賢者とギルドマスター


「日本には現在、17人のSS級トラベラーが存在します。ですが、日本の管理下にあるSS級トラベラーの数は9名、残り8名は企業やそれに準じる組織に所属しています。ですので、SS級トラベラーと同等、いえそれ以上の能力を持つ貴方が我が国に力を貸してくださればありがたいのですが」


 白栄ギルドのギルドマスターである赤丸小次郎がいる部屋まで出向き、天宮司が赤丸にさっきまでの出来事を説明すると、彼はそんな提案をしてきた。


 薄気味悪い男。俺が彼に抱いた印象はそんな物だった。着こなされたスーツ、高級な腕時計、エチケットやマナーを完璧に心得ている所作。確かに社会人であれば、あって損のないスキルでそのスキルが高い事は評価されるべきポイントだろう。


 しかし、この男の経歴は少々特殊だ。元々官僚で、若くして大臣の位置についている。ダンジョンが現れた事と、官僚の中で最も高いレベルのスキルを扱えたことがそれに影響している。


 俺がダンジョンに入っている間に異能力レベルと呼ばれる指標が作られていたらしい。SSトラベラーはレベル6以上。Sランクトラベラーがレベル5。Aランクが4と言った風に異能力の強さはイコールでトラベラーとしての適性の高さだ。一部阿鼻巣のような例外もあるが、こいつもトラベラー適性が低い訳ではなく、それ以上に重要な任務があったというだけの話。


 俺の居場所嗅ぎつけたのが実は阿鼻巣だと知った時は驚いた。阿鼻巣は支配下に置いた人間のスキルを使用できる。そして、支配下にあった二人の能力は過去視と千里眼だ。この組み合わせは強力で、若勝とあの爺さんの後を追って俺との遭遇場面を発見したらしい。この2つの能力は見る能力であって、俺とあの二人との会話を聞かれたわけでは無いらしいが、それでもあの二人と接触している時点で拘束するには十分な理由という訳だ。


「どうでしょうか?」


 胡散臭いという感情は恐らくその表情から来るのだろう。俺は、紛いなりにも天宮司を完全に圧倒し、阿鼻巣を殺した張本人だ。それを前にして余裕の笑みを浮かべるその胆力。それがこの男の異常性。


「悪いですけど、日本に協力する気はないですね。まあ、俺や俺の知り合いに危害を加えなければ敵対する事もないでしょう。それと、ダンジョン攻略において知り得た情報の提供位なら気まぐれにしてもいい。まあ、それを信じるかどうかはそっち次第ですけど」


「信じますとも。貴方はこの3か月ダンジョンに居たのでしょう?」


「はい。一つ言える事があるとするなら、ダンジョン攻略はちゃんとやった方がいいって事ですかね。なんせ、この世界その者の命運に関わりますから」


「この世界?」


「話はここまでです。これ以上は確証の無い話なので、確信が持てた時にまた話します。俺はそちらに協力する事は無いと思いますが、出来れば俺の協力はしてもらいたいものですね」


「分かりました。できる限りの事は致しましょう」


 そう言って赤丸は笑みを浮かべる。これだけ俺にとって都合の良い、年上の人物にこれだけ不遜な態度で話しているにも関わらず、それでも笑みを崩さない。全く、何を考えているのか分からない相手だ。


「それでは、基本は相互不干渉。夜坂様が何か手を借りたい場合は、こちらのギルドに出向いていただくか私の携帯にかけてください」


 そう言って彼は名刺を1枚俺に手渡した。俺はそれを受け取る。俺の電話番号は要らないだろう。日本からの依頼を受ける事なんて無いんだから。


「それじゃあ、もしも俺の身内や知り合いに何かしたら……」


「ええ、心得ております」


 不気味な男だ。話は終わったしさっさと帰るとしよう。十華も寝かせてやりたいし。


「それでは失礼します」


「はい。ご足労いただきありがとうございました夜坂様」


 立ち上がった俺に向かって彼は深く礼をした。


「お車の準備がありますが?」


「必要ない。長距離転移テレポート




ーー




「なんですかあの人は……」


 転移で陰瑠が消えた後の執務室で、赤丸小次郎は天宮司花蓮に問いかける。その身体は汗でびっしょりで、全身に鳥肌が立っていた。


「分かりません。少なくとも、複数の異能を持っている思われます」


「オーラが、尋常の生物とは桁違いです」


 赤丸小次郎は魔力を可視化する事が出来る。それは彼の異能の派生能力の一つなのだが、分析眼という対象のあらゆる状態を把握する能力。その一つに相手のオーラを見る特性がある。それは間違いなく陰瑠が魔力と呼んでいる物なのだが、その呼び方を彼はまだ知らなかった。


「オーラ、ですか?」


「ええ、普通の生物が50から100だとすれば、あの人のそれは数万はあるでしょう。あのオーラは私の経験ですが異能の強さに直結します」


 赤丸小次郎の推測は正しい。異能力の出力が強い程操れる空気中の魔素が多いという事で、その量を決定するのが魔力量だ。つまり、人間は魔力量を上げる事で、異能を強くすることができる。ただ、魔力の増やし方など知る由もなし、人類は未だ魔力レベルという物にすら気が付いていないのだから。


「一体、この3か月でどこまでダンジョンを攻略しているんでしょうか?」


「我が国の最高到達階層は22階層。詳細情報が解禁された事で、かなりダンジョンの調査が進んでいますが、あの人はそれ以上は確実でしょうね。アメリカや中国の最高階層が26と8だったはずなのでその程度なのでは?」


「いや、それ以上だよ。きっと、彼はもっとずっと上に居る。そんな気がしてならないんだ」


 迫真の表情に、その分析眼が何かを捉えたのだと天宮司は推測したが、それは間違いだ。それは赤丸自身の直感以外の何物でもなかった。


「取り敢えず、上にあの人の事を報告しておきます。天宮司君、夜坂陰瑠と敵対する事を禁じます、調査や監視もしない方が良いでしょう。どこで気取られるか分かった物ではない。取り敢えず、友好的な関係を築く事を優先しようと思います」


「はい。それがいいと思います」


 天宮司花蓮も陰瑠ともう一度戦えと言われるのは勘弁願いたかった。というか、相対するだけで脚が竦むのにどう挑めるというのだろうか。何億積まれてもごめんだ。


 それほどまでにあの威圧感に、殺気に怖気づいていた。


「はぁ、せっかくエリート街道を上がれると思ったのに、やはり人生一筋縄ではないですね」


 赤丸の口からそんな言葉が漏れていた。深いため息と共に。

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