第17話「雨降って地固まる(?)」
「――ご機嫌だね」
俺は服屋で溜めた疲労を隠そうともせず、隣でニコニコと満面の笑みを浮かべている神楽坂さんへと声を掛けた。
彼女は余程服の事が好きなのだろう。
俺が服を着替えている間に目を輝かせたまま次から次へと新しい服を持ってくるし、着てみせるとどれもたいそう喜んでいた。
兄弟がいないらしいし、自分で着れる女物とは違い男物は彼氏や凄く仲がいい男友達がいない限りこんな事は出来ない。
だから彼女がこの機会を逃したくない気持ちはわからなくないが――少々やりすぎだ。
俺は今両手に紙袋を沢山抱えているのだが、これらは全て回った店舗でワンセットずつ買った服になる。
あまりにも各お店で長い事居すわってしまったため、何も買わないのはお店の人に悪く感じ、一応そのお店で着た服の中で神楽坂さんが一番気に入った物を買ったのだ。
まぁそんなふうに服を買わないといけないくらい長時間着せ替え人形にされたため、おかげで俺は疲れて果てていた。
そのため、先程の言葉は少し嫌味でもある。
「はい、とても有意義なお時間でしたからね」
着せ替え人形の時間を思い出しているのか、神楽坂さんの目はうっとりと蕩け始める。
右手を頬に当て、高校生には見えない色気を醸し出していた。
「そんなに楽しかったの……?」
「はい、幸せな時間でした。また今度来ましょうね」
「嫌だ」
「えっ、えぇ!? なんでですか!?」
即答で神楽坂さんの誘いを断ると、彼女は泣きそうな表情で俺の顔を見上げてきた。
どうやら断られた事が凄くショックだったらしい。
「いやさ、普通に考えてこんな長時間着せ替え人形にされたらたまったもんじゃないでしょ?」
「あっ……ごめんなさい……」
俺が少し気だるげに言うと、神楽坂さんはシュンっとしてしまった。
しまった、と後悔するのは後の祭りで、俺は神楽坂さんの事を傷つけてしまったようだ。
この子だって悪気があったわけじゃないのに、言い方がよくなかった。
それに目を輝かせる神楽坂さんがかわいくて止めようとしなかったのは俺だ。
それを後から文句言うなんて最低だった。
「いや、俺のほうこそごめん。別に怒ってるわけじゃないから気にしないで」
落ち込ませてしまった事を悔やみ、俺は慰めるように神楽坂さんの頭を優しく撫でた。
サラサラとした髪は相変わらず触り心地がよく、普段からケアに気を遣われているのがわかる。
彼女がただ恵まれた遺伝に任せているだけじゃない事がよくわかり、同時に朝から色々と彼女が俺に対して気を遣ってくれた光景が頭をよぎった。
ほとんど初対面にもかかわらず、俺のためにご飯を作ってくれたり掃除を手伝ってくれたいい子を傷つけてしまったのは本当に最低だと思う。
社会人として、そして年上の男としてちゃんとここはフォローをしないといけない。
「怒ってないのですか……?」
神楽坂さんは頭を撫でられて気持ちよさそうに頬を緩めた後、ハッと我に返ったように恐る恐る俺の顔を見上げてきた。
少し怯えが入った目を向けられ、俺はやっぱりやらかしてしまったんだと再度自覚する。
佐奈と変わらない年頃の子を怯えさせて、俺はいったい何をしているんだか。
「うん、怒ってないよ。それにね、さっきは嫌だって言ったけど、別に服を買いに行くのは構わないんだ。ただ、今回みたいに長時間居すわるのは困るってだけでね」
俺は怯える彼女を安心させられるように、ニコッと笑みを浮かべて優しい声を意識して出した。
昔から佐奈を泣かせてしまったり、あの子がぐずりだした時によくやっていたため、もう慣れたものだ。
だけど、神楽坂さんはなぜかポーッと俺の顔を見つめながら心ここにあらずの状態になってしまった。
いったいどうしたのだろうか?
「えっと、大丈夫……?」
「あっ……!」
顔を覗き込むと、バッと顔を背けられてしまった。
両手を頬に当てているけど、いつの間にか頬が真っ赤になっているし、顔が熱いのだろうか?
もしかして急に熱が出てきた?
だからボーッとしてしまっていたのかもしれない。
「薬買ってもう帰ろうか」
「えっ、どうしてですか……?」
「神楽坂さん顔が真っ赤だし、熱があるんじゃないの? 夏風邪だったら困るし、生活に必要な物はまた俺一人で買いに出るよ」
「~~~~~っ! こ、これは違うんです……! お兄さんはやっぱりいじわるです……!」
夏風邪だと長引くし早めに療養したほうがいいと思ったのだけど、なぜか神楽坂さんは頬を膨らませて顔を背けてしまった。
確かに見た感じは元気なようだけど……顔は真っ赤なままだし、早めに休ませたほうがいいと思うんだよな……。
だけど、帰ろうと言っても神楽坂さんは聞いてくれなかった。
意固地になってるのかもしれないと思ったけど、気まぐれな猫みたいに体をくっつけてきたから機嫌は悪くなさそうだ。
ただ、くっつかれるのはさすがに恥ずかしいため指摘をすると――
「また知り合いにお会いする可能性は十分にありえますので、こうしていたほうが話が早いのです」
――と、逆に腕に抱き着いてこられてしまった。
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