「大きくなったらお嫁さんになる!」にマジレスした結果

久野真一

第1話 恋人歴15年の二人

「おおきくなったらおよめさんになる!」


 そんな言葉を、幼稚園児くらいの頃に言った人は、物語の中だけでなく、現実にも意外にいるらしい。検索してみても、幼い頃に兄や父、あるいは当時仲が良かった男子に似たような言葉を言った記憶があるという体験談がちょくちょく見つかる。


 当然のことながら、大半の女の子は成長していくにつれ、そんな言葉を忘れたり、「そんなこともあったね」と振り返る程度のようだ。至極当然の事だと思う。なにせ、幼稚園の頃といえば、「男の子」と「女の子」という事はわかっても、どう違うのかすらはっきり認識できていない年頃だ。


 この「おおきくなったらおよめさんになる!」という言葉のポイントは、「大きくなったら」というところだ。成長するにつれて、父や兄は対象外になるし、違う男子に惹かれるのが普通なのだ。


 しかし、幸か不幸か、俺はそうはならなかった。なぜなら-


◆◆◆◆


「あたし、大きくなったら、みーくんのおよめさんになるー!」


 当時幼稚園児だった、俺、工藤道久くどうみちひさ倉敷古織くらしきこおりは仲が良くて、よく一緒に遊んでいた。そんな中で出た古織の無邪気な一言。この言葉に、「うん、ぼくも大きくなったら、こおりちゃんをおよめさんにしたい!」と無邪気に返していれば現状は違ったかもしれない。


 しかし、


「こおりちゃん。およめさんのまえに、こいびとにならないといけないよ?」


 俺は、どこかで聞きかじった知識をつい言ってしまったのだった。


「こいびと?」


 不思議そうな顔で問い返してくる古織。


「おとこのことおんなのこがいっしょにいるってやくそくするってこと」

「こいびとって、およめさんとちがうの?」

「ぼくもわからないけど、おとなじゃなくてもいいんだって」

 

 大人にならなくても、恋人にはなれるとだけ理解していた俺。


「じゃあ、きょうから、みーくんのこいびとになりたいー!」

「うん。ぼくもこおりちゃんのこいびとになる!」


 こうして、俺達は幼稚園児にして「こいびと」になってしまった。とはいえ、そこは幼稚園児の時分だ。せいぜい、手をつなぐくらいで、そもそも恋人同士が手を繋ぐことの意味もよくわかっていなかった。


◇◇◇◇


 そして、小学校に上がっても、そんな無邪気な「こいびと」関係は続いた。俺は古織にべったりで、古織も俺にべったりだったから、近所に住んでいた俺たちはいつも一緒に登下校をしたし、よく2人で遊んでいた。


 そんな無邪気な「こいびと」関係が少し変わったのが、小学校4年生の頃。まだまだ、男女間のお付き合いというのはよくわかっていなかったけど、お互いに少年少女向け漫画誌で「キス」という事を覚えたのがよくなかった。


「ねえ、みーくん」

「なに、古織ちゃん」

「私、キス、してみたいの。恋人同士はキスをするんでしょ?」

 

 古織が何気なく、そんな事を何気なく言って来た。俺も、漫画で見る「キス」に興味があったので、


「うん。僕もしてみたい」


 そんな風に無邪気に返す始末。そして、俺たちは、そんなじゃれ合いの延長線上で、何気なくキスを交わしてしまった。


「はわわ。キスって、すっごく気持ちいい!」

「うん。だから、恋人同士ってキスするんだね」


 そう無邪気に納得してしまった俺たちは、事あるごとにキスをするのが普通になってしまった。キスを見られるのが恥ずかしいという気持ちもなかったから、人が見ていようが、「キスしてみたい」と思ったらなんとなくキスをしていたし、それは古織も同様だった。


