越える
『29階層への転移が許可されます』
『購入可能項目に以下のアイテムが追加されました
疾走の短刀
雨の小太刀』
20から29までの階層間で二つの宝箱を獲得した。その中にはどちらも武器が入っていた。しかも魔力の籠った武器、魔剣の類だ。物質に魔力を込めると、それを操作する事が出来るようになる。錬金術式の中核を担う理論だ。これを恒久的に施された武器を魔剣と呼び、賢者の世界では高値で取引される非常に有用かつ強力な武器だった。魔力の施された武器は第一に武器としての性能、つまり剣ならば切れ味と耐久性が飛躍的に向上し、その上で使用者に特殊な効果を施す能力を有していた。
この二つの短剣は、どちらも使用者を強くする効果が込められている。疾走の短刀はその速度の向上。雨の小太刀は水によって発生する移動阻害の全てを無効化する。有体に言えば、魔力の込め方によっては水の上を走ることができる。魔剣は魔法使いしか使えない、何故なら魔力を武器に込める事でその効果を発揮するからだ。魔術操作の基礎を知らなければその効果を十全に発揮する事はできない。
29階層には20階層からここまでに見た全ての魔物が出現する。蠍に始まり、蜘蛛とか蟹とか珍しいのだと貝の化け物も出てくる。ただ、こいつらは総じて雷に対して耐性を持っていない事が解った。生き物が雷の耐性を持つというのは、それなりに異常な事だから当たり前の事と言えばそうなのだが、ここは異常事態の塊でもあるダンジョンだ。どんな生き物が居てもおかしくはない。
「
数少ない、雷の耐性を持つ生物の一つに幻想種ドラゴンの名前が上がる事は珍しくない。天空を支配するその生物は、炎、氷、雷の属性を司る。この魔法は、そのお伽話をモチーフに開発された魔法であり、三つの属性から一つの属性を選択して発動する事が出来る。賢者の世界にはドラゴンも実在したらしいがな。
ドラゴンは天災級の生物で、人界に現れたなら相当な被害を覚悟しなければならないような相手。それこそ、今のこいつらみたいに。そのブレスは一撃で、100の人間の命を奪ったと言う。今の俺の魔力操作では、そこまでの威力は出ないがこいつら相手には十分。
雷の魔法は全ての蠍を、蜘蛛を、貝を、飲み込んでいく。
こいつらの亜種個体も幾種か存在したが、その全てが雷に強い特性を持っていない事は確認済みだ。
通して貰おうか。お前たちの奥にボス部屋があるのは解っている。
二本の短剣を亜空倉庫から取り出し、抜き身で構える。
モンスターたちが護っていた扉を開け、その門を潜れば今までの蠍とは比べ物にならない程に大型のボスが立っていた。
立つという表現が正しいのかも分からないが。
そいつは、蠍と同等に巨大な蟻だった。
ただ、羽と鋭利な六本脚、そして腹から尻に欠けて青く発光しているその姿は、甲殻の赤色と相まって歪に見えた。
光が、腹から尻に欠けて移動していく。そして、光は遂に尻から外へ出てくる。
「増えた……?」
光が形を取り、その姿は母親とも言える最初の蟻と瓜二つ。
更に、増えた個体も即座に腹に青い光を宿す。最初の一体もそれと同時に光を宿した。
鼠算式に増えて行くって事か。
「そりゃ、確かに数の力って言うのは偉大だよ。まあ、相手が俺じゃなかったら、だけど」
龍眼を使って調べてみるが、子供を産み落としたからと言ってその魔力が減っている訳では無いらしい。
無限の魔力生成機関。まるで異能力者じゃないか。
「「「「KIGYAAAAAA!!!」」」」
しかも雑魚も出てくるのか。さっき相手にしていたモンスターたちが、更にその数を増やしてフィールドの至る所から出てくる。
俺にとってボスステージってよりも、ボーナスステージだ。
蜘蛛型のモンスターは口から毒の粘液を飛ばしてくる攻撃をする。遠距離攻撃を持っているのはこいつだけではなく、蠍の亜種も尾から、貝も口から攻撃を放ってくる。
弾幕を避けながら戦うのは少し厳しいな。
幾ら速度が上がっていたとしても、敵の攻撃を全て見切れる眼が無ければ意味は無い。
第一二術式、
それは空間を把握する魔法。
「
それは魔力を可視化する魔法。
その二つが合わさる事で、俺の眼は空間内の全ての魔力を、つまり生物の位置を把握し、その武器が身体の一部であるのなら投擲物さえも読み切る魔眼をなる。
「見えていれば、当たらない」
その投擲物よりも俺の移動速度の方が速いのであれば、避けられない道理は無い
どこまで回避できるか、試してみようか。
動きをコンパクトに、大きな隙を極力晒さず回避するには。
身体を回す事が重要だ。
可動域を増やせ、関節を解して、使える身体操作を増やしていく。
それが俺の強くなる方法。
出来る事を増やし、出来ない事を無くす。
それだけを見据えて、修業と呼ぶべき修練とした。
足首を、膝を、股関節を、背骨を、手首を、肘を、肩を、首を、回す。
動きを最適化しろ。
俺が攻撃しなければ、敵が減る事は無い。
しかし、敵は増え続ける。
ならば、身体的な限界点を増して、回避しろ。
魔力に驕るな、魔法に頼るな、異能に願うな、お前の力はお前の努力で開花する。
「
速度が足りないなら、風を纏えばいい。
視えないなら、魔眼を使え。
力を力と認識しろ。
総合的な戦闘能力を上げる。
魔法じゃなく、異能じゃなく、身体能力でもない。
お前の力は、努力できる事だけだ。
強くなる事を目指したなら、志したなら、出来ない事を諦めるな。
「儂はそうした」
自負と自信、事実と実績、賢者の持つ知識が、強くなる方法を俺に教える。
魔法を極める事だけに中略し、志半ばで倒れた。
それを負け犬と罵るのか?
