落ちた腕を拾い上げる。


「良いんだな! やってやるからな! 後で泣きついたって知らねえぞ!!」


「やってみろよ?」


「自害!し……」


「第二六術式、傀儡者ワラニンギョウ


 魔法が発動し、阿鼻巣の動きが完全に停止した。


 その魔法は阿鼻巣の使う精神支配に比べれば、その劣化版のような能力でしかないが、それでもこの状況では十分だった。


 阿鼻巣の能力の発動条件が触れる事なのに対して、この魔法の発動条件は敵の身体の一部を媒介にする事。


 ただ、どちらも発動した能力への対抗策は有していない。


 もしも、阿鼻巣が先にその能力を発動していたなら、この状況は真逆になっていたかもしれない。


 けれど、阿鼻巣には三人の洗脳者の枠を解く勇気がなかった。


 そして何より、陰瑠は手記によって相対する相手の能力を知っていた。


 それだけの話だ。


「洗脳している人間を解放しろ」


「はい……」


 今度は阿鼻巣が命令に従う番だ。


 十華の目に生気が戻る。


「うぅ……」


 しかし、今までの精神的疲労が一気に来たのか、そのまま十華は眠ってしまった。


「リヒト、出て来て十華を護れ」


「カカ」


 亜空より呼び出された骨の魔物は、気絶してしまった少女を護る様に障壁を展開した。


「なあ、意識はあるだろ?」


 傀儡者は相手の精神を洗脳する魔法ではなく、相手の身体を自由に操る魔法だ。


 黙れと思えば黙るし話せと言えば話す。


 そして、異能力も身体機能に含まれるらしいと陰瑠は今の動作で理解した。


「今まで人を洗脳してきたお前が、操られるってのは、どんな気分なんだ? 好きに答えろ」


「最悪の気分だよ」


「そうか、お前に操られてた奴もそんな気分だっただろうよ」


「待ってくれ! 俺をどうする気だよ!」


「お前が操ってた奴みたいになるんじゃないか?」


「嫌だ! 嫌だよ辞めてくれ、お願いだよ……」


 自分が支配した相手に対して不当な扱いをしていた自覚はあったのだろう。


 必死に阿鼻巣は命乞いを始める。


 口しか動かせず、片腕を失ったその身体で。


「俺は、国に必要な人間なんだよ。ここでお前一人の為に俺を殺したら、国に狙われるぞ!それでもいいのかよ!!?」


「ああ、その話はもう終わってる」


 一歩、陰瑠は近づいた。


『スキル《威圧》が発動します』


「ひぃ!!」


 ほぼ無意識で、陰瑠は目の前にいるその男に殺意を抱いた。


 それを感知したシステムが、願いに応えるように自動的にスキルを起動する。


 システムはダンジョンをより攻略している者の味方なのだから。


「助けてください…… お願いします。お金も上げます。虫も食べます。僕を好きなだけ殴っても構いません。お願いします。お願いします。だから、僕の事を殺すのだけはやめてください」


