第27話「もう手遅れ」
「むぅ……」
現在、駐車場を借りて神楽坂さんの家に招かれた俺は、隣でフグのように頬を膨らませている神楽坂さんに物言いたげに見つめられていた。
どうやら俺と、お母さんである佳純さんがくっついていたのが気に入らないらしい。
もしかしたら戻って来たタイミング的に、俺が胸に抱きこまれたところも見られていたのかもしれない。
それだったらここまで怒っているのもわかる。
誰だって母親が家族でもない男を抱きしめているところを見ると気分が悪いだろうからな。
「それしても、かぐやちゃんと貴明君が知り合いだったなんて、凄い偶然もあるんだね」
逆に、俺の斜め右前に座る佳純さんはとても上機嫌だった。
娘の不機嫌さなど一切気に留めておらず、自分と恋人の子供が既に知り合いだったというかなり低確率の偶然にはしゃいでいるようだ。
神楽坂さんのお母さんという事だけど、性格的には佳純さんのほうが子供のように見えてしまう。
そして父さんだが――神楽坂さんが合流して以来、ずっと神妙な面もちで黙り込んでいた。
先程までの危ないテンションはなくなっているけど、少し考えないと少々ややこしい事が起きていると理解しているようだ。
正直父さんが何を考えているのかは俺にはわかる。
ここまでに至るまで朝から色々とあったせいで、おおよその予想はついてしまうのだ。
普通なら社会人の息子と高校生の恋人の娘が一緒にいるはずがないし、そもそも知り合いだという事自体が稀有の例だ。
しかし、朝父さんには佐奈からこういった連絡が行っている。
『お兄ちゃんが高校生の女の子に手を出してたから警察に突き出してくる』と。
ましてやその後には、再度佐奈から一緒に寝ていた女子高校生は恋人だったと連絡がいっていた。
つまり、神楽坂さんがその女子高校生だという事に父さんは気付いているんだ。
だからどうしたものか悩んでいるのだろう。
俺は俺で、別の事に悩みを抱えていた。
神楽坂さんが言っていた男がまさか自分の父親だったとは、いったいどういう顔をすればいいんだ。
完全に神楽坂さんの勘違いだという事はわかったけど、俺がフォローをしたところで神楽坂さんは信じてくれるだろうか?
う~ん……微妙なところだ。
あっ、それはそうと、そういえば一つ佳純さんに謝らないといけない事があったな。
「えっと、佳純さん。さっきは知らなかったとはいえ、年下に見えるとか神楽坂さんのお姉さんとか言ってすみませんでした」
俺は年齢を勘違いして色々と言ってしまった事を謝る。
すると、佳純さんはとてもニコニコとしたご機嫌の笑顔で口を開いた。
「いいのいいの、とても嬉しかったから。むしろ、佳純お姉ちゃんって呼んでくれてもいいよ?」
「あっ、いや、さすがにそれは……」
「ふっ、年増が何を」
佳純さんの誘いを当たり障りなく断ろうとすると、ご機嫌斜めな神楽坂さんがいきなり空気を凍らせる一言を呟いた。
いきなりなんて事を言うんだと思って顔を見ると、まるで恋敵を見るかのように佳純さんの事を見つめている事に気が付く。
そしてギュッと俺の服の袖を掴んでくるのだけど、この子はいったいどうしたのだろうか?
