6 猫女アーデルハイト

 それからまた動物の客が何匹か来て、ハツユキたちは仕事に戻った。

 ひいろは水晶玉を見つめ続けた。そうしているうちにバネバネバはハツユキの予想どおりに寝てしまって、ピピは元のプードルに戻った。

「あたし、どうして魔法なんか使えたんだろう」

 水晶玉から顔を上げると、ハツユキが見下ろしてきていた。

「ちと昔話をするか」

 視線を遠くへやる。ひいろでもこの部屋にあるものでもなく、もっと離れたところにあるものを見ている目だった。

「四百年前、外国から日本に来た猫女がいた。名はアーデルハイト。相手に幸せをもたらす白魔法の使い手で、たくさんのケモノビトや動物を助けた。魔女の使い魔を代々やっていたケモノビトだったから、自分も魔法使いになれたわけだ」

「魔女、魔法使い……本当にいるの?」

 ひいろは、自分が魔法を使ったにも関わらず問いかけた。ハツユキは楽しげにうなずく。

「そのころはケモノ界と人間界を肉体ごと行き来する魔法があって、人間界で人間と仲よくするケモノビトもいた。耳やしっぽを魔法で隠して人間のふりをするケモノビトも」

 魔女がいる時代。ハツユキたちのような半分人間半分動物の存在がうろついている時代。どちらもひいろにとっては面白そうだった。ハツユキは話を進める。

「アーデルハイトの場合は人間と仲よくするだけじゃなかった。人間に嫁入りしたんだ」

 そのようなことがありえるのかと、ひいろは思った。しかし、雪女が嫁入りする昔話もあると気づいた。ツルの恩返しも、ツルが人間の姿になって嫁入りしてくる話だ。

 ハツユキは、ひいろを真正面から見据えていた。ほほ笑みながらなので、威圧されることはないが。

「お前はアーデルハイトの血を引いている」

「え……?」

「隔世遺伝でアーデルハイトの魔力を持っているんだ。だから魔法を使えて、ケモノ界に魂だけで来ることができて、魔法の素のイメージを見ていた。こっちに来られたのは、アーデルハイトの魔法具を俺がお前の部屋に置いたからでもあるが」

 ひいろのブレスレットを指さす。

「そのブレスレットがお前をこっちで安定させてくれているはずだから、手放すなよ」

「あたし、人間じゃないの? そういえばお刺身が好きだけど、それも猫だからなの?」

「好物のことは知らないが、お前は人間だ。猫の耳としっぽもあの手袋も、内側に隠されていた魔力が形になっただけだ」

 ハツユキは余裕を崩さない。

「キツネ女が偉い人間に嫁入りした昔話、人間にも残っていないか? 生まれた子は人間だったが神通力を持っていて、成長してからアベの何とかという陰陽師になったとか」

「それって……!」

 ひいろはその名前を小説で見たことがあると気づいて、一気に興奮してきた。

「あたし、そんなふうになれるの?」

「そこまで行けるかはともかく、イメージが見えるのは便利なことだ。アーデルハイトとお前にしかできないことだぞ」

 ハツユキは、手を自分の頭の上で動かしていた。

「ずっと昔はここみたいな店に魔法使いのケモノビトがいて、動物たちから頼まれて魔法を使っていた。ただし魔法の素のイメージを見ることができないので、あの素がいいかこの素がいいかといろいろ試す必要があった。アーデルハイトだけはイメージを見ることができたから、クレープの魔法で動物を助けやすかったんだ」

 ひいろは、アーデルハイトが面倒見のいい猫女だったのだろうと想像した。

「今はそんな魔法がすたれて、ここみたいな店は動物から相談されてもアドバイスをするだけ。代金を二回に分けて払うのは、『店に来たときお茶代』『魔法の料理を食べた後で魔法代』としていたなごり。もう料理代や相談料くらいの意味しかない。俺だってそうしてきた。だが、お前がいれば違う!」

 ハツユキはこれまでと違って口調に力を込めていた。

「そこで頼みがある。この店で働いてくれ!」

「え……ええっ?」

「お前にもいいことはある。昔話によると、アーデルハイトはいつも魔法の素のイメージを見ていたわけじゃない。普段は見えなくして、見たいときだけ見えるようにしていた」

「見ないですむ方法があるの?」

 ひいろは衝撃を感じた。ハツユキは深くうなずく。

「当然だ。力というものは使いこなして初めて能力といえる。ただ、『物心ついたころがら持っていて訳がわからない』なんて力は使い方の説明ができない。さっきみたいに動物の相談を受けて、イメージをくわしく見たり魔法を使ったりしていれば、コントロール方法が自然と身に付くはず。アーデルハイトもそうやって魔法の腕を磨いたんだ」

 ひいろは胸が熱くなっていくのを感じていた。

(あれが見えなければ、動物を普通に眺めてられる。見えるのを役立てることもできる!)

 厨房の外をちらりと見た。テリアはまだくつろいでいて、フェレットたちがクレープと紅茶を楽しんでいた。ひいろはそれらの上に葉や花が浮かんで見える。

(あれが見えるからには、相談するほどかどうかはともかく悩みを持ってるってこと。あたしと同じだったんだ。そしてあたしは、そんな動物を助けてあげられる)

 何より嬉しいのは、ハツユキたちの存在。

(ハツユキたちは、あたしが変なもの見えると知っても変な子扱いしない。むしろ必要としてくれる!)

 相談を受けさせたことも、力の正体に気づかせて店へ引き入れるためだったのだろう。そう思うと、答えは一つしかなかった。

「あたしの方こそよろしく!」

「よかった。気が向いたときだけでもいいから来てくれ」

 ハツユキが笑顔で答えて、ムギが「やったー!」と声を上げながらバンザイした。スミは皿洗いをしながらひいろに振り返って、また頭を下げる。ひいろは自分が歓迎されていると感じて、気分がどんどん高まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る