 彼が自分の事を俺と言い始めたのは、ほんの三か月前。


 ダンジョンが出来て、異能力に目覚めた直ぐの事だった。


 だが、何故彼の一人称が変ったのか知るのは彼以外には居ない。


 まるで、言いなれた常套句でも口にするかのように、彼は許しを請う言葉を紡いだ。


 まるで、日常生活で使っていた身体操作であるかのように、彼は地べたに額を付ける。


 それが、彼の生きてきた人生を物語っていた。


「なあ、お前はもしお前が死なないと人類全員死ぬとして、死を選べるか?」


 陰瑠の言った、好きに答えろという命令はまだ続いていた。


「……」


 だが、阿鼻巣はそれに答えられなかった。


 陰瑠が欲しがっている回答が、相手の欲しがる回答をいつだって探し続けたその男でも思いつかなかったから。


「俺もそんな事が出来る奴は一人しか知らない。理由があったところで、人は死を受け入れられないんだ。だから、お前が不幸な事と、お前が死ぬ事とは何の関係もないんだよ」


「え?」


 気が付いたときにはもう遅かった。


 第二七術式、邪眼。それは対象の情報があればあるほど成功率の上がる、即死の魔法。


 名前は手記に乗っていた。


 血液型はもう解る。


 魔力量も龍眼で解ってしまった。


 腕の重さから体重を。


 腕の長さから身長を。


 そして、その行動から人生を読み取る。


 形振り構っていられない人間ほど、人生を想像し易い行動をする物もない。


 それが正しかったから、その人間は死んだ。


 けれど、陰瑠に同情心が全く無かったかと問われればその答えは分からない。


 何故なら、


「起きろアビス」


『共食スキル《精神支配》を獲得しました』

『アビスが共食スキル《捕食》を獲得しました』


 そんな人間でも、その男は支配下に置いたのだから。


「え……?」


 それに驚くのは、この部屋にいる人間の中で最も劣勢に立たされる者。


「悪いが。こいつの能力は危険だと判断した」


 もしも、陰瑠自身が操られれば対処の使用が無い。


 だから殺した。陰瑠はそういう意味を込めて、天宮司花蓮にそう言った。


 だが、天宮司はそうは捉えない。


 ただ、危険な能力者を片っ端から排除していくとしたら、次の対象に選ばれるのは……


「私も殺すのか?」


「っは」


 その笑みは花蓮に恐怖を刻みつける。


 まるで、自分の全てを見透かしているかのような、掌の上で踊らされているかのようなそんな幻影を抱かせる程に。


 コツ。


 一歩。男が女に近づいた。


「ひっ」


 女は逃れようと脚を下げようと試みるが、固まった下半身は簡単には動かない。


『スキル《威圧》が発動します』


「あああ……」


 ついに立っている事も諦めたその身体が一気に地面に落ちる。


「案内してくれ」


「え……?」


「ここで一番偉い奴の所に」


 白栄ギルドは国営のギルドだ。そのトップには官僚が据えられている。


 特異建造物管理大臣。それはつい三ヶ月ほど前に出来た、新たな役職名である。


 そして、白栄ギルドの頂点に坐する人間の別の呼び名でもある。


 陰瑠は三人目のSS級トラベラー、赤丸小次郎に会わせろと言っているのだ。


「まだ……だ……」


 だが、天宮司花蓮には全うすべき正義があった。


 そして、守るべき力があった。


 期待される物があった。


 だから、もう一度だけ抗おうと思えた。


重力槍グラビティスピア


 それは、異能力の範囲を狭める事で一時的に出力限界を突破した技。


 そのエネルギーに貫かれれば、幾ら男が強かろうと心臓を狙えば死ぬ。


 重力を操る彼女の力は、発動した瞬間に効果が完全に発動する。つまり、理論的に光速すらも越える0モーション攻撃。


「自動発動第十術式」


 陰瑠が十番台の術式を使えるようになる事に拘った最たる理由。


 それは第十術式にこの魔法があったからだ。


回鳳凰フェニクス


 炎が陰瑠の身を包む。


 そして、心臓を撃ち抜かれたはずの陰瑠の身体は全くダメージなど感じさせない程に、完全に胸の穴が塞がって、破れた衣服から肌が露出していた。


「満足したか? お前を殺さないのは、お前が驚異じゃないからだ」


 致命傷を受けた場合に自動発動する完全回復術式。


 これが、賢者にのみ許された最大の切り札。


 それを見せられれば、彼女は諦めるしかない。


 もしも、これでも彼女が立ち上がるのならば、神に選ばれたのはもしかしたら彼女だったかもしれない。


 けれど、天宮司花蓮は賀上若勝ほどの才能を持ち合わせていない。


 己の意思を貫く才能を。


 それは、自分の正義に反していながら阿鼻巣の能力行使を見過ごしていた天宮司花蓮には、絶対に真似できない才能。


「分かりました」


 そう言って天宮司花蓮は、夜坂陰瑠を案内する事を受け入れた。


「服、着替えるからちょっと待ってて」


「はい」


(流石に胸の部分に穴が開いた格好で会うのは失礼だよな、交戦すると決まったわけじゃないし)


 陰瑠の問に了承の意を示した天宮司が、部屋から出て行く。


 コインで適当な服を選んで着替える。


 更に十華に中級回復薬を飲ませる。


(これで、少しは精神の方もマシになってくれると助かるんだけど)


