第2話 高校生と結婚
「「あたし、大きくなったら、みーくんのおよめさんになるー!」か……」
帰宅した俺は、自室で少し考える。まさか、子どもの頃の他愛ない約束のせいで、こんな現実的な問題が起きるとは。
もちろん、古織は無理はしないでいいと言っているけど、俺が18歳の誕生日を迎えて以降、度々のおねだりを見れば、彼女が早く、それこそ大学生になる前に結婚したいという願いを抱いているのは明白だ。
「しかしなあ……」
問題は山積みだ。まず、未成年の俺たちは親を説得しなければいけない。なんと、古織のお父さんとお母さんは、猫っ可愛がりしている娘のお願いに、あっさり結婚を許してしまったらしいが、うちの所がどうかというと、正直わからない。
それに、高校に居る間の周りの目という問題もある。今は6月。受験勉強やら何やらがあるにしても、あと9ヶ月くらいは一緒にいる計算になる。クラスの奴は案外、気にしなさそうだけど、さすがに結婚したクラスメートが居るとなれば噂は広がるだろう。
「まあ、言うだけ言ってみるか」
おそらく、難しい顔をして「せめて大学生になるまで待ちなさい」と言ってくるだろうから、その線で伝えれば古織も諦めてくれるだろう。たった1年くらい待つだけだ。
◇◇◇◇
「あのさ、ちょっと真面目な話があるんだけど、いい?」
夕食を終えて、寛いでいる父さんと母さんに告げる。今まで家族にしたなかで、おそらく最大級に重いであろう相談になるだろう。
「どうしたの?そんなに真面目な顔をして」
俺の様子に何かを感じたのだろうか。母さんが訝しがる。
「ええとさ。これは、ほんとに、ほんとに、真面目な話なんだ」
「いいから話してみなさい」
厳粛な声で父さんが言う。
「古織にさ、結婚したいって言われてるんだけど、どう思う?」
父さんも母さんも目を見開いて、びっくりしている。まあ、当然だよな。
「
やっぱり信じきれていないらしい父さんがそう問いかける。
「だから、本気だって」
「……」
「……」
父さんも母さんも揃って黙り込む。そりゃそうだよな。二つ返事でOK出した、古織のとこがちょっとおかしいんだ。
「まず、道久はどうしたいんだ?」
「古織の願いを叶えてやりたいという思いはあるよ。でも、大学生まで待ってもいいんじゃないかと思う。たぶんだけど、父さんも母さんも、大学生になってからだったら、あんまり反対じゃないだろ?」
「そうだな。籍を入れるだけだったら、要は手続きの問題だ。大学生で結婚というのも昨今、言うほど珍しいわけではないしな。しかし、さすがに高校生となると、色々とな……」
難しい顔になる父さん。まあ、当然だろう。
「私は、今でも全然いいわよ?だいたい、私が受験生の時にプロポーズして来たあなたが、高校生で結婚するのが……なんて言えたことじゃないと思うのだけど」
白い目で父さんを見る母さん。待て待て。母さんは、父さんの7歳年下だぞ?
