第4話「一緒に寝ればいい」

 神楽坂さんは帰ってくると、まず最初に俺にスポーツドリンクを渡してきた。

 どうやら二日酔いの時はスポーツドリンクがいいらしい。

 二日酔いになる事なんてないのに、わざわざ俺のために調べて買ってきてくれたそうだ。

 おかずとかも一緒に買っていたため重たかっただろうに、文句の一つも言わないのでとてもいい子だと思った。

 

 まぁお金は請求されたけど、養うって話なのだからそこは仕方がない。

 むしろ苦労をかけて申し訳ない気持ちがあったのでお小遣いをあげたくらいだ。


 ただ、その時俺は一つの違和感を覚えていた。

 五千円をお小遣いとして渡そうとしたのに、神楽坂さんは遠慮して中々受け取らなかったのだ。

 普通、こういう家出少女はお小遣いをもらえるとなると喜んでもらうはず。

 そうしないと、自分が欲しい物が一切買えないからだ。

 それなのに神楽坂さんは喜ぶどころか拒んでしまった。


 色々と俺のために行動をしてくれているし、生きるために養ってもらいたいだけで他は望んでいないのだろうか?

 また一つ、神楽坂さんについて謎が増えてしまった。

 

「昨日見て思いましたけど、料理はされないのに調理器具は揃ってるのですね」

「あぁ、彼女――いや、今はもう元カノか。元カノが泊まりに来た時は料理を振舞ってくれていたからね」

「お泊りに……ふ~ん」


 あれ、なんだか機嫌が悪い……?

 

 心なしか頬が膨れているように見える。

 頬が膨れているという事は拗ねているという事なのだろうか?


 だけど、彼女が拗ねる要素なんて一つもなかったはず。

 という事は、やはり気のせいなのだろう。

 変な勘違いをすると恥ずかしいだけだし、気にするのはやめたほうがいい。


 俺はもう神楽坂さんの事を見るのはやめ、ゆっくりと目を閉じる。

 彼女が買い物に行っていた間でも寝ていたけど、正直気分はよくなっていなかった。

 むしろ焦ったりとかしていたせいで起きた時よりも具合が悪くなっている。

 任せっきりにして悪いのだけど、このまま体調が悪化すると彼女に迷惑をかけるし、後の事は彼女に任せたほうがいいだろう。


 いつの間にか俺の中で神楽坂さんへの警戒心は薄まっており、目を閉じていると自然に意識が遠のき始めた。

 

「――お兄さん、これから料理をお作りしますけど……あっ、寝られてしまいましたか」


 段々と意識が遠のいていく中、なんだか神楽坂さんに話しかけられた気がした。

 だけどうまく言葉が理解できず、意識は遠のいていくばかり。


 そうしていると、誰かが近づいてくる気配がした。

 誰かといってもこの場にいる他の人間は神楽坂さんしかいないのだが。

 そして、なんだか耳元で彼女の笑い声が聞こえた気がした。

 

「ふふ、かわいい寝顔。あの・・お兄さんと一緒に暮らせるなんて夢みたい。色々と偶然が重なったおかげだけど、やっぱりこれは運命だよね。もう誰にも渡さないよ」


 何を言ってるのかは意識が遠ざかっているせいで理解できなかったけど、神楽坂さんはとても機嫌がいいみたいだ。

 機嫌が悪いより機嫌がいいほうがいいため、目が覚めた時も機嫌がいいといいなぁっと思いながら俺の意識は途絶えるのだった。

 

 

          ◆

 

 

「――にいさん、お兄さん。ご飯できましたよ、起きてください」


 耳障りのいいかわいらしい声がどこからか聞こえてきたと思うと、誰かに体を優しく揺すられ始めた。

 お兄さんと呼んでいる事から佐奈だろうか?

 そういえば、なんだか今日は久しぶりに遊びに来ると言っていたな。

 佐奈は歳が離れているからか、甘えん坊でお兄ちゃんっ子なためとてもかわいい。

 今日も遊びに来たら俺が寝ていたため、早く構ってほしいのだろう。


 でも、あの子なら俺の事はお兄ちゃんと呼ぶはずだ。

 

 ……あぁだけど、もう佐奈も高校二年生だし呼び方を変えたのかもしれない。


 しかし合鍵を渡しているとはいえ、勝手に入ってくるのはどうだろうか。

 それに、朝からこられるのも正直迷惑だと思う。

 もう少し寝ていたいからほっといてほしいところだ。

 

「佐奈……まだ眠いから……ほっといて……」

「はい? あの、お兄さん? 佐奈さんとはどこのどなたでしょうか? もしかしなくても元カノさんですか?」


 佐奈の奴、急に声を低くして何を言っているんだ?

 佐奈は佐奈であってお前の事だろうに。

 それに、いつから佐奈は元カノになったんだ。

 いくらお兄ちゃんっ子だからって、兄妹で付き合う事はできないぞ。

 

「佐奈……朝だからって……寝ぼけるなよ……。佐奈は佐奈だろ……」

「いえ、もうお昼ですし、寝ぼけているのはお兄さんですけどね。言葉もあやふやになってますよ」

「うぅん……うるさい……」

「わっ、無視して布団の中に潜るのですか。逃がしませんよ」


 布団の中に潜ると、佐奈の手によって掛け布団が取られてしまった。

 今は夏だけど、部屋の中は冷房が効いているせいで肌寒い。

 佐奈の奴、いつからこんな無情な子になったんだ。

 

「もう、うるさいな……。佐奈も一緒に寝ればいいじゃないか……」

「えっ――」


 俺はピーピーうるさい佐奈の手を取り、ベッドへと引きずり込んだ。

 そして布団の代わりに佐奈を抱き枕にする。

 全身を覆ってくれる掛け布団とは違って背中が寒いけど、佐奈の体温は高いようでこれはこれで温かった。

 ちょっと熱いくらいなため熱でもあるのではないかと心配になるけど、佐奈は病気の時無理をするような子ではない。

 だから俺の部屋に来ている以上風邪ではないのだろう。

 

 それに、どれほど優れた掛け布団でも表現できない弾力ある柔らかさがあり、とても抱き心地がよかった。

 佐奈もベッドに寝転がって眠たくなったのか静かになったし、これなら気持ちよく寝られそうだ。

 

「――あっ、あわあわ……だ、抱かれてる……! お兄さんに抱かれてる……! うみゅぅ――」


 静かになったと思ったらなんだか佐奈が変な声を出し始めたけど、いつからこんなおかしな子になったのだろう――俺はそんな事を考えながら、もう一度意識を途切れさせるのだった。

 

 ――この後待ち伏せる恐ろしい事態など、想像もせずに。v

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