 三か月も閉じ込められた彼女の精神疲労やストレスは計り知れない。それを気遣っての事だった。


「よし行くか」


 ドアを開けると、人が増えていた。


 天宮司花蓮の他に二人、金髪の男と黒髪の女。


 男の方に関しては傷を多く受けているようだ。


「誰?」


「阿鼻巣に操られていた男と、その男と交際していた女性です。どちらも阿鼻巣の同級生です」


 小声で天宮司がそう伝えてくる。


「あの警備をどうやって掻い潜った?」


「私の能力です。転移門ポータル、予め地点を設定する必要がありますが」


「そしての僕の異能は探知サーチ、見知った相手の居場所が分かる」


(阿鼻巣の洗脳が解けて復讐でもしに来たのか? それにしても空間系統の異能がこんなぽんぽんと……)


 陰瑠は興味のなさそうな顔で二人を伺う。


 どちらも陰瑠の魔法やスキルに比べれば取るにたらない能力だ。放置していて何の問題もない。


「それで、何しに来たの?」


 だが、少し興味が湧いた。今は陰瑠の配下であるアビスにどんな用事でここまで来たのか。


「誰か知らないですけど、そこにあいつが居るのは解ってるんだ。そこを退いてくれ!」


「じゃあ、答えてくれよ。何しに来た?」


「決まってるだろ。あいつに復讐するんだ」


「あっそ……」


 そう言って陰瑠は横にズレるように移動した。


 後ろからリヒトに抱えられた十華も出てくる。


「骸骨……!?」


「え……!?」


 その姿に一瞬恐怖を浮かべた二人だが、男の方が何かに気が付いたかのように陰瑠の方を振り向く。


「どういうことだ? あの野郎の反応があんたから出てるぞ?」


「そりゃそうだろ」


「ふざけてんのか?」


 金髪の男は一触即発と言った風に陰瑠を睨みつける。


「出てこい、アビス」


 亜空倉庫で待機していたアビスが現れる。


 紛失した腕は、配下となった時に再生していた。今は五体満足だ、生前との違いと言えば瞳が淡く紫に発光している事だろうか。だがこれは、全ての配下に共通する特徴だ。


「てめぇ……! 良くも好き勝手やってくれやがったな!?」


 ただ、それでもアビスは何も答えない。


 命令が無く、攻撃も受けていない、更にいえば目の前の男は全く驚異に感じられないのだから配下としては当然の反応だ。


「無視してんじゃねぇぞ!?」


 そう言って、金髪の男は拳を振りかぶり、アビスの顔に叩き付けるべく力を籠めた。


 その瞬間、後ろに引いた手首を横にいた陰瑠に捕まれる。


「俺の配下に何か用か?」


「はぁ? さっきからふざけんてじゃねえぞ!」


「ふざけてる? どっちが?」


『スキル《威圧》が発動します』


「「ひっ!!」」


 魔力対抗の低い人間、それも自分の能力にSSトラベラー程度も自信もない。


 何ならどちらも戦闘系の異能ですらない。


 そんな人間に、幾度となく死線を越えた賢者の威圧を受け止められるはずも無い。


 邪眼が発動したという事は、陰瑠の予想した阿鼻巣の人生の予想に対する信憑性を意味する。


 だから、陰瑠はこの二人に悪印象を持っていた。


「別にお前らが誰に何しようとどうでもいい。けどそれは、その相手が俺の配下や大切な人間じゃなかったらの話だ」


 アビスは既に陰瑠の配下の一人だ。そして、配下であるアビスと初めて会ったこの二人と、どちらを優先させるかなど、そんな問答すらも必要ない。


『スキル《威圧》が解除されます』


「殺すぞ?」


『スキル《恐怖の咆哮》が発動します』


 その木霊は、その場にいる全員の脳裏に恐怖の象徴として反響する。


 絶対に忘れる事の出来ない呪いの様に、何度も。


「あ……」


「い……」


 男女は立ったまま気絶。


 下半身からは何かの液体が滴っていた。


「天宮司、行くぞ」


「あ……、は、はい!」

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