ゲームセンター「EdgE」

@ykzzo

第一話

ーー「大したこと無い腕の癖によくやるよなぁ」


メイド服を来たショートヘアの少女ロボットが、嘲るような声で僕の背中に語りかけてきた。この店の店長は全く接客が得意では無い。


僕はこのゲームの二面のボスを倒せたことが無い。

一面は簡単だ。そこまではひとつも残機を落とさずに進むことができる。だが二面に入ると、もうダメなのだ。


並大抵の腕では全く進めない。自分の腕前を嘲笑うかのように、あっという間に残機をむしり取られていってしまう。

しかし、このゲームで二面で詰まっているのは、このゲームセンターによく足を運ぶ客のなかでは僕しか居なかった。


今プレイしているのは、僕が生まれる遥か前に発売されたアーケードゲームだ。もう数十年前の作品になるらしい。そんなゲームのオリジナル基板が、当時と同じレバーとボタンの筐体のまま、ほとんど奇跡的に、ここで稼働が続けられている。


はっきり言って「時代遅れ」も甚だしい。誰が居るのかも分からない怪しい店のなかに入って、おまけにやることが「ゲーム」だなんて。しかもこのご時世に莫大な電力を消費して、いくつものゲーム画面を煌々と照らし出している。その癖必要ないと言わんばかりに店全体は薄暗い。階段を降りた地下室みたいな狭い空間に、ほのかに甘いベイプの残り香まで漂う、いかにも怪しげな空間。


クレームや非難の言葉はいくらでも口を付いて出てくる。何かを叩くのは、本当にかんたんだ。とてつもなく難しいゲームを前にしながら、僕はそう思う。

CONTINUE画面になる。僕はボタンを連打してカウントを0にし、ゲームオーバーにしてから次のコインを用意する。このコインだって、いまは手に入れるのに苦労する。わざわざ銀行まで足を運ばなければ手に入らない代物だ。次のクレジットを入れようとする僕。画面から目を離していないけど、ニヤリと口許を歪ませる店長がそこに居るような気がした。


「いやぁ、君は実に素晴らしい。そこまで悲惨な結果を晒しだしておきながら、まだ挑戦をし続けるその心意気や良し。その調子でどんどんお金を入れてくれたまえ~」


……この店あっての、この店長である。


なにもこんなところに来る必要なんて無いんじゃないか?

そう思わないことも無いではない。


ゲームだってこの何十年かで常に進化をし続けている。今みんながプレイしている今のゲームが、今一番面白いものとして売り出されるはずなのだ。そうでなければ、ひどく虚しい話になってしまう。


僕がプレイしているこの昔のゲームはつまらないのか?そういう訳ではない。じゃあ最高か? と聞かれたら、さすがに首を傾げてしまう部分もある。なにせ、楽しむ前にすぐにやられてしまうのだから。


……楽しさだけを求めるのなら、きっと僕はここに来ないのだろう。

それは何となく、分かっている。僕はここに「楽しさ」以上の何かを求めてここに来ているのだ。

しかし、それは一体何なのだろう。いかがわしい雰囲気に満ちた、危なっかしくて心地よくもない、しかも完全に時代から取り残されたこの場所に、いったい何を求めてここに来ているのか。


……そんなことを考えているうちに、まさかの一面で残機がゼロになってしまった。

あーあ、今日もダメだな……ため息が出そうになる。この前も同じようなタイミングでため息を付いたような。

全く、進歩がない。下手すぎる。情けない。

それからも何度か百円を入れるものの、大きな成果は得られないままーー自己ベストも更新することもなく、僕は筐体の前から立ち上がった。


ゲームオーバーになり、画面はタイトルとデモ画面に戻る。INSERT COINの文字がゆっくりと点滅している。……くそ、覚えとけよ。ただのプログラムといえばそれまでの、憎いボスキャラに捨て台詞を心のなかで吐き捨てた。


「……帰るわ」

「明日も来るか?」

「……わかんねえよ。気力が持つかわからん」

「ゲームセンターエッジは、いつでも君の挑戦を待っているぞ~?」

「ほんと腹立つなぁ、その言い草」


クハハハ、と全く可愛くない笑い声と満面の笑みを浮かべる店長。なぜかは分からないが、こんな店長でも帰り際に見送りだけはいつもするらしい。


スルスル、と床の上をコードが擦れる音。


店長の背中にはコードが何本か刺さっている。そのコードは店の奥にある天井の隅に繋がっているらしい。

そのコードが一体なんなのか、僕はいつか尋ねてみようと思っている。今の僕が尋ねたところで、この「店長」は適当な返事しか返してこないだろう。何せ、僕は二面もクリアできない平凡なゲーマーなのだ。


今やりこんでいるこのゲームのエンディング画面を見るまでは、この店に通おう。

それだけは、心のなかではっきりと決めているのだった。

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