第3話

翌日は私の仕事が休みだったため二人でお出かけをしました。初めてのデート。そう思うと顔の温度が上がるのを感じました。あのかたはそんな私を見てにっこりと微笑んでくれました。あのかたがデートを楽しみにしてくれている。それがわかっただけで私の心は満たされました。

私とあのかたは近所の公園に行くことにしました。昨日は職場に行ったにも関わらずなかなか外の世界をあのかたに見せることができなかったので、今日は存分に外の世界を堪能してもらおうと考えました。公園と言ってもベンチとブランコが一つずつ置いてあるだけの小さなところです。引っ越してきてからしばらく経ちますがここへ来たのは初めてでした。公園の隅っこには、大きな木が一本立っていました。緑の葉を目いっぱいに広げる姿は尊大でしたが、何の木かは分かりません。

「このー木なんの木」

「きになるきになる」

私が歌うとあのかたも続けて歌います。目があうと吹き出してしまいました。それから二人でベンチに座り、お互いの話しをしました。どんな音楽が好きか、泣きたいときはどんな映画を見るか、友だちとどんな話しをするか。不思議と私たちは互いの好みがぴたりとあっていました。やっぱり私たちは運命だったのね。そう言うと、あのかたは照れくさそうに笑いました。その顔を見ていると今まで感じたことのない多幸感が胸に広がるのを感じました。このときは、これから起こる出来事なんて少しも想像できませんでした。


翌日、あのかたの身体に奇妙な斑点があるのを見つけました。思わず息を飲みました。あのかたをそっと入れ物から取り出し、全身をくまなく観察しました。するとその斑点はあのかたの全身にはびこっていました。私はあわてて冷凍庫のなかから保冷剤を取り出し、あのかたにあてがいました。どうしようどうしよう。カレンダーを見ると、あのかたに出会ってからまだ三日しか経っていません。私はこうなることを全く予期していなかったわけではありません。いつか、別れのときが来てしまうだろうと思っていました。いかんせんあのかたは私とは少々勝手が違うからです。しかしまさか、たったの三日でこんなひどい状況になってしまうとは。なぜもっとあのかたをいたわってあげなかったのだろう。後悔で胸がつぶれてしまいそうでした。私はあのかたを冷蔵庫にいれようか悩みました。一時的にあのかたと離れてしまいますが、あのかたの身体を蝕むものから距離を置くことができます。しかし、あのかたが冷蔵庫に入るのは嫌だ、と拒みました。あのかたは冷蔵庫がいかに寒くて暗くて孤独で恐ろしい場所であるかを私に説明しました。その口調は真に迫るものがあり、私は納得せざるを得ませんでした。

翌日もそのまた翌日もあのかたの身体をくまなく点検しました。しかし身体を蝕む病魔は手を緩めることをやめません。むしろその勢いは加速していました。最初のうち、あのかたは苦しがるそぶりを見せませんでした。きっと我慢していたに違いありません。しかしやがてそれも我慢ができなくなってしまいました。あのかたは苦しそうにもがいていました。私は泣きながら冷蔵庫に入るよう懇願しました。それでもあそこだけは嫌なのだと言って、私の言うことを聞いてくれませんでした。


あのかたと出会って一週間がたちました。あのかたの麗しいからだはほとんど黒くなっていました。私はあのかたの身体を保冷剤で冷やしながら、いっそのことあのかたを冷蔵庫ではなく、冷凍庫に閉じ込めてしまったほうがいいのではないかとぼんやり考えていました。冷たく暗い闇の底にあのかたを閉じ込めることに抵抗がありましたが、このままではあのかたの身体は朽ち果て、微生物に全てを食べつくされてしまいます。そうなるくらいならいっそ、あのかたを冷凍保存するほうがよいのではないかと思えてきたのです。

私はあのかたを入れ物からあのかたを出し冷凍庫に入れようとしました。しかし冷凍庫をあけ化石のようになったご飯や、塩鮭を見ているとやはり尻込みしてしまいました。やはり冷凍庫はやめよう。せめて冷蔵庫にしよう。そうすれば少しでも生きながらえることができる。そう思い、冷蔵庫の扉を開けました。

「頼む、やめてくれ」

あのかたが言いました。

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