第26話「あぁ、そういう事ね……」
「久しぶりに再会するなり随分な言いようだね――父さん」
そう、このニヤニヤと人を馬鹿にしたような態度をとっているおっさんは、何を隠そう俺と佐奈の父親なのだ。
ちなみに、今は俺をからかおうとニヤついているけど、素でいる時も少し違った表情でニヤついたような怪しい顔付きをしている。
目が垂れ目なところとかチョビ髭を生やしている事が恐らく原因なのだけど、目の事はもう生まれつきの形なのでしょうがないし、チョビ髭に関しても幼い頃の佐奈がなぜか気に入っていたせいで父さんに生やすよう求めていたのが原因なので、俺も強く言えないのだ。
今は当然チョビ髭に佐奈は一切関心を示していないのだけど、父さんはまだこれで佐奈の気を引けていると思っているのか、ずっと維持している。
俺の扱いは雑で馬鹿にしてくる事も多いのだが、佐奈にはとても甘いのだ、このおっさんは。
「――和史さんの息子さん……? わぁ、とってもかわいい!」
呆れを多分に含む表情で父さんを見ていると、その父さんにくっつている美人のテンションが急激に上がった。
年齢は……俺とそう変わらないように見える。
いや、二十歳くらいにも見えるし、もしかしたら年下かもしれない。
父さん、どれだけ年下に手を出してるんだよ。
これだと本当に騙されてる事も可能性として考えておかないといけないぞ。
佐奈の話から父さんにくっついてる女性はおそらく再婚相手としてあげられている女性だろう。
これがただ二人して一緒に歩いているだけなら父さんの盛大な思い込み、もしくは再婚相手は別で今日たまたま用事があって一緒にいたという可能性を考える。
しかし、この俺よりも年下に見える美人はしっかりと父さんと腕を組んでいるのだ。
さすがにこれを見れば二人が恋人関係だと俺でもわかる。
……てか、かわいいって何?
神楽坂さんもそうだけど、なんで俺は年下にかわいいと言われるんだ……。
「佳純さん、騙されてはいけないよ。こいつはこう見えて荒い性格をしているからね」
「あんたは何シレッと息子の悪い風評を流しているんだ」
父さんは自分の恋人が俺の事をかわいいと言った事に嫉妬したのか、事実無根の嘘を言い始めた。
俺はそれほど荒い性格はしていないぞ。
「それにしても……父さん、若い人のほうがいいのはわかるけど、ちょっと若すぎないか? その人俺よりも年下に見えるんだけど?」
「和史さん、この子好き! 大好き!」
「よし、貴明。ちょっとあの裏地にでも行って、二人だけで話をしようじゃないか」
俺の言葉を聞いて佳純さん(?)が目の色を変えてはしゃぎ、父さんが別の意味で目の色を変えて俺の顔を睨んできた。
二人の思わぬ反応に俺はたじろいでしまう。
「えっと……? とりあえず父さん、そんな人を殺しそうな目で俺を睨むのはやめてくれ」
「ここが戦場だったら……お前の命はなかった」
「物騒な事を口にするな!」
遠回しに何を意味しているか理解した俺は、速攻でツッコミを入れる。
息子を手に掛けようとするなんて、父さんはよほど佳純さんにゾッコンになっているようだ。
……まぁ、気持ちはわかるけど。
佳純さんは言うなれば、神楽坂さんが大人になったような感じの人だ。
アイドル顔負けの整った顔をしているのに、上品さも窺える優しそうな顔付きをしている。
何より、スタイルがとてもよかった。
特に胸、大きいなぁ……。
神楽坂さんも高校生のわりにグラビアイドルに負けないくらい大きいけど、この人はその上を行っていることが服の上からでもわかる。
本当に、神楽坂さんが更に成長したような姿だ。
「こらこら、いくら珍しいからって女の人のお胸をジッと見つめたらだめなんだよ?」
気付かないうちに大きな胸に意識が引き寄せられていると、優しい声とともに佳純さんに鼻をちょんっとつつかれてしまった。
