第16話「認めるつもりないですね」

「お兄さん?」


 佐奈の事を馴れ馴れしくも下の名前で呼び、更にちゃん付けまでをした三人を見つめていると、隣にいる神楽坂さんが不思議そうに俺の顔を見上げてきた。

 目の前にいる男子三人に向けていた不機嫌そうな雰囲気は鳴りを潜めており、俺と二人だけでいた時と同じような優しい目をしている。

 だけどその目は、俺の顔を見つめていると困ったように視線を彷徨わせ始めた。

 そして何かが納得いったかのように頷く。


 神楽坂さんが何を納得したのかはわからないけど、とりあえず何かを言ってくるつもりはないらしい。

 だから俺は視線を神楽坂さんから目の前にいる男子たちに戻す。

 すると、先程と同じように身長が高い男子が代表して口を開いた。


「佐奈ちゃんのお兄さんなのに失礼な態度をとってさーせんでした!」

「「さーせんでした!」」


 元気よく頭を下げる三人組。

 この辺はさすが野球部だ。


 しかし――。


「うん、とりあえずお義兄さんって呼ぶのやめてくれるかな? 俺は君たちのお義兄さんになったつもりはないから」


 俺はわだかまりがないよう笑顔を作り、優しくお兄さん呼びをするなと伝える。

 しかし、なぜか男子たち三人組は数歩後ずさってしまった。

 まるで獣に怯えたかのような反応だ。


「やはりお兄さんはシスコン……」


 隣でボソッと呟く神楽坂さんの声が耳に入り、なぜシスコンがここで出てくるのだろうと首を傾げる。

 今の話の流れではシスコンなど関係なかったはずだ。


「ですが、お兄さ――」

「ん?」

「あっ、えっと、佐奈ちゃんのお兄さ――」

「ん?」

「須山さん……」

「何かな?」


 数度首を傾げて見つめると、男子はやっとお兄さん呼びをやめた。

 その際に、この人めんどくせぇという顔を一瞬していたけど、俺は別段気にしない。

 正直今の俺は、佐奈以外にはどう思われようと気にしないのだ。

 まぁ少し気になる部分をいえば、なぜか俺の顔を見つめる瞳には怯えの感情が含まれている事か。

 

 おかしいな、怖がらせるような事はしていないのに。


「その……神楽坂さんがお兄さん呼びしてるのは気にしないのですか……?」


 急に顔色を窺うように弱腰になっている男子は、聞きづらそうにしながらも神楽坂がお兄さん呼びをするのはいいのかと聞いてきた。


 ふむ、なるほど。


「それとこれとは話が別だよね?」

「「「えっ!?」」」

「別だよね?」

「「「はっ、はい!」」」


 俺の返答に納得がいかない表情を浮かべた三人は、再度聞き直すと元気よく頷いた。

 どうやら納得してくれたらしい。


 まぁそれも当然だろう。

 神楽坂さんが呼ぶ『お兄さん』は、例えるなら近所のお兄さん的なニュアンスだ。

 だけどこの子たちは佐奈の事を狙い、佐奈のお兄ちゃんである俺の事を義理の兄でもあるかのように呼んでいる。


 うん、誰がどう聞いても神楽坂さんと彼らでは話が別だ。


「お、おい、あの人なんなんだよ……。本当に佐奈ちゃんのお兄さんか……?」

「まぁ顔付きは似てるしな……。だけどめっちゃめんどくさい上に、贔屓が半端ねぇ……」

「あれだろ、ここまでの話の流れ的に、あの人は絶対シスコンだ。だから彼女である神楽坂さんにもお兄さん呼びをさせているんだよ……」

「あぁ、お兄さんプレイって奴か……。変態め……」

「しっ……! 聞こえたら何されるかわからねぇぞ……! さっきからずっと笑顔で殺気を放ってるんだからよ……!」


 何やら俺から顔を逸らし、三人で固まってコソコソと打ち合わせをするかのように話始める三人組。

 三人集まれば文殊の知恵と言うけれど、彼らの場合はろくでもない事を話していそうだ。


「――お兄さんは、須山さんの事になると人が変わりますね……」

「えっ、どういう事?」

「いえ、なんでもありません」


 苦笑いを浮かべながら俺の顔を見上げてきた神楽坂さんの言ってる事がわからず聞き直すと、なんでもないと笑顔で誤魔化されてしまった。

 その際に、『少し妬いちゃいます』という呟きが聞こえたような気がしたのだけど、一旦俯いて再度俺の顔を見上げてきた彼女の顔がニコニコの笑顔だったので、俺の気のせいかもしれない。

