第2話「朝チュン」

 ――チュンチュン。


「んっ……もう朝か……」


 外から聞こえる雀の鳴き声により、俺は重たい瞼をゆっくりと開ける。

 その時、なぜか急激な痛みが俺の頭を襲ってきた。


「つぅ――あれ……なんで頭がこんなに痛いんだ……?」


 頭を少し動かすだけでズキズキと痛みが襲ってき、身に覚えのない痛みに疑問が浮かんでくる。


 確か昨日は久しぶりのデートに行こうとして彼女に振られ、その後はブラブラと街中を歩いていたはず。

 そこからは確か――あぁ、そうか。

 やけ酒をしてしまったんだ。

 飲みすぎてしまったせいで二日酔いになっているのだろう。


 ゆっくりと昨日の事を思い出し、どうして頭が痛むのか理解する事が出来た。

 だけどすぐに次の疑問が浮かんできてしまう。


「俺、いつの間に自分の部屋に戻ったんだろう?」


 酒を飲みに行った事までは覚えている。

 しかし、その後の記憶が全くなかった。

 どうやって家に帰ったのか全く思い出せない。

 前日の記憶を失うほど酔ったのは初めてだけど、そんな状態で一人家に帰られるものなのだろうか?

 まぁでも、実際に帰ってきているのだから帰れたのだろう。


 そう結論付けた俺は、頭痛が酷かった事と、今日は日曜日で会社が休みという事で再度ベッドに寝転がり寝ようとする。


 ――そして、そこで信じられない存在が隣に寝ている事に気が付いた。


「すぅ――すぅ――」


 小さくかわいらしい寝息を立てる生き物。

 カッターシャツ一枚に身を包むその生き物は、誰がどう見ても一人の女の子にしか見えなかった。


「は? えっ……?」


 同じベッドに全く知らない女の子――しかもとてつもなく美少女で、なおかつ見た目的に高校生らしき少女が隣で寝ている。

 普通に考えてありえない状況に俺の頭がフリーズしてしまう。

 しかも身に付けている物は俺が普段会社に着て行っているカッターシャツ一枚のみ。

 後は何も身に付けていなかった。


 シャツの隙間から見える部分を見るに、もしかしたら下着も――。


「――んっ……あぁ、もう起きたんですね……」


 隣で寝ていた少女を見つめていると、少女は半分寝惚けた状態でゆっくりと目を開いた。

 眠たそうに目を擦りながら、それでも俺の顔を見るとかわいらしい笑みを浮かべる。


「えへへ、おはようございます、お兄さん」


 まだ幼さが残ったかわいらしい顔立ちで美少女はハニカミながら挨拶をしてきた。

 照れが含まれた笑顔がとてもかわいらしく、思わず見惚れそうになる。


 だけど、悠長に見惚れているわけにもいかない。


 朝起きたらシャツ一枚しか身に付けていない女の子が照れた表情で俺の顔を見つめており、ついでに言うと俺もなぜか身に付けているのはパンツ一枚だけ。


 この状況を察するに――もしかして、俺は酔った勢いでやらかしてしまったのだろうか……?


 状況証拠を整理するととんでもない結論に至った俺は、背筋が凍りそうなほど冷たい感覚を覚えた。

 相手が美少女かどうかは置いといても、どう見ても未成年。

 とても二十歳を越えているようには見えない。

 そして俺は二十四歳だ。


 つまり、未成年に手を出してしまった俺は犯罪者では……?


「――さん。お兄さん。もしも~し、お兄さん大丈夫ですか? まだ酔いが残ってます?」


 未成年に手を出してしまったのではないかと固まっていると、しっかりと目を覚ました美少女が俺の顔の前で手を振ってきた。

 身に付けているのがカッターシャツ一枚だけなのと、第三ボタンまでボタンを開けているせいで見えてはいけない部分が見えそうになる。

 どうやらこの子はかなり無防備な子のようだ。


「だ、大丈夫……」


 俺は視線を美少女から外し、何事もなかったかのように平然とした態度を意識して答えた。

 出来ているかどうかは知らないけど、この状況で明らかな動揺を見せてしまえば怪しまれると思ったからだ。

 しかし、なぜかそんな俺の様子を見て美少女は楽しそうに笑う。


「お兄さん、照れてますね。お顔真っ赤です」

「いや、あの……君はそんな格好で恥ずかしくないのか?」

「ふふ、今更ですね。もっと恥ずかしい部分を見せたのですから、平気に決まってるじゃないですか」

「――っ!」


 もっと恥ずかしい部分……?