我に返った俺が慌てて頭を下げて謝ると、佳純さんはニコニコと優しい笑みを浮かべて許してくれた。
普通なら凄く怒られたり引かれるような事なのに、随分と余裕がある優しい人だ。
年下だろうに、大人の女性というのを思い知らされた気がする。
……それに引きかえ――。
「――コンクリートに詰めて海に流してやる……!」
隣のおっさんは随分と余裕がない。
本当に実の息子に何をしようとしているんだ……。
……まぁ、今回ばかりは悪いのは俺だけど。
俺でも彼女の胸が他の男にガン見されたら怒るから、今回は完全に非を認める。
「――えっと、自己紹介がまだでしたね。いつも父がお世話になっております、息子の貴明です」
俺は周りの迷惑にならない事を確認した後、車から降りて佳純さんに自己紹介をした。
頭を下げる時は先程の謝罪の意味も込めて深々と下げている。
すると、佳純さんも笑顔で自己紹介をしてくれた。
「改めまして、貴明君。いつも和史さんにお世話になっております、神楽坂佳純です。どうぞよろしくお願いいたします」
佳純さんは俺よりも更に丁寧な挨拶で深々と頭を下げてくれた。
仕草がとても上品な事から育ちの良さが窺える。
ほんと、よく父さんがこんな人を捕まえられたなと思うくらい出来た人だ。
ただ、ちょっと待ってくれ……。
今名前、神楽坂って言ったよな?
そしてここは神楽坂さんの家の前であり、車をしっかり持っているはずの父さんがお店も近くにないこんなところをなぜか歩いていた。
………………つまり、そういう事だよな?
「もしかして神楽坂さん――かぐやさんのお姉さんなんですか?」
「やっぱりこの子大好き!」
「貴明! お前本当に地獄に落とすぞ!」
一つの結論に至った俺が確認をすると、また先程と同じように佳純さんがはしゃぎ始めた。
そして、なぜかギュッと俺の顔を自分の胸へと押し付けて抱きしめてくる。
そのせいで父さんがめちゃくちゃ怒っていた。
俺は息が出来なくて、ポンポンッと佳純さんの肩を叩いて放してもらうように伝える。
すると佳純さんが手の力を緩めてくれたので、俺はプハッと慌てて息を吸い込んだ。
危うく胸に埋もれて窒息するところだった。
漫画などで見かける表現ではあるが、まさか自分が体験する事になるだなんて思うはずがない。
…………まぁ、嬉しくなかったと言えば嘘になるけど。
とはいえ、さすがに素直に喜べるほど欲に従順でもない。
それにこの野獣のような、もっと恐ろしいもののような顔をしている父親をどうにかしないといけない。
佳純さんは凄いな。
こんな父さんを見ていても一切動揺した素振りがない。
普段からこんな姿を父さんが見せているとは思えないので、この人が気にしない性格をしている人なのだろう。
初対面の俺にもフレンドリーだし、天然が入っているのかもしれない。
――さて、俺たちがこんな事をしている間にも当然時間というのは流れるのであって、
そう、厄介事という当事者以外にはとても素敵な物を。
「――何してるの、お母さん……? それに、お兄さんも……」
佳純さんの大きな胸から逃れたものの、なぜか腕はガッシリと握られており、離れようとしたタイミングで荷物を取りに行っていたはずの神楽坂さんが戻って来た。
神楽坂さんは俺の腕を掴んでいる佳純さんの手を見て光を失ったような目をしている。
正直かなり怖いのだけど――それよりも、ちょっと待ってくれ。
「お母さん……?」
神楽坂さんの言葉を聞いて俺は言いようのない感情を抱きながら佳純さんの顔を見る。
すると、佳純さんはニコッと微笑むだけで何も言わなかった。
あぁ、なるほど。
そっか、そういう事ね……。
俺は話の全てが繋がってしまい、かなりの脱力感に襲われるのだった。
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