それとも、妥協しなかったと賞賛するのか?
どちらでもない。
何故なら、その人間がどれだけ臆病だったか、俺は知っているからだ。
だからこそ、その姿は、賢者足りえた。
「
その魔法は、今までで、前世を含めた全てのその魔法の使用上で、最も高威力を発揮した。
「そうか、魔力操作の才能とは、つまり身体操作の才能だった」
一つ、賢者ですら解き明かせなかった謎を、俺の身体は解き明かした。
つまり、魔力操作は才能の世界などでは無く、身体を鍛える努力をした者の世界だった。
焼き焦がされた死骸が大量に転がるその領域は、
「捕食」
もう、俺の場所だ。
「第八術式」
八番台の魔法は、その消費魔力が軽く一万を超える。そして、魔法には魔法発動中は持続的に魔力を消費し続けるという特性があり、今の俺の魔力量じゃ維持どころか発動もできない。勿論、捕食を使えば発動は可能だが、持続する魔法の場合、その維持は困難となる。
そもそも、賢者の世界にもこのレベルの魔法を実用的に発動できる人間は、数える程度しか居なかった。
だから開発されたのがこの魔法だ。
「
召喚魔法の極致。
再現魔法とでも言うべき魔術式。
それは、誰もが一度は願う、絵の中の生き物が飛び出して来るという幻想を実現した魔法。
設定した能力を持つ魔物を召喚する魔法。
その消費魔力は設定した召喚物と、この世界の法則との相違性で算出される。
その生き物は全てを喰らう。
たったそれだけを設定された生き物。しかしそれだけの事で消費魔力は数百万を超えた。
それを調整したのが賢者の手腕。
一つ、その生き物は知性もなく本能もない。あるのはただ、全てを喰らいうという命令のみ。
一つ、その生き物は身体を持たず。あるのはただ、魔力のみ。
生き物じゃないんだ。
それはもう、現象と呼ぶべき召喚魔法。
つまり、天災を発生させる再現魔法。
その魔法が発動すれば、空間内の全ての魔力を喰らい尽くす。
そして、俺の魔力操作はその効果を更に進化させる。
ウロボロスも魔力を吸うという特性は、本来捕食生物の3割程度の魔力しか自分の活動魔力に当てられなかった。
ただ、俺はその魔法に、捕食と言う異能を付与する事に成功した。
今の魔力還元率は90%。
つまり、最初の発動時に消費した以外の魔力、こいつの持続に必要な魔力は、全ての敵から押収できる。
「喰らい尽くせ」
魔力だけのその生物は、10階層台で出たレイスに近い。
しかし、他生物の魔力を吸い取るという特性上魔法も異能も通用しない。
もしも、この魔法に立ち向かう方法があるとするなら、魔力吸収と同種の能力を持つか、魔力の一切を身体に宿していない事が絶対条件になる。
ただ、捕食で魔力回復できないのが難点だな。
まあ、こいつが喰らっても最大魔力量の上昇には使われるみたいだから別にいいんだけど。
どうせ、この場にこいつの捕食から逃れられる奴なんていない。
数百匹にまで増えていたボスモンスターを、ウロボロスは喰らいつくす。
俺が止めない限り、その暴食が止まる事は無い。
「7100か、中々美味かったよ」
『30階層の突破により魔力レベルが解放されます』
『突破報酬として以下から一つを選択して下さい
・適した装備
・良い消耗品
・魔力レベルアップ』
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