閉話 リリーナとフェンリルの過去


 少女が最初に見たのは藍色の長い髪に金色の瞳の優しい女性の笑顔だった。

 リリーナ・カトリックは、赤ん坊の時に狼の群れに襲われた事になっていたが真実は違う。


 父・アラン・カトリックと祖父・ゴーラ・ディネストの敵対勢力による誘拐事件だったがゴーラ・ディネストが秘密裏にもみ消し、狼の襲撃事件にした、リリーナは後に真実を知る事になる。


 真実はーー


 2人の男が森の中で赤ん坊を抱えて走っていた。


「ハァハァハァハァ……」


「母親は残念だが、赤ん坊だけでもいい金になるな! ハァハァ……」


「カトリック家の紋章入りだしな!」


 馬車を事故に見せて転倒させたのは、よかったが気絶した母親は諦め、赤ん坊だけを攫ったのだ。殺すチャンスはあったが誘拐の依頼だから殺さなかった。


 予想外だったのは護衛がかなり強く逃げるしかなかった事だ。

 森を逃げる男達の不運はこれからだった。


「ま、まずいぞ! 狼の群れだ!」


「急いで逃げろ、グハッ!!」


 狼は誘拐犯の喉笛に噛みつき、死亡する。

 狼の群れのボスは、フェンリルの子供だった。

フェンリルがリリーナを見た時に奇跡が起こる。


 ″スピリット″後に、グランドがリリーナの特殊な力について話した時、そう読んだ。

 敵対心がない生物に対してのみ、自分の心を通わせ仲間にする事ができる能力が彼女を助けた。


それから数年後ーー



「母さん、一緒に水浴びをしよ! みんなも、ちゃんと洗わないとダメよ!」


「ワン!」


ペロ、ペロ、ペローー


「くすぐったいわ」


 フェンリルは、リリーナを助け育ててくれた。

 リリーナもフェンリルを母と呼び、他の狼を兄弟と呼び一緒に暮らしていた。


 地球には育った記憶がある。だから困る事がなく服も自分で作った。フェンリルだけではなく他の狼も彼女を愛していた、彼女にはそれが良くわかった。



 12年が過ぎた時、事件が起きる。

 とある日、冒険者の獣人達がリリーナ達を襲った。


「みんな、右から攻撃をするチームと、左から攻撃するチームに別れて、あいつらを倒しましょう!」


「「ワン!」」


 狼とフェンリルの爪と牙、そしてリリーナの作戦に冒険者達は逃げて行った。

 地球での知識のおかげで、全てうまく行っていた。


「やったわ! みんな、撃退できたのよ!」


 喜ぶ彼女に、狼達は顔を舐めて喜び、フェンリルも彼女をさらに愛した実の子のように…

 ある日、大事件が起こる、フェンリルの噂を聞いた大富豪が軍と冒険者に依頼してフェンリル狩りを開始した。


「みんな、起きて森が燃えているわ!!」


 火の手は早く熟練の冒険者に追い詰められる、リリーナ達ーー


「みんな、急いで逃げて!」


 フェンリルの背中に乗るリリーナに狼達が一匹ずつ、鼻を擦り付け「クーン……」と鳴いていく。


「ダメ! みんな、行ってはダメ!!」


 凄まじいスピードと唸り声で冒険者に噛みつく狼達……

 遠ざかる景色の中で、兄弟達の断末魔を聞いた。


 フェンリルとリリーナが狭い洞窟に隠れた。フェンリルも戦い、疲れ、休息が必要だからだ。


「母さん飲んで、私も飲むから……みんなのぶんも飲むから……」


 泣きながら泥水をすするリリーナに、フェンリルも泥水を飲んだ。


 冒険者や軍の追撃は、止まず木の皮や虫を取って来て2人で食べた。フェンリルは痩せ細り戦う力はなく、リリーナも痩せていた。


「誰かくる! 母さん……」


 フェンリルとリリーナは身を寄せて息を呑んだ。


「マ、マリア……」


 メガネの軍服の男は目を見開きながら呟くと。


「向こうに逃げろ! 奴らがくる! 私が時間を稼ぐ!」


「あなたは? 誰ですか?」


 急かす男に、名前を聞きいた。


「私は、ウォルスタン・カトリックだ! 逃げるんだ!」


 冒険者がいる方に走るウォルの背中に、涙をポロポロと流して深く礼をした後、フェンリルと逃げた。

 走って逃げる中、大きな屋敷が見えた。

 たまたま、見た時あの藍色の長い髪の女性がいた。


「母さん! 待って!」


 あれが、産みの親だとわかる。


(助けてくれる! きっと、助けてくれる……)


 庭の柵にしがみついた、彼女の目には信じられない光景があった。


「嘘……私の帰る場所じゃ……ない」


 藍色の長い髪の女性が金髪で青い瞳の少年を優しく見守り、少年は赤毛の獣人の少女と楽しく遊んでいた。


 少年は綺麗な格好をして少女とお菓子を食べていた。

 自分はボロボロの泥だらけの汚い格好に空腹で倒れそうな状態……

 まるで違う、世界に映った。


「母さん、行こう! ここは、違う!」


 涙を、ポロポロと流すリリーナにフェンリルはペロペロと、顔を舐めて慰める。


「クーン……」


「ありがとう、母さん….」


 フェンリルの優しさがリリーナには嬉しかった。

 2人は、山の方に追われて逃げていたが力尽き、倒れていた。リリーナが死の間際に思い出すのは兄弟の狼達、地球の優しかった、たった1人の兄だった。


ザッ、ザッ、ザッーー


 誰かが近づいてくる。


「おお、これがフェンリルか思ってたより小さいな!子供か? ……安心しろ!助けるだけだ!」


 誰かに持ちあげられる。リリーナは逆光の中で優しかった兄に見えた。


「あ……き……ちゃ……」


 リリーナは気を失った。


(暖かい……誰かの手?)


 あぐらのかく男の腕の中で、リリーナは毛布をかけられて眠っていた。

 大きなテントの中で隣にはフェンリルが眠っている。男の前にはお粥の入った、鍋と木のお碗とスプーンがある。

 リリーナが起きた事に気づいた男は、リリーナの口元にお粥をそっと近づける。


「起きたかい? これを食べるんだ、お粥だよ。たくさんあるし、フェンリルも食べたから安心して食べるんだ、いいね」


 生きてた中で1番おいしいお粥だった。流れる涙で男の顔が見えない。


「お腹いっぱいになったらぐっすり寝るんだ。安心しなさい私がずっとそばにいるから……」


 乾いた心にその言葉は染み渡り、始めて心は満たされた

 その男は丸3日、リリーナとフェンリルの面倒を見た。男は、″グランド″と名乗った。



 

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