第24話「再婚相手といやらしい目つき」

「神楽坂さん、そんな遠回しの言い方をしなくても、気に入らない事は言ってくれていいんだよ?」

「お兄さんはいったい何を言っているのですか?」

「あれ、俺の事を相容れない相手だって言ってるんじゃないの?」

「なんでそうなるのですか。…………お兄さんはむしろ、相性ばっちしです……」


 最後に何を呟いたのかは聞き取れなかったけど、どうやら俺の早とちりだったらしい。

 何かモジモジとしているけど、多分触れないほうがいいのだろう。


「あぁ、相容れない人の話だったね。俺には特にいないかな。……うん、会いたくなくて許せない人ならいるけどね」


 例えば元カノとか元カノとか、他にも元カノとか。


「私はですね、いるんです」


 ちょっと嫌な事を思い出してしまい心の中にしまっていた闇が少し顔を出していると、神楽坂さんが何かを打ち明けるように神妙な面もちで口を開いた。

 何かあるのだとすぐに察した俺は、気持ちを切り替えて彼女の言葉を聞く事にする。


「私のお母さん、もうすぐ再婚しそうなんです」

「再婚……」


 そういえば、最近同じような話題を聞いた気がするな。

 確か、少し前に佐奈が嬉しそうに電話をしてきたんだった。


 そうだ、今日だってその事も詳しく話したいからって事で佐奈が俺の家に来たんだ。

 だけど神楽坂さんがいた事で聞きそびれてしまった。

 まぁ、それについてはまた今度聞けばいいか。

 それよりも、今は神楽坂さんの話が大事だ。


「はい。お父さんは私がまだ小学生だった時に亡くなってしまって、お母さんが女手一つで育ててくれたんです。ですから、お母さんが再婚しそうって聞いた時は凄く嬉しかったです。これでお母さんの負担は減ってくれますし、何よりお母さんがまだ幸せになろうとしてくれているんだって安心しました。ですが――」

「再婚相手に何か問題でもあったの?」

「はい……」


 なんとなく、彼女が家を出た気持ちが見えてきた。

 お母さんの再婚相手になりそうな相手とうまくいっていないのだろう。

 その男の人が家にいるようになってしまったのか、それとも再婚相手に嫌な気持ちがあるのに再婚を心待ちにしているであろうお母さんに気持ちを打ち明ける事ができなくて逃げ出したくなったのかはわからない。

 だけどそれも、このまま聞いていれば彼女が打ち明けてくれるはずだ。


「何があったの?」

「その人……とてもいやらしい目で私やお母さんの事を見てくるんです。まるで、全身を舐め回すような目つきで、ニヤニヤとしていて……正面から話すと凄く寒気に襲われるんです。正直どうしてお母さんがあんな人を選んだのかわかりません。お母さん優しいですけど、能天気な所もあるので何か騙されているのかも……」

「そうなんだ……」


 確かに話を聞く限り、相当ヤバそうな男だ。

 神楽坂さんが身に危険を感じて飛び出しても仕方ないだろう。

 とはいえ、人は見た目で第一印象が決まってしまうのだけど、そのせいで誤解を招く人もいる。

 例えば強面で皆から怖がられるけど、本当はとても優しい人とか、チャラく見えるけど根は真面目な人とかだ。


 それに、神楽坂さんの言っているような見た目でそんな人を俺も知っているけど、ただそういう見た目をしているだけで本当は邪な考えを持っていない人もいるのだ。

 まぁ悪ふざけがすぎるから誤解されても仕方ない人ではあるのだけど、神楽坂さんの話を聞く限り少々見た目で判断しすぎだとは思った。

 だけど、本当にそういったいやらしい考えを持つ奴も多いため、ここで迂闊なアドバイスはできない。

 もし俺の言葉を信じて神楽坂さんがその人と仲良くしようとし、取り返しのつかない事態に持ち込まれても俺には責任を取れないからだ。

 それに神楽坂さんだって会ったばかりの俺の家に逃げ込むくらいだし、何かしらの確信があるのだろう。


 ここで大切なのは、彼女の言葉を頭ごなしに否定せずちゃんと話を聞いてあげる事だ。


「神楽坂さんはどうしたいのかな?」

「えっ……?」

「本当はお母さんの再婚を心から祝いたいんだよね?」

「あっ……はい」


 優しく尋ねると、神楽坂さんは小さくコクンッと頷く。

 この様子を見るにこの子はお母さんの事が大好きなのだろう。

 そうでなければ自分が恐怖を感じる男とは別れてくれと言うはずだ。

 それを言えないのは、お母さんの事を想っているからだと簡単に想像がつく。


「でも、再婚相手の人は信用できない。だったら神楽坂さんはどうしたいのかなって」

「…………お兄さんのお家にこのまま住ませて頂きたいです。もちろん、永久的に」

「あっ、うん、ごめん。そういう事じゃないんだ――って、あぁ! そんな仔犬のような泣きそう顔で見つめないで! 大丈夫、追い出したりはしないから!」


 自分の思っていた方向とは別の答えが返ってきたから軌道修正しようとしたのだけど、俺の言葉を聞いた神楽坂さんが途端に捨てられた仔犬のような目で見つめてきてしまい俺は慌ててフォローをする。

 誰も神楽坂さんを追い出そうとなんてしてないのに、こんな目で見つめないでほしかった。


 ……まぁ、仔犬のような表情がとてもかわいいと思ったのはここだけの話だが。


「私はお兄さんと暮らしていたいのです……」

「う、うん、それはもうわかったから――って、あれ……? なんだか話が少しずれてない?」


 追い出さないという話から、神楽坂さんが俺と一緒に暮らしたいという話にすり替わっているような?

 いや、でも、結局追い出されたくないという気持ちから一緒に暮らしたいというのは別におかしくないのか?

 しかし、神楽坂さんの言い方からだと別の意味に聞こえたような……?


 色々と驚きの情報が出てきたせいか、俺は少し混乱してきてしまった。

 神楽坂さんがその再婚相手と向き合いたいのか、このまま目を背けてしまうのか、いったいどちらを選ぶのかって話がしたかったのに、どうもその話はできそうにない。


 ――なんせ、この話をしている間に目的地である神楽坂さんの家に着いてしまったのだから。

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