第5話「寝ぼけて行動した結果」

「――うぅ、嬉しいけど、心臓が破裂しちゃうよぉ……。お兄さん、起きてぇ……」


 抱き心地がいい抱き枕を抱いているからか、普段よりも気持ちよく眠っていると腕の中にいる抱き枕がか細い声を出していた。

 睡眠状態から戻ってきてうっすらと目を開けると、何やら抱き枕――かわいい妹の佐奈が顔を真っ赤にしている。

 昔は自分から勝手に布団に入ってくるような子だったのに、高校生にもなって一緒に寝るのは恥ずかしいという事だろうか?

 嫌ならベッドから出ていけばいいのに、少し会わないうちに天邪鬼になっているようだ。


「佐奈……うるさい……」

「ですから、私は佐奈さんじゃないです……! かぐやです……!」

「はいはい……かぐやちゃんね……。わかったわかった……」

「うぅ……大人が幼い子供の相手をするのがめんどくさくなって適当に流す時の態度です……! 私の話を聞いてくれません……!」


 なんだか今日の佐奈は凄く変だ。

 かまってほしいからって別人を名乗るなんてらしくない。

 このままうるさくされても困るし、頭でも撫でておけば静かにしてくれないかな。

 

「ふぁっ……!? きゅ、急に何を……!?」


 昔佐奈が大好きだった頭なでなでをすると、なぜか腕の中にいる佐奈の体が強張ってしまった。

 普段なら撫でると喜んでいたはずなのに、いつからこんなシャイな子になったのだろう?

 思春期って難しいなぁ……。

 

 昔とは違う妹の反応に成長を感じたけど、同時にちょっとめんどくさくなったとも思った。

 ちょろくてかわいい妹だったのに、さっきから全然言う事を聞いてくれない。

 おかげで全く眠れなくなった。


「頭なでなでも気に入らないとか……佐奈はいつからそんな我が儘になったんだ……」

「だから佐奈さんじゃないですよ! お兄さんわざとですか!? わざとですよね!?」

「もう、本当にうるさいよ……」

「この人どれだけ寝起きが悪いのです……!? 朝はしっかり目を覚ましてたじゃないですか……!?」

「う~ん……じゃあ、ここならいい……?」

「ふぇっ……!? ちょ、ちょっとお兄さん……! くすぐったいです……!」


 我が儘な佐奈の事をあやすために、俺は佐奈の頭を撫でている手を下にスライドさせ、すべすべとした触り心地のいい頬を優しく撫で始めた。

 佐奈は言葉にしているようにくすぐったいようで、腕の中で身じろぎをしている。

 おとなしくしてほしいのに、どうしてこの子は言う事を聞いてくれないのだろう。

 言う事を聞けない子にはおしおきが必要だ。

 

 眠気に襲われて寝たいにもかかわらず、先程から妹の邪魔のせいで寝れなかった俺は少しイライラしてきてしまい、我が儘を言う佐奈に意地悪をする事にした。

 くすぐったそうにする佐奈の頬をわざと撫で続けてやるのだ。


「も、もう……! だめですって……! くすぐったい……!」

 

 佐奈は頬が弱いのか、小さく笑い声をあげながら俺の手から逃げるように下に潜ろうとする。

 だけど俺に抱きしめられているせいでうまく逃げられないようだ。

 頬ってそんなに言うほどくすぐったくないはずなのに、佐奈は大げさだなっと思ってしまう。

 なんだか涙目になっているけど、俺の寝る邪魔をした佐奈が悪いためいい気味だと思った。

 

 ――と、そこで俺は違和感に気が付く。

 おそらく段々と眠気がなくなっていき、意識が覚醒し始めたせいだろう。

 

 佐奈の髪、こんなクリーム色だっただろうか……?

 確か俺と同じ黒髪だったはず。

 それに、髪型はこんなストレートロングヘアーではなく、佐奈のような童顔によく似合うボブヘアーだったはずだ。

 

 そして何より――顔が、全然違う気がする……。

 

「あ、あれ……?」


 俺は腕の中にいる佐奈だと思っていた人物が全く違う容姿をしている事に気が付き、ツゥーっと冷たい汗が背中を流れる。

 ちなみに言うと、昨日別れたばかりの元カノでもない。

 彼女はオレンジ色をしたワンカールのパーマだ。

 それに秘書みたいな少し性格がきつそうな顔つきをしている大人の女であり、こんな幼さが残った顔つきはしていない。


 というか、この子はどう見ても神楽坂さんでは……?

 

 自分の今現在している事を理解した俺は、全身に冷や汗をかきながら神楽坂さんの事を見つめる。

 すると、顔を真っ赤に染めながら涙目で神楽坂さんが俺の顔を見上げてきた。

 

「お、おにいさぁん……いじわるです……」

 

 今の神楽坂さんにはカッターシャツ一枚でも余裕だった態度がみじんもなくなっており、もうほとんど泣きそうになってしまっている。

 だけど泣きそうになっていると言っても、酷い事をされて泣きそうというよりも恥ずかしくて泣きそうという感じだった。

 

 俺、寝ぼけて彼女に何をした……?


 うっすらとは覚えているものの、寝ぼけていたせいではっきりとは覚えていない。

 少なくともわかるのは、俺が彼女にとんでもない事をしたという事だ。

 これは、また一つ罪を増やしてしまったかもしれない。

 

「ご、ごめん! すぐに放すから――」


 とりあえず彼女を解放するほうが先だ。

 そう思って手を放そうとしたのだが――その時、玄関のドアの鍵がガチャッと音を立て、勢いよく開かれた。

 

「お兄ちゃん~! かわいい妹が来てあげたよ~!」


 玄関から聞こえてきたのは聞き覚えのある幼い声。

 先程までいると勘違いしていた、妹の佐奈の声だった。

 

 ――本当なら、この時にすぐにでも神楽坂さんを解放しておくべきだっただろう。

 だけど突然の佐奈の登場に俺は固まってしまい、腕の中にいる神楽坂さんも俺と同じく固まっていたせいで、部屋のドアが開けられるまで二人とも動く事が出来なかった。

 そのせいで、俺が出てこない事に違和感を覚えた佐奈が俺の部屋を訪れてしまう。

 

「もうお兄ちゃん! 休みだからってまだ寝て――えっ……?」


 部屋の中に入ってきた佐奈は、俺たちの姿を見て硬直してしまった。

 佐奈が見ている物――それは、兄が見ず知らずの女の子の頬に手を添えて抱きしめており、女の子は女の子で顔を真っ赤にしながら涙を浮かべている姿だ。

 しかも女の子は自分と大して歳が変わらなさそうな容姿をしている。

 佐奈からすれば、社会人の兄が高校生に手を掛けたとしか思えないはずだ。

 

 三人もいるのに誰一人として言葉を発しようとせず、沈黙というとても気まずい雰囲気の中で俺と佐奈は見つめ合う。

 そして俺が我に返って言い訳をしようとした時にはもう、佐奈がスマホを手にして何処かに電話をかけていた。

 

「――お父さん、今からお兄ちゃんを警察に突き出してくる」


 そう電話を掛ける佐奈は、兄である俺の事をゴミでも見るような目で見ていた。

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