第19話「違和感」

「ん? なんか都合が悪い事でもあったか?」


 神楽坂さんの焦る態度を見て、おじさん――居酒屋の店長さんが俺と同じ疑問を口にした。

 やはり他の人の目から見ても神楽坂さんは焦っているように見えるようだ。


「つ、つつつ、都合が悪い事なんて、な、なな、何もありませんよ!?」


 質問をされ、視線を彷徨わせながらカミカミの返事をする神楽坂さん。


 うん、それはもう何かあると言っているようなものではないだろうか。

 この子って見てて思ったけど、突発的な事には弱いんだよな。

 予め想定出来たであろう事に関しては上手に取り繕うんだけど……。


 明らかに動揺をしてしまっている神楽坂さんを見て、なんだか少し可哀想になってきた。

 しかし、そんな神楽坂さんに店長さんは追い討ちを掛けてしまう。


「あぁ、そうか! お嬢ちゃん思いっきりこの兄ちゃんにゲロを掛けられたもんな! そりゃあ女としては知られたくないか!」


 納得がいったとでもいうかのようにパンッと両手を合わせた店長さんは、全く悪気がない様子で神楽坂さんが隠したかったであろう事を暴露してしまった。

 悪気がない人間はこういう時本当に性質たちが悪いと思う。

 聞いてはいけなかった事を聞いてしまい、俺は顔色を窺うように神楽坂さんに視線を向けてみる。

 すると、神楽坂さんは目に涙を浮かべてプルプルと震えていた。


「言ってる! 言ってます! なんで言っちゃうのですか!」


 動揺からか、神楽坂さんは上品に取り繕う事が出来なくなったようだ。

 怒りを露にするかのようにブンブンと俺の右手を振って抗議を始めてしまった。


 というか、俺はいったい何処まで罪を犯してしまっているのだろうか?

 神楽坂さんにぶっかけていたなんて、凄く申し訳なくなってきた。


「その、ごめんね、神楽坂さん。まさかぶっかけていたなんて……」

「お兄さんもそこには触れないでくださいよ! 触れられてほしくないのです!」


 頭を下げて謝ると、神楽坂さんは恥ずかしそうに頬を染めながら胸を叩いてきた。

 なんだろう、怒ってるのに少しかわいいと思ってしまった。


「別に隠さなくてもいいじゃねぇか。お嬢ちゃんの悲鳴を聞いて店の外に出た俺から兄ちゃんの事を庇ったり、服に付いた兄ちゃんのゲロをタオルで拭いた後、ちゃんと道端も綺麗にしてから泣きそうな表情になりながらもタクシーに乗って兄ちゃんを送っていったんだからよ」


 どうやら俺は昨日も神楽坂さんに色々とお世話になっていたようだ。

 ほぼ初対面の相手から服にぶっかけられたにもかかわらず、掃除をしてくれたどころかその事に対して俺に何一つ文句を言ってきていない。

 やはりこの子はとてもいい子だと思う。


 そのいい子である神楽坂さんは、なぜか絶望するかのように顔を青ざめてしまっていた。

 今の話を聞くだけでは神楽坂さんの評価が上がるだけのはずだろうに、どうしてこんな表情をしているのだろうか?


 彼女がいったい何を焦っているのか――そう考えを巡らせた時、一つの違和感を抱いた。


 俺は戻してしまうほどに酔ってしまっていたらしい。

 そんな状態で、行為に及ぶ事が出来るだろうか?

 正直俺は性欲が強くないため、酔いが激しい状態でそういう事に及ぼうとは思わないし、やろうとしても無理だという確信があった。


 それに、朝起きた時に神楽坂さんが俺のカッターシャツ一枚のみを着ていたのは、行為に及んだからではなく、俺に服を汚されてしまったせいで着る服がなかったからではないだろうか?

 もっと言うと、彼女と接してみて感じたのは神楽坂さんは意外とシャイで純粋な子だという事。


 それなのに、ほぼ初対面の相手に体を許すだろうか?

 ましてや、朝起きた時に平気な顔をしていられるとは思えない。


 ……まぁしかし、そうなると純粋な子が会ったばかりの男に添い寝をしたり、起きた時にカッターシャツ一枚でほとんど恥ずかしそうにしなかったのはなぜかという疑問が出てきてしまうのだが。

 だけど、こうやって冷静になって思い返してみると、もう一つ確信となる物があった。


 それは、本当に行為を行って迎える朝のベッドが、あんなふうに綺麗なはずがないという事。

 起きた時の布団に染みなどの汚れは何一つなかったし、掛け布団なんてほとんど乱れもせず俺と神楽坂さんの体に掛かっていた。

 どう考えても、朝チュンを迎えた時の布団の状態ではない。


 ――もしかして、俺は勘違いをしていた?

 いや、勘違いをするように誘導されていたのか?

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