第10話「かわいい生き物」

 二人で協力しながら掃除を始めてかれこれ二時間ほど経った頃、ようやく一通りの掃除を終える事ができた。

 やはり神楽坂さんは掃除に慣れているようで、彼女がテキパキと俺に指示をくれたおかげで早く終わったのだろう。

 嫌な顔一つせず掃除を手伝ってしてくれたし、本当にいい子だ。


「一旦休憩にしようか」


 もう残りは細かい部分だけになったため、俺は一休みしようと休憩を提案する。

 今日は休みなのだから時間には余裕があり、あまり根を詰めてやるのもよくないと思ったからだ。

 しかし、神楽坂さんは笑顔で首を横に振った。


「いえ、今日はもう終わりにしましょう。残りは明日私がやっておきますよ」

「えっ、だけど……」

「お兄さんは明日からまたお仕事ですよね? 折角の休日なのに、疲労を溜めてしまうのはよくありません」

「……神楽坂さんって本当によくできた子だよね」


 まだ高校生とは思えないくらいの気遣いを神楽坂さんはしてくれている。

 佐奈も気遣いができる子だけど、神楽坂さんはそれ以上だ。

 彼女ほど気遣いができる子はそうそういないだろう。


 そんな事を考えて言った言葉だったのだが、なぜか神楽坂さんは驚いたような表情をした。

 そして顔を真っ赤に染めて俯き、両手の人差し指を合わせながらモジモジとし始める。


「よ、よくできた嫁だなんて、そそそ、そんな、お兄さん気が早いですよ……!」


 うん、この子はいったい何を言っているのだろうか?

 誰も嫁だなんて一言も言ってないのだが……。


「いや、よくできた子だねとは言ったけど、嫁だなんて――」

「まさかお兄さんがそんな目で私を見ていただなんて……! あっ、だから須山さんに彼女と誤解された時もあえて誤解を解かなかったのですね……!」


 うん、聞いちゃいない……。

 勝手に勘違いをしたまま自分の世界に入ってしまったようだ。

 なんだか顔を赤く染めてモジモジとする神楽坂さんは、年下なのに色っぽくてつい見ていたくなるけど、このままでは変な濡れ衣を着せられかねない。

 だから俺は神楽坂さんの頭に手を伸ばした。


「人の話は聞こうな」

「いたっ――!」


 このまま勘違いをされて変な疑いをかけられるのはよくないと思った俺は、神楽坂さんの頭を軽く叩いて目を覚まさせた。

 神楽坂さんは反射的に痛いと言っただけで、実際は痛みなどなかったはずだ。


 しかし――。


「むぅ……!」


 軽くでも叩かれた事が気に入らなかったのか、神楽坂さんは頬を膨らませて俺の顔を見つめてきた。

 不満そうにする目からは不機嫌さが窺える。


「痛みなんてなかったよね?」

「痛さが問題ではないです、叩かれた事が問題です。私、お母さんにも叩かれた事がないのですよ?」


 まぁ、普通女の子を叩く親はあまりいないだろう。

 男だと叩いてなんぼって感じでバシバシと叩かれるのだから、扱いの違いに少し理不尽さを感じる。


「ごめんごめん」

「だめです、許しません。責任を取ってください」

「責任……?」

「はい」


 神楽坂さんは責任を取れと言うだけで、それ以上は何も言ってこない。

 どうやら俺にその内容も考えろという事のようだ。


 随分と大袈裟な事を言われ、俺は戸惑ってしまう。

 女の子に責任と言われて頭によぎったのは、結婚をするという事。


 だけどこんな些細な事の責任が結婚なんて重すぎるし、神楽坂さんもそんなつもりで言っているわけではないだろう。

 七、八歳年上の相手が好みだとは思えないし、彼女ならアイドルなみのイケメンくらいじゃないと釣り合わない。

 俺なんかを相手にしようなど絶対に思わないだろう。


 さて、となるとどうしたらいいだろうか?

 佐奈ならある程度の事は頭を撫でてあげれば許してくれる。

 というか、甘やかせば機嫌がよくなるのだ。

 神楽坂さんも佐奈と同じ年齢なんだから、それで機嫌を直してくれないだろうか?


 ――――――うん、他に何も思い浮かばないので試してみよう。


 神楽坂さんに何をするか決めた俺は、再度彼女の頭へと手を伸ばした。

 だけど、今度は先程と違い優しく頭を撫で始める。


 撫でてみると、露がある綺麗な髪はサラサラとしていてとても触り心地がよかった。

 これならいつまでも撫でていたいくらいだ。


「な、ななな……!」


 神楽坂さんの髪の触り具合に満足していると、彼女は壊れたロボットみたいな言葉を発し始めた。

 いつの間にか顔は赤く染まっており、口を半開きにして固まってしまっている。

 そして数秒固まった後、なぜかそのまま俯いてしまった。

 よくわからないけど、ゴニョゴニョと何かを言いながら指遊びを始めている。


「えっと、大丈夫……?」

「あっ……」


 予想外の反応で撫でるのをやめると、神楽坂さんの口から名残惜しそうな声が聞こえてきた。

 もしかしたら撫でられた事自体はよかったのかもしれない。

 試しにもう一度頭に手を伸ばしてみると、何かを期待するように目が輝き始める。

 そして手を引っ込めると、シュンッと悲しそうに落ち込んでしまった。


 なんだろう、このかわいい生き物は。

 佐奈に負けないくらいかわいい反応だ。


 神楽坂さんのかわいい反応に味をしめた俺は、もう一度同じ事をしてみる。

 すると、やっぱり神楽坂さんも同じ反応を返してくれた。


 どうしよう、なんだか神楽坂さんがかわいすぎる。

 まるで仔犬を相手にしているかのような反応だ。


 あまりにもかわいい反応なので、俺は何度も撫でるフリをして神楽坂さんのかわいい反応を楽しんでしまった。


 すると最後には――

「須山さん、お兄さんがいじわるです……!」

 ――佐奈に電話をされてしまい、俺は佐奈から凄く怒られてしまうのだった。


 ……うん、この二人、いつの間に連絡先を交換したんだろう? 

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