第3話「居候少女は意外と――」

「それにしても――予想以上に散らかってますよね」

「うっ……」


 俺の部屋を眺めながら悪態をつく少女――名前を神楽坂かぐらざかかぐやというらしい彼女の言葉に、俺はバツが悪くて言葉を詰まらせる。

 確かに床のところどころに物が落ちており、お世辞にも綺麗な部屋だとは言えない部屋だ。

 さすがにゴミが落ちていたりはしないけど、物が散らかっているだけで女の子からすれば信じられないだろう。


「意外と外面だけがいいタイプですか? ほら、仕事面では凄くきっちりしているけど、プライベートではゆるゆるみたいな」

「いや、仕事が忙しくて――」

「それ言い訳ですね。日々きちんと片付けていれば大して時間を取られる事はないです。それに、休みの時に片付けるとか出来るじゃないですか」


 ぐうの音も出ない。

 なぜ俺はまぁまぁ歳が離れた女の子――しかも、居候をしようとしている女の子に説教されなければいけないのか、という気持ちはあるけど、彼女が言っている事は正論でしかない。

 日頃からきちんと片付けていればこんな事にはならないのだから、結局はだらしない俺が悪かった。


 だけど、深夜などに帰ってきたら気力が残らないという事もわかってほしいとも思う。

 まぁそんな事を言っても仕事をした事がないこの子にはわからないだろうけど。

 

「今お兄さん、私の事を仕事もした事がないくせに何を偉そうに言ってるんだって思ったでしょ?」

「――っ!? な、なんの事かな? ぜ、全然そんな事思ってないよ」

「声上ずってますし、どもってるので図星じゃないですか。動揺しすぎです」


 俺がどもってしまうと、神楽坂さんは白い目でこちらを見つめてくる。

 M系の性癖がある人間ならご褒美だと喜びそうな視線だけど、生憎俺にはそんな性癖はないため辛いだけだ。


「いや、仕事後だと気力がないって事はわからないだろうなとは思ったけど、さすがに偉そうとかは思ってないよ」

「なるほど……まぁ実際、仕事はしていないのでわからないですからね」


 あっ、絶対言い返されると思ったのに意外と素直に認めた。

 聞き分けはいい子なのだろうか?


 ――いや、聞き分けがよかったらまず養えとか言ってこないよな。

 迂闊に聞き分けがいいとかの判断はしないほうがいいだろう。

 

「これから私も住まわせて頂くので、お部屋を綺麗にしたいです」

「やっぱり住むの……?」

「えっ、まだ言います?」


 僅かな希望を持って聞いてみると、ニコッと笑顔を返された。

 言い合うなら受けて立つぞ、という思いが見て取れる。

 そして、絶対に俺が勝てないという事も。

 

「なんでもないです」

「ふふ、お兄さんとはやっぱり相性がよさそうです」


 なんだろう、この子の本心が見えない。

 俺たちの関係に対して喜んでいるように見えるけど、知り合ってから間もないせいでこの子の性格がわからなくて本心かどうかわからないのだ。

 一緒に生活しないといけない以上、早くこの子については知っておきたい。

 あまり疑うような事はしたくないけど、貴重品などの管理はしっかりとしておいたほうがいいだろう。

 

「お兄さんは休んでいてください。私のほうで勝手にしちゃいますので」

「えっ、いいの? むしろ俺一人で片付けろって言ってくると思ったんだけど……」

「私が勝手にしたいと言ってるので、当然私だけでしちゃいます。それに、お兄さん時々頭を押さえてますし、二日酔いでしんどいんですよね? ベッドに横になって寝ていてください」


 神楽坂さんはそう言うと俺の体に手を伸ばしてきて、体を支えるようにしながらベッドに横になるよう促してきた。

 支えてくれたのはベッドに横たわる際に勢いがついて頭に響いたりしないよう気を遣ってくれたのだろう。


 あれ?

 いきなり養えとか、脅してきたりするからとんでもない子だと思ってたけど、意外といい子なのでは……?

 

 俺はベッドに横になった状態で神楽坂さんの顔を見つめる。

 神楽坂さんは既に俺から視線を外しており、部屋を見回しながらどこから片付けようか考えているようだ。

 その横顔からは部屋を片付ける事などに対して一切不満は感じられない。

 ただ綺麗好きなだけかもしれないけど、なんだかそれだけではない気がした。

 

 部屋を見回す彼女の表情が、何処か嬉しそうにしているように見えたからかもしれない。

 

「お兄さん、マスクってありますか?」

「ごめん、ないや」

「ですよね~。では私買ってきますので――あっ……!」


 おそらくマスクはほこりを吸わないようにするために必要なのだろう。

 部屋を掃除するとどうしてもほこりが舞ってしまうため、掃除には必要不可欠ともいえる品物だ。

 だから彼女が欲しているのはわかるけど、どうして急に焦った表情をしているのだろうか?