 つまりそれは、やはりあれをやってしまったという事なのだろうか……?

 俺は見ず知らずの女の子を家に連れ込み、そのまま致してしまった?


 ………………やばい、振られて傷心していたとはいえ、見ず知らずの未成年に手を出したとか洒落にならない。

 誰か知り合いに知られれば蔑まれる事間違いなしだろう。


 というか、そもそもなのだがこの子はいったい誰なんだ……?


 よく記憶を遡れば、見覚え自体はある。

 昨日色々な場所で鉢合わせをしていた美少女で間違いないだろう。

 彼女ほどの美少女は世の中そうそういないから、見間違いとか人違いではない。

 向こうも明らかに俺の顔を見ていたため、顔見知りといえば顔見知りと言えなくはないだろう。


 だけど、特に会話をした記憶はないのだ。

 それなのにどうして俺の部屋にいるのかが理解出来なかった。


 二日酔いとか言ってる場合じゃない。

 とりあえず彼女が俺の部屋にいる理由だけでも聞かないと。


「あ、あのさ、ところで君はなんで俺の部屋にいるの?」

「えぇ、忘れちゃったんですか? 約束したじゃないですか、慰めてあげるかわりに私を養ってくださいって」


 なん、だと……?

 慰めてもらう代わりに彼女を養う?

 えっ、本当にそんな約束をしたのか……?


 信じられない約束が交わされていた事に驚き、思わず美少女の顔を見つめてしまう。

 美少女はまっすぐな瞳で俺の顔を見つめており、見た感じだと嘘を付いているようには見えなかった。

 

 おいおい嘘だろ、知れば知るほど俺の罪が確信に変わっていってるじゃないか……。

 まさか自分が高校生ぐらいの女の子に手を出すだなんて思ってもみなかった。

 もう酒は飲まないと強く心に決めるが、起きてしまった事に対しては何も意味がない。

 なんで俺はそんな軽はずみな約束をしてしまったんだ。

 後悔先に立たずという言葉を俺は今初めて実感した気がする。


 それにこの子もこの子だ。

 慰めるから養えって、少し違うけど漫画に出てくるような家出少女みたいな事をするなんて何を考えているのか。

 髪や肌などを見るにしっかりとケアがされているし、とても生活に困っているようには見えない。

 なのにどうして、体を使ってまで養ってもらおうとしているんだ?


 俺は自己嫌悪になりつつも、この状況に少し納得がいかなくて再度美少女を見つめる。


「えっと、そのだな……俺と君はほとんど初対面であって、気軽に養うとかは言えなくて――」

「――お兄さん、私高校生ですよ?」


 このまま養うなど世間が許してくれるはずもなく、どうにか説得して理解してもらえないかと思っていると、美少女はとても冷たい声を出して俺の言葉を遮った。


「例え相手が十八歳未満であっても、十三歳を超えているのなら余程の事がない限り罪は問われません。ですがお兄さんの場合、私と取り引きをしています。それをたがうという事は、罪に値しますよ?」


 美少女の表情からは先程までの照れなどが一切消え去っており、真顔になった顔のまま脅しにも取れるような言い方をしてきた。

 何をやったとかには触れていないが、遠回しに何について言われているのかはわかる。

 それに予め用意されていたかのような回答の仕方だし、高校生のくせに法律の知識があるというのもわかった。

 この子呑気そうに見えて実は頭が回るようだ。


 しかも非があるのは俺のほうだし、負い目や弱味も出来てしまった。

 このまま約束をたがう事は出来ない。

 約束を破れば警察に駆け込むとでも言いたげな表情を目の前にいる美少女がしているからだ。


 自分が悪いとはいえ、俺はとんでもない子に目を付けられてしまったのかもしれない。


「ふふ、約束、守ってくださいね?」


 俺が自分の状況を理解したとわかったからなのか、美少女は再びかわいらしい笑みを浮かべて俺の顔を見つめてきた。

 そして俺は、そんな美少女の笑顔に戦慄してしまうのだった。

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