さすがに優しい雰囲気の佳純さんも笑顔のまま眉をピクピクと震わせていた。
内心めちゃくちゃ怒っていそうだ。
「か、かぐやちゃんは随分と貴明と仲がいいんだね」
ここで空気のまずさを感じ取った父さんが、早々に空気を変えようとしてくれる。
今は父さんの話に乗っておくほうがいいだろう。
それに神楽坂さんが余計な事を言う前に俺の口からちゃんとした事を――
「恋人ですから、当然です」
――あっ、遅かった。
俺が口を開くよりも先に、神楽坂さんが素っ気なく冷たい様子で俺たちが恋人だと明言してしまった。
冷たい様子になっているのは父さんの事を未だに誤解しているからだろう。
本来なら俺の事を下の名前で呼び捨てをしている事とかで気付けるはずなのに、今の神楽坂さんはどうやら冷静でないように見える。
それもやはり父さんに警戒をしているからなのか、それともまた別の事に原因があるのかはわからないけど、とりあえずめんどくさい事になった事だけはわかる。
なんせ――先程まで笑顔を引きつかせていた佳純さんが、パァッと明るい表情を浮かべて俺の顔を見てきたのだから。
「えっ、二人とも付き合ってるの!? いつ!? いつから!? というかどこで二人は出会ったのかな!? もしかして佐奈ちゃん繋がり!? それとも運命的な出会いをしちゃった!?」
よほどテンションが上がっているのか、怒涛のようにマシンガントークで質問をしてくる佳純さん。
テンションが上がりすぎてて俺は少し引いてしまった。
「お母さんテンション上がりすぎ。私たちがどこでどのように出会おうと勝手でしょ」
そしてまだ機嫌が直らないのか、神楽坂さんは素っ気ない態度で返していた。
恋人関係を貫こうとしているのは、他と同様で何処からでも佐奈の耳に入っても大丈夫なようにしているんだと思う。
だけど父さんが例の男だと分かった時点で、神楽坂さんを俺の家に匿う必要はないのだ。
「神楽坂さん、ちょっと」
「はい?」
拗ねているから名前を呼んでも無視されるかと懸念したけど、意外にも素直に反応をしてくれた。
顔を近付けると一瞬驚いたように身をすくめるけど、俺が耳元に口を寄せた事で内緒話だと理解してくれたのか、自分から耳を寄せてくれた。
「あのさ」
「――っ」
父さんには聞こえないようにしたかったため結構ギリギリまで口を寄せていたのだけど、そのせいで息が耳にかかったようで神楽坂さんがくすぐったそうに身をよじる。
頬を赤くしていて少しかわいい反応だなと思ったけど、さすがに二人の親がすぐ傍で見ているので慌てて少し口を離し、再度声をかける事にした。
「神楽坂さんが言っていた男の人って、今目の前にいる人だよね?」
「はい、そうです。ほら見てください。ニヤニヤとしていやらしい目で私を見ているでしょ……?」
俺は神楽坂さんの視線につられ父さんの顔を見る。
うん、確かにニヤニヤとしているし、神楽坂さんと
ちなみにだけど、今のニヤケ顔は神楽坂さんが空気を凍らせてくれたおかげで無理に笑顔を作ろうとしてああなっているだけだ。
元々がニヤケ顔なため、その上にぎこちない笑みを浮かべているのでやらしい目つきに見えてしまっているのだろう。
これはさすがに父さんの事を可哀想だと思った。
「えっと、凄く言い辛いんだけど……」
「はい? どうされました?」
「あの男の人ね」
「はい」
「俺の父さんなんだ」
「………………はい?」
まるで理解出来ない言葉でも言われたかのように数秒の間を置いてからキョトンとした表情で首を傾げる神楽坂さん。
パチパチと何度も瞼をまばたたかせて父さんと俺の顔を交互に見始める。
そして、再度キョトンとした表情で首を傾げた。
「聞き間違いでしょうか? 今しがた、あの人がなんだと言われましたか?」
「うん、信じたくない様子に水を差して悪いんだけど、あの人は俺の父さんなんだ」
「…………」
多分だけど、現在神楽坂さんは俺の言葉を脳内で何度も反復しているのだろう。
そして言葉を理解していくに連れ、顔色が段々と青ざめていっていた。
むしろ絶望している節さえある。
気が付けば目に涙が溜まっているくらいだ。
「えっと、大丈夫……?」
あまりにも暗い表情をしているので、俺はおそるおそる声を掛けてみる。
まぁプルプルと体を震わせているし、全然大丈夫じゃなさそうだけど。
父さんと佳純さんは俺たち二人の変な様子に疑問を抱いているはずなのに、何も口出しせずに見守ってくれている。
こういうところはやっぱり親なんだなと思う。
「あの、お兄さん……」
父さんたちに気をやっている間に気持ちをちょっとだけ整理出来たのか、神楽坂さんがおそるおそる声をかけてきた。
「ん?」
「とても素敵なお父様ですね……!」
「うん、もう手遅れかな」
「わぁあああああん!」
取り繕う道を選んでくれた神楽坂さんには悪いのだけど、さすがにそれは違うかなと思ったのでツッコミを入れたら神楽坂さんが俺の膝に覆いかぶさって泣き出してしまった。
――まぁ、十中八九嘘泣きなのだけど。
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