異界戦争


「お久しぶりです。陰瑠さん」


若勝もか……なのか?」


 49階層の入り口で俺の前に現れたのは、どうみても、俺の探し人だった賀上若勝に間違いなかった。


「やっと会えました」


 言葉が出ない。


 なんて、言えばいいのか分からない。


 そんな俺の口から出た、最初の言葉は。


「良かった」


 彼女が居なくなっていなかったことへの安堵だった。


 可能性の話だ。彼女が死んでいる可能性や、もう彼女に会えない事だって聡明な賢者の脳は俺にそんな残酷な予想を忘れさせてはくれなかった。


「ありがとうございます。私は嬉しいです。陰瑠さんが、一番早くここまで来てくれたことが」


 冷静さが戻ってくる。


 それと同時に疑問の嵐が頭を埋め尽くし、そして聡明な脳が回答していく。


「待っていたのか? 人類がここまで到達する事を」


「はい。ここでなら、真実を話せますから」


「真実?」


「ええ、ダンジョンを地球に発生させた理由と、今私たちが置かれている危機を」


 そう言って、彼女は微笑んだ。


「ここへ最初に到達した人物。それだけが、私が真実を話せる相手の条件でした」


「だったら、教えてくれよ。その危機って奴を」


 勿論、そう言って、彼女は語りだした。地球を、いや宇宙全てを巻き込んだ戦争の記憶を。


「相手は、異世界・・・魔術師・・・です」


 そして、俺にとって驚愕するしかない真実を。


「異世界の魔術師は、この世界への進行を開始しました。それを止める為にこの世界の神様は、ダンジョンという、この世界とあちらの世界との大きな隔たりを作り出しました。しかし、魔術師がその迷宮を突破するのは時間の問題です。だから魔術師たちよりも先にダンジョンを攻略して、ダンジョンという壁の主導権をこちらが保有する必要があります」


 異世界の魔術師までは納得も行かなくはない。俺自身も、その魔術師だった記憶があるのだから。彼女が言っているのが、賢者の記憶にあった世界なのかは定かではないが、賢者が死んでからの時間で異世界への転移魔法を誰かが開発したのかもしれない。


 だが、神というのは些か信憑性に欠ける。だが、事実としてダンジョンは存在している訳で、神とやらは実在するのかもしれないと、可能性の上では考えておくべき事になった。


「神様が選んだ五人の地球代表者が、ダンジョンの攻略をしていますが結果は芳しくありません」


「まさかとは思うが、その五人の一人が、お前って事か?」


「そうなります……ね」


 悲しそうに彼女は微笑んだ。そんな顔をさせる奴が居たとしたら、俺はそいつを許せないだろう。そんな泣きそうな顔で、彼女は笑った。


 ああ、またか、お前はまた自分の事をそんな風に蔑ろにするのか。


「異世界の魔術師は、魔法と呼ばれる異能力を有しています。私たちも先日地球の方々に目覚めたような超能力と神様からの加護によって対抗していますが、それでも魔法の瞬間的な威力は私たちの異能力を超えていました」


 その説明は、俺の見解と一致する内容だった。異能力は魔法よりも持続力に優れ、魔法は異能力よりも火力に優れる。異能は規定量以内の空気中の魔力を操る効果を持っているが、魔法は体内の魔力を込めれば込めるだけ威力が上がる。


 少なくとも、賢者の開発した魔法が伝わっている世界か、もしくはその魔法と同じギミックが搭載された魔法が開発されている世界だとするなら、ダンジョンで有利に働くのは異能力ではなく、魔法だ。


 一番大きな理由として、異能力は強くならない。だが、魔法は魔力効率や魔力量を努力によって成長させることができる。それが、この世界の代表が負けている最も大きな要因だろう。


「分かったよ。つまり、こっちの代表は自分達だけじゃ勝てないと理解したから、人類全員巻き込んだって事か」


「はい。私たちが自分勝手な事は解っています。それでも、このままでは異世界の魔術師による侵略行為を許す事になってしまいます」


 そうなったら、人類は滅亡だな。そりゃ現代兵器は決して弱くない武器だが、魔法の前では一人当たりの戦力が違い過ぎる。


 雷を落とされ、街を火の海にされ、水に沈められ、嵐に見舞われ、地に飲まれるだろう。そんな魔術師に通常兵器で勝てるはずがない。


 核爆弾なんて使い始めたころには、それこそ人類9割死亡エンドだ。


「それで、なんで俺だけに話すんだ。全人類に話した方がいいんじゃないのか?」


「ダンジョンに挑むにあたって、一般的な異能では全く意味がありません。それこそ、今地球でSS級トラベラーと呼ばれている程度の力は必要になります。であれば、下手に真実を伝えて混乱させるよりも、可能性のある人物にだけ真実を伝えた方が良いと判断しています」


「その判断基準が、ダンジョンの突破階層数って事か」


「はい。最速で上ってきた陰瑠さんには、この49階層で話しましたが、それ以外の方には最低でも100階層到達時に話そうと思っています」


「ちなみに。今の人類代表は何階層まで進んでんの?」


「320程のはずです。ですが、異世界の魔術師たちの突破階層は既に600は越えているようです」


 なんだそのインフレは。


「って、一体攻略は何階層なんだ?」


「分かりません。神様も知らないと言っていました。ですが、何れ魔術師たちが完全攻略する事は間違いありません。このままでは駄目なんです」


 地球ではダンジョンの発生と異能力の覚醒によって多くの人間が命を落とした。日本の被害はその限りではないが、世界的に見れば少なくない人間が死んでいるだろう。


 誰だ。


 こいつにそんな選択をさせたのは。


 決まっている、異世界の魔術師に、この世界の神に、同じこの世界の代表者だ。


「取り敢えず、全員ぶっ飛ばしてやる」


「え?」


「何でもない。それと、俺からも一ついいか?」


「はい、何でしょうか?」


「俺が異世界の魔術師だって言ったら、どうする?」


 彼女の表情が、凍り付く。そりゃそうだ、俺が敵だと言っているんだから。


「何言ってるんですか?」


炎息吹カリュウ


 証明するように、俺は魔法を発動し、近づいてきていたモンスターを吹き飛ばす。


 晴天の雪景色の中、炎息吹の爆風が俺と彼女の髪を揺らした。


「俺は、元だけど、異世界の魔法使いだよ」


 斬り殺されるだろうか。それとも、火炙りにされるだろうか。十字架に打ち付けられ、槍で刺殺されるのだろうか。それとも、幽閉され、拷問されるだろうか。


 そんな可能性が浮かんでいても、俺は君にだけは嘘を吐きたくない。


 驚いたような顔で、彼女は止まって。そして、目を瞑って少しだけ考えてから、俺にこう言った。


「それでも、私は陰瑠さんを信じます」


 と。


「ちょうどいいです。陰瑠さんが使えるなら、私も使えるようになるかもしれません。良かったら教えてくれませんか? もし私に魔法が使えたら、地球の方々に頼らなくてもよくなるかもしれません」


 喜々とした表情で、彼女は俺にそんな事を言ってきた。


 だから、その地球の方々にお前が入っていないのは可笑しいだろ。


 と、俺はそう思ったが、それが彼女だと改めて確信する。


 だから、もう俺はお前を諦めない。

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