 それに、彼女が佐奈に嫉妬する理由なんてないからな。


「あっ、あの、須山さん!」


 俺の顔を笑顔で見つめてくる神楽坂さんに気を取られていると、三人組はとてもいい笑顔を浮かべて俺の顔を見つめてきた。

 今度はなんだろうと思って見つめ返すと、一斉にバッと頭を下げる。


「「「それでは失礼します!」」」


 三人は周りに人がいるというのに大きな声で挨拶をすると、そのまま何処かに走って行った。

 店内で大声を出しただけでなく走り去るなんて、やっぱり行儀が出来ていないようだ。

 まずは行儀からだな、と俺は思った。


「逃げましたね」


 走り去った三人組の背中を見つめていると、同じように隣で見つめていた神楽坂さんがクスリとおかしそうに笑みを浮かべた。


 はて、逃げたとはどういう事なのだろう?


「あれって逃げたの? どうして逃げたのかな?」

「それよりもお兄さん。やはり須山さんに彼氏が出来る事は反対なのですか?」


 三人組が逃げた事に関して尋ねると、あっさりと流されてしまった。

 そして佐奈の彼氏について質問をされている。


 まぁ俺も三人組の事は正直どうでもいいので、彼女の質問に答えてあげる事にした。


「いや、佐奈の人生だからね、あの子が選んだ彼氏なら文句を言うつもりはないよ」

「……本当にですか?」


 あれ?

 おかしいな、なんで疑われているんだろう?


 今神楽坂さんは目を細めながら若干白い目で俺の顔を見つめてきている。

 どう見ても信じていない時の人間の目だ。


「なんで疑われているのかはわからないけど、本当だよ。だって、俺がとやかく言ったら佐奈が可哀想じゃないか」

「あぁ、なるほどです。そういうふうに須山さんファーストになるのですね」


 須山さんファースト。

 いきなり変な言葉が出来上がったな、と思いつつもツッコんでもどうせ流されるため俺も流す事にした。

 その代わり、一つ大切な事を補足しておこう。


「まぁでも、当然俺よりも収入がある相手というのが前提だけどな」

「えっ?」

「だって、俺よりも収入がない男に佐奈を幸せに出来るなんて思わないじゃないか。それなら俺が養ったほうがマシだよ」


 俺がそう言うと、『こいつ正気か!?』とでも言いたそうな表情で神楽坂さんが見つめてくる。

 まぁおしとやかな発言が多い彼女だから、考えている言葉はもっと丁寧な言葉だろうけど、思っている事は多分大差ないはずだ。


 なんせ、物凄く大きな溜息をつかれたのだから。


「そんな大きな溜息をついて、いったいどうしたんだ?」

「お兄さんが認めるつもりがないって事がよくわかったんです」

「なんでだよ。ちゃんと認めるとは言ってるじゃないか、ただ前提条件があるだけで」

「その前提条件が――いえ、まぁいいです。その時が来た時に口を挟ませて頂きます。そうしませんと、須山さんがかわいそうですから」


 なんだろう、ちゃんと認めるとは言ってるのに、神楽坂さんが凄く呆れたような表情を向けてきた。

 妹と変わらない年下の女の子にこんな表情を向けられるのは中々にショックだ。

 後、その時が来た時って、いったいいつまでこの子は居候するつもりなのだろうか……?


「――さっ、それよりもお兄さんの服を選びませんとね!」


 もう話は終わりだとでも言うかのように、パンッと手を叩いて笑みを浮かべる神楽坂さん。

 俺としてはまだ納得がいってないのだけど、どうせ言っても聞かないのだろう。

 なんせ、目がとても輝いているのだから……。


 ――結局この後の俺は三時間ほど着せ替え人形にされてしまい、堪能したように熱い息を吐く神楽坂さんを横目に、俺は二度と彼女とは服を買いにこないと心に誓うのだった。

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