 

 急に何かを思い出したようにアワアワと焦った表情をする神楽坂さんを見て、俺の頭にはハテナマークが浮かんだ。

 そんな俺に対して神楽坂さんは申し訳なさそうに視線を向けてくる。

 

「ごめんなさい、寝かせてしまったところ申し訳ないのですけど、私が見て困る物とかは買い物に行ってるうちに何処かに片付けて頂けると助かります。私、ついでにお昼ご飯のおかずも買ってきますので」

「あぁ、貴重品を片付けとけって事か」


 昼ご飯のおかずを買ってくるのは、マスクのついでというのと時間潰しをしてくるという事なのだろう。

 というか、この言い方ご飯を作ってくれるのか?

 至れり尽くせりじゃないか。


 いつもインスタント食品やコンビニ弁当を食べているため、神楽坂さんの言葉に期待をしてしまった。

 だけど、神楽坂さんは別の事を気にしているようだ。


「それもありますけど、下着とか……ほら……男の人が大好きな物とか……」


 男の人が大好きな物?

 なんだろう、それは?

 というかこの子、下着とか男の人が大好きな物とか言う時にどうしてモジモジしたんだ?

 もしかして下着って言うのに照れた?

 

 ――いや、ないだろ。

 カッターシャツ一枚しか身に着けていないのに平気で横に寝るような女の子だぞ?

 それに俺がパンツ一枚だって事に対しても気にした様子はないし、今更下着とかで照れるとかありえない。

 もしありえるとしたら、今まで気にしていないように見せていただけで内心は凄く照れていたって事だけど、どう見てもこの子はそんなシャイな子じゃないだろう。

 きっと見間違いだな。


「男の人が大好きな物って何?」


 少女がモジモジしていたのは気のせいだったと思い直した俺は、最初に気になった事について聞いてみた。

 男の人が大好きな物と言われてもピンとくる物がなかったからだ。

 しかし、俺が尋ねると少女は信じられない物でも見るかのような目で俺の顔を見てきた。

 そして顔を赤く染め、照れたように口を開く。

 

「そ、そういうプレイもお好きでしたか……。うぅ……そろそろ私は限界だというのに……」

「えっ、ごめん、なんて言ったのか聞こえなかった」


 口がモゴモゴと動いたから何か言った事は間違いないのだけど、声が小さすぎて何を言っているのか全く聞き取れなかった。

 だけど神楽坂さんはなぜか後ろを向いてしまう。

 そして三秒ほど経って再度俺のほうに向き直し、先程とは打って変わって笑顔で口を開いた。

 

「エロ本などを隠しておいてくださいって言ってるのです」

「――っ!? エ、エロ本なんて持ってないよ!」


 いきなり予想外の言葉を投げられて動揺するものの、俺はすぐに持っていない事を主張した。


 大丈夫、これは強がりではない。

 昔は元カノが家に泊まりに来る事が多かったため、一切そのような物は持ち合わせていないのだ。

 あるのはパソコンやスマホなどのデジタルデータのみ。

 そして元カノに見つからないように巧妙に隠していたため、見つかる心配など一切ない。

 

 神楽坂さんがもし変な気を起こして調べ始めたりしても大丈夫だと思い、俺は冷静さを取り戻して平然な態度をとる。

 だけど、そんな俺を見て神楽坂さんは何かを察したかのようにニコッと笑みを浮かべた。

 

「あぁ、パソコンやスマホ内にあるのですか」

「――っ!? ななな、なんの事かな……?」

「相変わらずわかりやすい人ですね……。大丈夫です、目に触れるところになければ何も言いませんよ。――今はね」


 なんだろう、最後の言葉だけ全く聞き取れなかったし、最後だけ表情が変わった気がする。

 笑みに黒い部分が見えたとか、恐怖を感じたとかそんな感じだ。


 だけど、目に見えなければ文句を言うつもりはないと言っている。

 理不尽に消したりはせず、また、男に対しても理解をしてくれているようだ。

 もしかしたら過去の宿先で既に経験済みなのかもしれない。


 まぁ神楽坂さんの生き方については思うところがあるけど、あくまでそれは彼女の人生だ。

 赤の他人である俺が踏み込んでいい部分ではない。

 ただ、気にならないわけでもないため、いつか彼女が自分から話してくれればいいなとは思った。

 

「――それではお兄さん、行ってきますね」

「あぁ、ごめんね」

「いえいえ、いいのですよ」


 神楽坂さんは嫌な表情一つせず買い物に出てくれ、俺はそんな彼女の後姿を見つめるのだった。

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