一時の安心


炎息吹カリュウ!」


 49階層で過ごした時間が一週間が経過した。既に若勝は第一術式の炎息吹と第一一術式の亜空倉庫を習得していた。たったの一週間で魔法を習得するとは恐れ入った。最初から賢者の記憶と知識を持っていた俺と違って、若勝はいま始めて魔力の存在を知ったような段階だ。前世で賢者の弟子だった奴でも最初の魔法習得に一ヶ月を有したことを考えると、それは驚異的な習得速度と言える。


 魔力最大量がかなり少ない事を除けば、魔法使いとしての素養は十分だった。魔力効率も習いたてにしては、かなり高いと思うし。


「陰瑠さんのお陰で魔法を使えるようになりました! ありがとうございます!」


「いや、そっちこそ経ったこれだけの時間で魔法を使えるようになるとは思わなかったよ」


 これに加えて、世界代表として神とやらに選ばれる程の異能を有しているのだとするなら、かなり驚異的な力になるだろう。俺の捕食程相性のいい能力は無いと思うが、それでもこの習得速度は驚異的だし、魔法を使っていればおのずと魔力は増えていくだろう。


「あの、すいません。そろそろ戻らないといけないんです」


 その神とか、地球代表とかがいる場所へ戻るのだろう。そりゃ、俺とこうしてたった50階層付近の階層でその力を遊ばせておくのは神や他の代表の人間からしても、効率的とは言えないだろう。


「分かった」


 今はまだ俺には力が圧倒的に足りていない。せめて十番台の魔法を十全に使えるようになるまでは、彼女を預けておくしかないのは歯痒いな。

 だが、これだけは言っておかないと。


「必ず迎えに行く」


「なんだか、照れますね」


「……そうだな」


 お互いに照れて顔を背けるのが何だか面白くて、俺と彼女はくすりと笑った。


「陰瑠さん、一年も経ったのにまだ彼女もいないんですか?」


「居ないな。俺みたいな半分爺さんみたいな奴に付き合わせるのもどうかと思うし」


「え? その言い方じゃあ告白されたことはあるみたいじゃないですか」


「あるけど?」


「そうですか…… モテるんですね」


「いや、一回しかないから。どうしたんだよ?」


「いいえ?」


「……? それに今はお前が居るから、他に現を抜かす事なんてないよ」


「それって……」


「あの時、言ってくれただろ。私も同じ気持ちだって。俺もそうだから」


 分かってても照れる。なんだこの状況。


「そうですか…… 何だか、クラクラします」


「膝枕でもしてやろうか?」


「なんですかそれ。私はもう行きますからね」


 彼女は後ろを振り返ってしまった。そのまま遠くへ歩いていく。


 あの時と同じように、彼女の身体は唐突に消えてしまうのだろう。


「ちゃんと待ってろよ。俺が迎えに行くまで」


「分かりました。いつまでも待ってます!」


 振り返った彼女の顔を、俺が認識するよりも速く、彼女の姿は消失した。


 誓いなおす。彼女の為に、十華の為に、ついでに賢者の為に、俺はもっと強くなる。


「次いでなのか。トホホ……」


 爺臭い事言ってないで、速く行こう。


 50階層への扉はもう確保してある。



--



 そこに居たのは、一人の女だった。


 若勝とは真逆の白髪をなびかせ、口元は避けている様に大きく、鋭い牙がその身を覗かせる。


 人型のモンスターか。


 今までの人型の中でも、一際人間に近い見た目をしている。


「キキキキ……」


 ただし、どうやら知能まで人間に近いわけでは無いらしい。


 雪女ってとこか?


 後ろからは、雪男や雪ゴブリン、その他にも49階層に生息するモンスターが勢ぞろいしている。


 その規模も今までのどんなボスフィールドよりも多く、個体ごとの戦闘能力も、40階層を更新している。


 ただ、今までの非でない戦闘能力を保持しているのは俺も同じ事だ。


 魔力レベルが7まで上がった事で、俺の合計魔力は14000に迫る勢いだ。


「負ける気がしないな」


 二本の短剣を構える。剣の技術や体術に関しても、最早素人に負ける気はしない。


 そして、今まで出会ったモンスターの剣術は、どう見ても素人のそれだった。


 こいつらには圧倒的に技術が不足している。


 そんな奴らに負ける気はさらさらない。


影人ゲンガー


 現れた二体の分身に命令を出す。


「狩れるだけ狩ってこい」


 雑魚相手なら影人の戦闘能力の方が高い。


 ただ、あの雪女は分身にはきついだろう。


 分身の能力値は身体強化込みの俺とほぼ変わらないが、技術に関しては読みやフェイントの概念が存在しないために強いとは言えない。


 あの雪女の武器は、俺と同じような小太刀が一本。


 薄い青色に発行するその刀身からは、まるで冷気でも放出されている様に感じた。


 あいつは、それなりに出来る。


 今までの経験から来る直感と、龍眼による魔力測定によって俺はそう判断した。


「キキキ!」


「うるせえよ」


 せっかくあいつの声がまだ記憶に新しいのに。


 お前みたいなきもいやつの声を聞かせるなよ。


 小太刀を振り上げた雪女は、その勢いのまま小太刀を俺へと振り下ろす。


 近接戦闘において最も重要なのは間合い、もっと言えば攻撃可能距離だ。


 そして、今みたいに攻撃可能距離がお互いクロスレンジしかないのなら、次に重要視するべきは、手数。


「お前は一本、俺は二本」


 それすらも、こいつらモンスターには分からないのだろう。


 小太刀の一閃を滑らせるように外へ逃がし、そのままガードに使っていない方の短剣で切りつける。


 そうすると雪女は一気に後ろへ飛びのいた。


 着物のような服装なのによくそんなに跳べる物だ。


「なんだ、もう怖気ずいたか?」


 短剣の切っ先を向けて問いかけてみると、その顔が一層憤怒じみた物になる。


「挑発は解るのか、じゃあさっさとかかってこいよ」


 さっきよりも速い飛び掛かり、さっきよりもパワーのある一閃。


 だが、駆け引きも何もないただの攻撃なら、身体強化を使える俺が一歩先を行く。


 もしも技術がお前に有ったなら、ここまで一方的にはならなかっただろうに。


 半歩回転して小太刀を避ける、そしてがら空きの首を斬り裂く。


 あっけない話だ。


 たったそれだけで生物モンスターは死ぬ。


「捕食」


 ボスからの魔力はそこそこうまい。


 どうやらボスが死んでも、連動して雑魚が消えていなくなるなんてことは無いらしい。


悪魔召喚ニエノ。さっさと殺せ」


 ボスを味方に付けてしまえば、モブモンスターにそれを阻む手立てはない。


 生前には見せなかった氷魔法のような技が、ゴブリンに炸裂する。


 氷の息吹か。まあ、あの高速戦闘中にはあんまり使えない魔法だよな。


 まあ、十全に使われていたとしても負ける気はしなかったが。






『魔力レベルが上がりました』


『魔力レベルが上がりました』


『クラス獲得クエストを開始しますか?』

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