第12話「おねだり」

 神楽坂さんの頬は、目的地である岡山駅付近の大型ショッピングセンターに着いても戻る事はなかった。

 フグみたいに頬をパンパンに膨らませた状態で不機嫌そうに俺の隣を歩いている。

 なぜか肩が当たりそうなくらい近い距離で歩いているけど、とても機嫌が悪いので離れるよう言いづらい。

 俺から距離を離すとその分近寄ってくるし、神楽坂さんが何を考えているのかよくわからなかった。

 美少女が頬を膨らませて歩いてるせいで周りからも注目を浴びているし、いい加減機嫌を直してほしいのだが。


「えっとさ、何がそんなに気に入らないのか言葉にしてくれないとわからないんだけど」

「……ご褒美、ほしいです」


 何度目かわからない声掛けでやっと神楽坂さんは重たい口を開いてくれた。

 そして不機嫌さは直らないまでも、何かを期待するような目を俺に向けてくる。

 いつの間にか頬が赤く染まっていて、潤いを持った瞳は年下ながら色気があると思った。


「ご褒美? あぁ、掃除を頑張ってくれた事の?」


 思い当たる事を聞いてみると、神楽坂さんはコクコクと一生懸命に頷く。


 もしかしてご褒美をあげなかったから拗ねていたのだろうか?

 いや、でも、確か拗ね始めた発端は俺が撫でるフリをして彼女をからかっていたからであって、ご褒美云々とは関係なかったはず。

 だけどまぁ、それで機嫌が直ってくれるのならいいか。


 ご褒美がほしいと言ってきた神楽坂さんの言葉を聞いて、俺はポケットから財布を取り出す。

 すると、なぜか不思議そうに神楽坂さんが俺の顔を見上げてきたけど、俺は気にせず財布から五千円札を取り出して彼女に差し出した。


「五千円でいいかな?」

「なんでそうなるのですか……!」


 あれ?

 てっきり喜んでくれると思ったのに、また頬を膨らませて怒ってしまったぞ……?


「あっ、金額が足りない? うーん、でも、一万円は高いかなぁ……」

「違います、金額のお話じゃないです! やっぱりお兄さんはわざとやってるのですか!?」

「何をそんなに怒ってるの?」

「お兄さんがとぼけるからですよ……!」


 別に何もとぼけてなんていないのに、神楽坂さんは凄く怒ってしまっている。

 いったい何を怒っているのか全く見当がつかない。

 これはもう、本人に聞いてみたほうがいいだろう。


「何がほしいの?」

「…………」


 質問をすると、また無言で頭を差し出されてしまった。


 なぜこの子は言葉にしてくれないのだろう?

 絶対言葉にしたほうが相手に伝わると思うんだけどな……?


 頑なに行動だけでアピールをする神楽坂さんに俺は疑問を抱かずにはいられなかった。

 しかし、彼女が言葉にしない以上俺も仕草から読み取らないといけないだろう。


 頭を差し出している――普通に考えれば、頭を撫でてほしいというアピールだ。

 佐奈の場合、頭を撫でてほしい時は凄く甘えてきたり、言葉にしたりするが、拗ねている時はこういうふうに黙って頭を差し出してくる。

 だけど、相手は神楽坂さんだ。

 先程は頭を撫でようとすると嬉しそうに目を輝かせていたが、散々からかわれてなおも撫でてほしいというアピールをしてくるとは思えない。

 ここで頭を撫でてしまえば、余計に怒らせる可能性もある。


 となれば、なんだ?

 何を持って頭を差し出してくる?


「――――なんで、そんなに悩むんですか……!」


 神楽坂さんが何を考えているのか予想をしていると、痺れを切らした神楽坂さんが俺の手を引っ張ってきた。

 そしてそのまま自分の頭へといざなう。


「頭を撫でてほしいんです……!」


 どうやら、頭を差し出してきていたのはそのままの意味だったらしい。

 俺は何を余計な詮索をしていたのか。

 おかげで神楽坂さんは更に不機嫌に――いや、なっていないな……。


 言われた通り頭を撫でていると、神楽坂さんの頬はみるみるうちに緩んでいた。

 余程撫でられる事が好きらしい。

 高校生にしては大人っぽい見た目をしているのに、随分と子供っぽいところがあるものだ。

 だけど頬を緩めている神楽坂さんはとてもかわいいので、特に文句もなかった。


 まぁいきなり頭を撫でろと言われて動揺はしているけど、相手は年下。

 年下にこんな事で動揺をしていると思われたくなかった俺は、何事もないように神楽坂さんの頭を撫でるのだった。

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