第3話 クローガン収容所陥落


 クローガン収容所の地下施設の奥にウォルスタン・カトリックは長年収監されていた。


 帝国に国家反逆罪に横領罪などの、多数の濡れ衣で捕まっていた。


 何の説明もなく、誰も話を聞いてくれず、自分が何の為に生かされているかも分からない生活が続いていた。


「私は……何の為に……」


 家族が生きているのか死んでいるのかわからない、薄暗い照明に照らされた汚く暗い部屋、割れたメガネに映るのはボロボロの服だけだった。


 何より厳しいのは話し相手がいない事だ。長い時間、人は誰かと話さないと精神に異常をきたす。


 長年カトリック家の為に帝国の内部で戦ってきた、鋼の精神がウォルをギリギリ繋ぎ止めていた。

 無気力でぼーとしてると慌ただしく研究所の所長メンタルが入ってきた。


「はぁはぁはぁ、念の為にあの豚がいなくても、鍵を開けれるように細工をしておいて正解だったな!」


 額に大粒の汗を流し、焦る様子のメンタルを見てここで何かが起きているのがわかった。


「すぐに出ろ! 貴様の弟のせいでクローガンはおしまいだ!」


「カインか? カインが来たのか?」


 メンタルは鼻で笑いながら答えた。


「カインだぁ? 違う! レイ・カトリックだ。独立解放前線のリーダーで帝国の最重要指名手配のアイツだ。貴様はボスからの命令で必ず連れて行く! 連れ出せ!」


 メンタルの命令で2人の研究員がウォルを捕まえて歩かせるが、ウォルには訳がわからなかった。

 メンタル達が言うボス。何よりレイがリーダー?


「レイが……」


 牢獄を出て長い廊下を引きずられるように歩く。

廊下の先では他の研究員が慌ただしく書類を運んでいた。


「緊急避難用の通路は使えるのか?」


 大きなカバンを持った研究員達がメンタルに答えた。


「今なら使えるはずです! ヤツらが来るのは時間の問題……」


「見つけたぞー!! 所長のメンタルだな!」


 通路の反対側にレイとナターシャ達が迫ってきた。


「レイ・カトリックまずい。お前達。時間を稼げ! ウォルスタン・カトリックだけはボスに届けなければならない。早くしろ!」


 研究所員達は警棒を取り出し、レイ達に襲いかかるが戦闘訓練をしていない研究員達はあっさりナターシャ達とココに倒されていく。


 ココは口から超音波を放ち気絶させたり噛みついたり、尻尾で叩いて戦っていた。


「急いで!」


「ココ、戦うー! レイパパ、急ぐ!」



 弱いが時間を稼げればいい研究所員達は距離を取り、警報と魔法で時間を稼ぐのでナターシャとココは先に行くように伝える。


「すまない」


 扉を開けて1本道の避難通路の先にメンタルとウォルを見つける。

 迫る足音に逃げられないと悟り、メンタルは時間を稼ぐ為に話しかける。


「レイ・カトリック! お前が来るとはな!」


「ウォル兄さんを離せ!」


「それは死んでもできない! もうすぐ迎えが来るはずだからな!」


「迎えだと? お前達のボスか?」


「違う! ボスの事は私でもわからない。迎えに来る人はお前も知っているがな!」


 少し考えたが思い当たる人物はいなかった。


「迎えは私だよ、レイ?」


 通路の奥からは白いスーツ、だが昔と違い筋肉質のガッシリとしたグレイブが現れた。


「グ、グレイブ兄さん?」


「私だよ? お前の兄、グレイブ・カトリックだ! 久しぶりだな!」


 姿形は、違っても嫌味な感じは変わらない。グレイブはウォルを連れて行く為にメンタルから受け取る。


「なぜ? なぜなんだ。グレイブ兄さん! 母様達や父様は帝国に殺されたんだぞ! なぜ、帝国にいる?」


 グレイブは豪快に笑い出す。


「ハーハハハッ! 父上達を帝国に売ったのは私だよ!」


「なっ!?」


 歪んだ笑顔でグレイブが話す。


「苦労したんだよ! カトリック家、全員分の罪状を作るのは! まさか、お前やカインが助かった上にレジスタンスを結成し、ケダモノ共を守る為に逆らうとは! はらわたがにえくりかえすぞー!」


 笑顔から怒りに変わる、グレイブがまともじゃないとわかった。


「あの方がお待ちだ。我々は行くよ?」


「ボスを知っているのかグレイブ兄さん! ボスは誰なんだ!」


 グレイブはうっとりとした顔で答える。


「あの方はカトリック家から見捨てられた存在、だがあの方だけが私を本当の意味で理解してくれた方は! 今の私の全てだ! お前達をあの方に近づけさせない! 絶対にだ!」