「おいおい、父さん。まさか、社会人になってから、高校生に手を出したのかよ」
「馬鹿を言うな。母さんが高校を卒業するまでは清いお付き合いだったぞ」
慌てて弁解する父さんだが、俺はといえば少し頭が痛くなっていた。
「とにかく、高校生で結婚くらい別にいいじゃない」
信じられない事を言ってのける我が母。まさに自分が通った道ゆえにだろうか。
「しかしな。変な噂が立つかもしれないぞ。道久だけならともかく、
一方、渋る父さん。父さん自身の事はさておき、心配している事はよくわかる。
「いいじゃないの。そんなの、当人が噂なんて気にしなければそれまでよ。だいたい、私の時も、急に苗字が変わったせいで、さんざん変な噂が流れたのだけど」
と嫌味を言う母さん。常識的だと思っていた我が家だが、全然常識的じゃなかったらしい。
「ああ、わかった、わかった。俺も強くは反対しないよ」
自分にも負い目があるのかあっさり陥落する父さん。それでいいのか。ただ、と。
「お前自身があんまり強く希望しているようには見えないが」
そう言う父さん。
「俺は、別に大学生になってからでもいいって気持ちもあるんだよ」
「なら、もう一度古織ちゃんと話し合ってみなさい」
「わかった。そうするよ」
「それで、2人が強く希望するのだったら、俺も反対はしない」
それで、我が家の家族会議はお開きとなった。
◇◇◇◇
自室に戻った俺は再び悩んでいた。父さんが言っているのは、つまるところ、俺の意思次第ということだ。そういえば、高校生で結婚した人というのはどれくらいいるのだろうか。スマホで少し検索をかけてみると、色々な話が出てきた。
やはり、実例はいるものの、全体から見れば少数派だし、高校生で結婚をした内の、特に女性側は妊娠などの理由があった場合、退学に至る場合があるとも。
しかし、あっけらかんと、自分は高校生の時に結婚をしたと告白している女性もいる。周囲からは驚かれたものの、さほど苦労はしなかったとも。
「周りの環境の問題なのかね……」
翻って、俺たちの周りはどうだろうか。既に、実質夫婦と扱われて、さんざんネタにされている俺たちが結婚したところで、急に奇異の目で見たり、いじめだすだろうか。「へー、もう結婚したんだ。早いね」が関の山な気がしてきた。俺たちの高校、基本、育ちがいい奴が多いしな。
「なんで、古織は、今年の内に、と思ってるんだろうか」
大学生になってからであれば、俺も別に迷わないのだが。よし、聞いてみるか。
「もしもし、みーくん?どしたの?」
「いや、結婚の話なんだけどさ……一応、承諾は取れたよ」
「そうなの?やった!」
「たださ、俺自身が、周りの目とか色々考えちゃってさ……それで、お前がなんで高校生の内に結婚したいかって分かればと思って」
「……」
しばし、古織からの反応を待つ。
「あたしが、みーくんのお嫁さんになる!って言ったときの事、覚えてる?」
「細かいところは曖昧だな。幼稚園児の時だし」
「実はね。あの時、「おとな」って思ってたのは高校生の事で、「およめさん」って思ってたのも、単なるカップルだったんだよ」
時々、くすくすと笑いながら、そんな事実を告げてくる古織。
「あー、なるほどな。俺も、あの頃は高校生は「おとな」って思ってた気がする」
「おとな」も「およめさん」も何を指すのかはっきりわかっていなかったあの頃なら、混同するのも無理はない気がする。
「だから、なんとなく、高校生で結婚するイメージができちゃったんだよね。あたしも、言っててちょっと変だなーって思うから、刷り込みって怖いよね」
どこか、自嘲するような声。高校生で結婚したいっていうのが世間ズレしてるなんて事がわからない奴じゃないしな。俺にあんな事をいいつつも、自分でなんだかなーなんて思ってたのが目に浮かぶようだ。
「思ったより単純な理由だったな」
「さすがに、この理由を言うのは恥ずかしかったんだもん」
少し拗ねた声が可愛らしい。
「だから、別に無理しなくてもいいよ。それこそ、大学生じゃなくても、お互いにちゃんと働けるようになるまでだって、あたしは待てるから」
そう、優しい声で語りかけてくる古織。「待てるから」か。その台詞は、不思議と心に染み渡った。それに、そんな可愛らしい理由なら、むしろ、叶えてやりたくなって来た。
「よし。結婚しようぜ」
「急にどうしたの?昼間はなんだか渋ってたのに」
「そんな可愛らしい理由なら叶えてやりたいって思うのが男心なんだよ」
「可愛い、かなあ」
電話越しに聞こえてくる声はどこか疑問に思っているようだった。
「俺が可愛いって思ったからいいんだよ。それより、式とかはいいのか?」
昼間、ウェディングドレスを見てたから、そっちも込みなのかなと思ったけど。
「別に、そっちはいつでもいいよ。ドレスは可愛いから見てただけだし」
「そういうところは無欲だな。俺としては助かるけど」
「でも、本当に高校生の内に結婚できるなんて思ってなかった」
「なんだよ、親に許可までもらっておいてか」
「出来たらいいなーくらいには思ってただけ」
「そっか。じゃあ、また明日な」
「うん。ずっと大好きだよ、みーくん」
そうして、電話は切れたのだった。「ずっと」か……。「大好き」はいつもの事だけど、「ずっと」が付くと重みが違う。
高校生の俺たちが結婚なんて、全然実感が湧かないし、あるいは、頭の固い親戚やらからなんやかや言われるかもしれないけど、まあいいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます