第13話「小動物のような少女」

 神楽坂さんを満足させた後、俺たち二人は大型ショッピングセンターの二階を歩いていた。

 やはり神楽坂さんは傍から見て美少女なのか、すれ違う男たち全員が振り返って彼女を見ている。

 中には女の子でさえ神楽坂さんに見惚れる子がいるくらいだ。


 そして全員決まって次に取る行動は、神楽坂さんの隣を歩く俺へと視線を向けてくるという事だった。

 その後の反応は人によって違う。


 舌打ちをするように顔を歪めるような人や、嫉妬と羨望が混ざった表情をする人。

 品定めをするような目を向けてくる人もいれば、何かを諦めたような顔をする人もいたりする。

 女の子の中には何か納得がいったように頷く子もいたけど、ほとんどは負の感情を向けてくる人ばかりだった。


 佐奈と一緒に歩いている時も似たような感情を向けられる事はあったけど、神楽坂さんと一緒に歩いていると向けられる負の感情は佐奈の比じゃない。

 佐奈の場合見た目が幼いため、恋愛対象として見られるよりも愛でる対象として見られる事が多かったからだろう。

 神楽坂さんは大人びた見た目をしているせいか、高校生にもかかわらず十分異性から恋愛対象として見られている。

 そのせいで、彼女と一緒に歩く俺の事を周りの男たちは邪魔者扱いしているのだ。


 正直負の感情を向けられる謂れはないし、何かいい思いをしているかと言われればそうでもないため喜ばしい事ではない。

 もしこれで神楽坂さんと付き合っているとかであれば鼻が高くなるような思いを感じられたのかもしれないけど、当然俺たちはそんな関係ではないため愉悦感もないのだ。


「お兄さん、変な表情をされてどうされました?」


 周りの視線に気を取られていると、ニコニコと楽しそうに隣を歩いていた神楽坂さんが小首を傾げて質問をしてきた。

 変な表情と言われたのは少し傷ついたけど、あえてここはツッコまないでおく。

 一々気にする気の小さい男だと思われたくないのだ。


「いや、凄く注目を集めてるなって」

「あぁ、気にしないでください。いつもの事です」

「…………」


 サラッといつもの事と言われ、俺は思わず黙り込んでしまう。

 気にした様子がなかったため自覚なしなのかと思っていたけど、どうやら神楽坂さんは気付いていた上であえて無視をしていたようだ。

 いつもの事という事は彼女が外を歩けば毎回注目を集めているという事なのだろう。

 普通に考えてそれは凄い事だ。


「それよりも、今は何処に向かわれているのですか?」

「ん? あぁ、服屋に向かっているんだよ」

「服屋さんですか? ――あっ、お兄さんのです!?」


 俺の言葉を聞くと途端に目を輝かせ始める神楽坂さん。

 女の子だからやはり服を買いに行くとなると嬉しいのだろう。

 だけど、一つおかしい部分がある。


 神楽坂さんの服を買いに行くと伝えて彼女の目が輝くのなら納得が出来る。

 しかし彼女は、俺の服を買いに行くと勘違い・・・しているのにもかかわらず、目を輝かせていた。

 

 うん、どういう事だろう?


「いや、君の服を買いに行くんだけど……」

「はぁ、そうですか……」

「なんで今度はテンションが下がるの!?」

「私のはいいので、お兄さんの服を買いに行きませんか?」


 あれ、おかしいぞ。

 佐奈なら服を買ってあげると言ったら絶対に大はしゃぎをするのに、神楽坂さんは自分の服を買いたくないようだ。

 そのせいか、俺の服を買う方向で逃げようとしている。


 もしかしてあまりお洒落に興味がないのだろうか?

 でも、神楽坂さんの着ている服はお洒落にしっかり気を遣われているよな……?


 神楽坂さんは昨日今日と同じ服を着ているが、男の俺でもわかるくらいにお洒落な服を着ている。

 フリフリが付いたオフショルダーのトップスに、上品さを感じさせる薄い水色のスカート。

 靴は汚れが一つもない純白のヒールを履いている。


 少し背伸びをしたような服装ではあるけど、大人っぽい彼女にはよく似合っていた。


 こんな恰好をする子がお洒落に興味がないとは思えない。

 しっかり、小さくてかわいいハートのアクセサリーも身に着けているくらいだし。


「そういうわけにもいかないよ。だって、君の着替えを買わないと。着替えがないから昨日と同じ服を今日も着ているんだよね?」


 俺が彼女の服を買いに来たのも、彼女が着替えを持っていない事に気付いていたからだ。

 朝、彼女はわざわざ風呂場に干していた服を取ってまで着ていた。

 着替えがあるのならわざわざ干している服を取らなくても、持っている別の服を着ればいい。

 ましてや女の子だから前日と同じ服は避けたいものだろう。


 それなのに同じ服を風呂場から取って着たという事は、着替えがないからとしか思えない。


 …………ちなみに、下着も風呂場から取って穿いていた。

 もちろん、穿く時は目を逸らしたが。


「大丈夫です、その辺の事はちゃんと考えておりますので」

「そうなの? だったらいいけど」

「はい。それよりも、お兄さんの服を買いに行きましょう」


 話を区切る意味があるのか、神楽坂さんはパンッと手を合わせてニコッと笑みを浮かべる。


「いや、俺もいいかな。服はちゃんと持ってるし」


 社会人とはいえ、元カノや佐奈に言われて遊ぶ時用の服などはしっかりと持っている。

 今日だって外行き用の服にちゃんと着替えているくらいだ。

 だからわざわざ今服を買いに行く必要もない。


 そう思って断ったのだが――なぜか、神楽坂さんはシュンっとしてしまった。


「えっ、どうしたの……?」


 急に落ち込まれて困惑した俺は、おそるおそる声を掛けてみる。

 すると、神楽坂さんはシュンっとした表情のまま上目遣いで見つめてきた。


「お兄さんの服、選びたいです……。だめ、ですか……?」

「――っ!」


 懇願するように、媚びた声を出す神楽坂さん。

 あまりのかわいさに俺は思わず息を呑んでしまった。


「ま、まぁ、そろそろ新しい服がほしいと思っていたから、買いに行こっかな?」


 まるで小動物かと錯覚させられるような弱い瞳で見つめられたら、断れる者などこの世には存在しないだろう。

 当然こういう小動物系に弱い俺は、速攻で彼女の要求を呑んでしまった。


 しかし――。


「やりました! それでは今すぐに行きましょう!」

「……あれ?」


 俺が頷いた途端、コロッと別人のように態度を変えて喜び始める神楽坂さん。


 これはあれかな。

 俺は彼女の演技に騙されたのか?

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