「グレイブ様? ボスは、ボスは私に何か言われてなかったですか?」


 メンタルがグレイブに尋ねる


「あーあ、あの方から、お前にプレゼントだ! 受け取り給え」


グレイブは胸ポケットから、銀ケースに入った注射器を素早く取り出し、刺した。


「新開発の薬だよ? メンタルくん!」


 姿はみるみるうちに変わり変化していく。


「!?」


「じゃあ、兄さん行こうか」


「逃がさない!」


 グレイブの動きを止めようとしたが何故か止まらない。ウォルを連れていく。


「ムダだー! 魔素力場発生装置、我々の科学の結晶だよ、じゃあなレイ」


 グレイブを追いかけようとするがメンタルが邪魔をする。


「クッ! なぜ、倒れない!」


 メンタルは肉体がドロドロに溶け、溶けた蝋人形のようになっていた。

 心臓を潰してもすぐに再生される、腕を切っても再生される。


 体から白い煙が立ち昇り、スゴイ熱と異臭で通路がサウナのようになっていた。


「なんですのー! このドロドロはー!」


「ドロドロ、くさーい!」


 ナターシャ達とココが、追いつき変わり果てたメンタルを見て驚いていた。

 その時、メンタルの煙がなくなり始めて溶けて消えていく。

 雪のように溶けていくメンタルを見てレイは仲間でも使い捨てるボスに驚愕していた。


「レイ? 何があったの? お兄さんはどこですの?」


 ナターシャの質問に答えられず、通路の先を見て、追いつけないと考えたあと、ナターシャ達に


「後で、説明する。他のみんなと合流しよう」


「わかりましたわ」


「ココ、わかった」


 通路を出たレイだったがわからない事がありすぎて混乱していた。



♢♢♢



 グローガン収容所は陥落した。

 しかし、収監されていた者は精神崩壊、幼児化、植物状態、体の部位を破損している者等、精神と肉体に凄じい被害を受けており、無事だった者を数える方が遥かに早かった。


 レイ達は収監されていた人達の状況を見る為に一ヶ所に集めたが夜戦病院がましに見える風景だった。


「想像を遥かに超えている!! ここまでやるのか! アイツらは…」


 唇から血を流し、怒りに震えていた。

 ポチ族の10歳に満たない女の子が近づいてくる。


「ママとパパがいないの? パパとママを知らない?」


 両親がいない恐怖で泣きそうになっていた。


「わかったよ、一緒に探そうね!」


 この方法では、できれば見つけて欲しくない。両親がいれば亡くなっている。祈るように手を握る。


「パパ! ママ! キラキラ光ってる?」


 幽霊は生存者の10倍はいた。レイは酷過ぎる状況に膝から崩れてしまった。


「レイ様!」

「レイ!」

「レイパパ!」


 ナターシャとアイカが肩を貸し起こすが力が入らない。

 ココはレイの頬にスリスリしながら心配している。


「すまないが、収監されていた人を一ヶ所に集めて、みんなで手を握ってもらえ」


 震える声で絞るようにレジスタンスの仲間に伝える。


「レイ様。無理をしないで下さい」


「そうですわ! レイが倒れたら意味がありませんわ!」


「ココ! レイパパ、しんぱい!」


「みんなありがとう、オレなら大丈夫だから……」


 ふらふらになりながら歩くとアイカとナターシャは支え直して歩く。一ヶ所に集められた人達は、何が始まるのかがわからず不安がっていた。


 アイカとナターシャから離れて、大声で収監されてた人達に語り掛ける。


「レジスタンス・独立解放前線のリーダーのれレイ・カトリックだ。これからグローガンで亡くなったみなさんの家族・友達・恋人・仲間に最後の別れを告げて欲しい。さあ、オレの手を握ってくれ」


 何を言われているのかわからない人達は不思議に思っていた。

 最前列の老人が枯れ枝のような手でレイの手を握る。


「……これは夢か! 死んだ息子達が……」


 老人は泣きながら震える声で叫ぶ。

 周りでも同じ事が起きていた、みんな泣きながらさけんでいる。


「彼等は旅立たなければならない! 彼等はここにいたら永遠に苦しむ事になる! 最後の別れを告げてくれ!」


 言葉の意味はわからないが、みんな彼等がここにいてはいけないのはわかった。誰も愛する者が苦しむのを望む者はいないからだ。


 各々が別れを告げていく。亡くなった者は昇天していき光の輪に吸い込まれていく。


「まるで神話のようじゃ」


 数多の青白い光が天に昇り光の輪に消えていく。光が多すぎて昼間の様に見える。 

 幻想的な風景に誰もが瞬きを忘れていつまでも見ていた。


♢♢♢


 日が昇る頃、レジスタンスの回収部隊が到着していた。

 

「来たぞ!」


 カインは回収部隊ではないが今回、レジスタンス結成してから最大の作戦の朗報を聞き、応援に来ていた。

 レイのいる部屋をレジスタンスの一員から聞いたカインは勢い良く扉を開けた。


「……ふぅー! 起きたら聞くか! 弟ながらモテモテだな。背中から刺されなければいいがな」


 そこには、アイカとナターシャとココに抱きつかれながら、大の字になってデレッとした顔で寝るレイがいた。


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