第25話「顔見知り」

「――ではお兄さん、すみませんけど少々お待ちください」


 家に着くなり神楽坂さんはすぐに車を降りて自分の家へと向かってしまった。

 服とかを準備するとなるとそれなりに時間がかかるし、量によっては運ぶのが大変だろう。

 だから一瞬手伝おうかって声を掛けようかと思ったけど、そうなると俺は神楽坂さんの家に上がるだけでなく、彼女の部屋に上がる事になる。

 それはそれで問題だし、何より彼女が準備しようとしているのは衣類関係だ。

 手伝うなんて言ったら絶対に変なからかいをしてくるだろう。

 だからここは大人しく車の中で待っていて正解なのだ。


 ………………それにしても、大きいなぁ。


 俺は神楽坂さんが入っていった家を車の中から見上げる。

 お母さんの負担がどうこう言っていたからてっきりお金に余裕がない家庭を想像していたのに――どう見ても、金持ちの子供だよな……?


 神楽坂さんの家は普通の一軒屋の四倍ほど大きい豪邸だった。

 屋敷を囲む庭も広いし、やっぱりお嬢様としか見えない。


 そういえば、同級生たちと話す時の神楽坂さんはとても丁寧な口調でお嬢様寄りの喋り方だった。


 となると、やっぱりお嬢様だった、って事だよな……?

 あれ、ちょっと待てよ?

 もしこれで彼女が俺の家に家出したとして、そのまま家に帰らなかったとする。

 そうなればいくら頭が緩いという神楽坂さんのお母さんでも異変に気付くだろう。

 そして娘が何か素直に打ち明けられない問題を抱えていると判断した場合、警察に相談して俺は変な疑いをかけられる気が……?

 一応神楽坂さんは連絡をしているのだから大丈夫だと思うけど、身代金狙いの誘拐犯にされかねない事も……!?


 ――うん、神楽坂さんを早々に家に帰したくなった。

 さすがに誘拐犯などにはされないだろうけど、変な面倒ごとに巻き込まれる可能性は十分にある。

 とはいえ、家庭に問題を抱えている神楽坂さんをみすみす追い返すわけにもいかないし――はぁ、なんでこう、面倒ごとに巻き込まれるのかなぁ……。


 俺は昔から何かと面倒ごとに巻き込まれる体質らしく、本当に色々とめんどくさい事に巻き込まれてきた(実際は結構自分から首を突っ込んでいる)。

 そのせいか、今回もその予兆としか思えないのだ。


 ……いや、もう実際巻きまれてるよな。

 だって神楽坂さんのお母さんの再婚相手がちょっとやばそうな男だって話を聞いてしまったんだから。

 これを無視しておくわけにはいかないし、どうにか力になってあげたいと思っている。

 だからもう、既に面倒事には首を突っ込んでいるようなものだった。


 そういえば、神楽坂さん平然と家の中に入っていったけど大丈夫なのだろうか?

 その男は家にいないのかな?


 もし本当にその男が神楽坂さんの思っているような男で、今も家にいて神楽坂さんが帰ってきた事をチャンスと思っているのなら――と不安が頭を過るが、さすがにそんな漫画みたいな事は現実世界でそうそう起きない。

 だから安心して待っていればいいのだけど――あれ……?


 神楽坂さんの大きな家を外から眺めていたとしても仕方ないと思った俺は視線を前に戻したのだけど、そこで見知った顔を見つける。

 そしてその横には、見覚えのないとてつもない美女がくっついていた。


「こんなところで何をしてるんだ、あの人は……。しかも、隣の美女……怪しいものに引っ掛かってないよな?」


 どうしよう、声を掛けるべきか?

 いやでも、別に変なものでもないのだったらここで声を掛けるのはただ邪魔になるだけだし――と思ったら、向こうからこっちに歩み寄ってきてるな……。

 まぁ向こうもこの車を知っているのだし、知り合いの車が止まっていたから近寄ってきているのだろう。


「――何してんだ、貴明。……まさか、ストーカー?」


 近寄って来た顔見知りは、窓を開けるように数度ノックした後そうそうに喧嘩を売ってきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る