◇◇◇◇


 そして、小学校6年になった頃。男女の境目を意識し始める年頃。いつものように仲良くしていた俺と古織を見て、何かにつけて、男女の仲をからかいたがったガキ大将が、


工藤くどう倉敷くらしき、デキてるんだぜー!」


 と言い始めたのだった。そして、同調する取り巻きたち。だけど、既に「恋人」になっていた俺たちはといえば、


「うん。古織ちゃんと僕は恋人だけど、何かおかしいの?」

「私も、みーくんと恋人だけど、別におかしいって思わないよ?」


 とマジで返してしまっていた。からかおうと思っていた奴らもタジダジで、


「そりゃお前、デキてるなんて恥ずかしいだろ!」


 と言ってきたのだけど、


「恋人同士になるのが、なんで恥ずかしいの?」


 なんて言ったものだから、からかおうとしていた奴も押し黙ってしまった。


 もちろん、その頃には、少しずつ、恋人になることの意味は理解できていたけど、古織が好きという気持ちに嘘はなかったし、全然恥ずかしいと思うこともなかった。


◇◇◇◇


 中学に進学した俺たちはといえば。あまりにも当然のように一緒にいるから、今度は違う意味で、


「お前ら、デキてんの?」


 なんて聞かれたけど、答えはやっぱり変わらず。ただ、さすがにこの頃になると、幼稚園の頃から付き合っていた、というのがちょっと変だというのは自覚し始めていたので、


「中学に上がってから、ちょっとな」


 と少しお茶を濁すようになっていった。この頃になると、俺も古織も第二次性徴が始まっていて、「性的なもの」に興味を持つようになっていた頃だから、少しキスの意味合いも変わっていた。


 ある日、放課後の教室で何気なくキスをした後のこと。


「最近、キスするとドキっとするね」

「わかる。なんでだろうな」


 などとお互いに感想を言い合っていた。


◇◇◇◇


 周囲から見れば、かなり変なカップルだっただろう俺たちも高校生にもなれば、また少し変わる。この年頃になれば、付き合い始める男女も珍しくなくなってくるので、やたらキスをしたりスキンシップをしたり、談笑している様子を見ている周りも、


「こいつらバカップル過ぎねえ?」

「すっごい熱々だよね」


 などと、少し呆れた目線で見る程度になっていた。バカップルというか、幼稚園児の頃から「こいびと」だった奴なんてそうは居ないだろうけど、お互い側にいるから自然だから、そんな視線も気にならなくなった。


 そして、現在-


◇◇◇◇


「みーくん、何考えてるの―?」


 間延びした声で問いかけてくる古織。聞いた者の心を癒やすような声。ショートカットで慎ましい胸は、童顔気味な顔と合わせて年齢より幼く見える。同い歳の俺も歩いていて、兄妹に間違われる事が時折ある。


「古織と初めてキスをした時の事思い返してた」

「なにそれ?みーくんのエッチ」


 キャっとわざとらしく胸を覆い隠す仕草をする古織。こういうわざとらしい仕草

でも、可愛いと思えてしまうのは俺が毒されているのか。


「ファーストキスは、お前が求めて来たんだろ」

「私は、なんでキスするかわかってなかったんだもんっ」

「「もんっ」とか可愛らしくて言っても。俺だって同じだったぞ」

「今はちゃんとキスするとドキってするよ?」

「俺だってそうだよ」


 傍から見たら、何を言っているんだこいつらと思われそうな会話。でも、それが俺たちなのだから仕方がない。そんな事を話しながら歩いていると、ふと、ショーウインドウ越しに、ウェディングドレスが展示されているのが見えた。


「このウェディングドレス、可愛いよねー。私が着たら似合うかな?」


 展示されているウェディングドレスを興味津々という顔で見ながら、古織こおりが俺に感想を求めてくる。確かに、ピンクの生地に色々な花があしらわれているデザインは可愛いと言えなくもない。


「可愛いけど、古織にはサイズ……がちょっと合わないんじゃないか」


 胸の部分がというのはお茶を濁す。


「そんなに合っていないかなぁ。む。ひょっとして、胸のこと言ってる!?」


 伊達に幼稚園の頃からの付き合いじゃない。


「……いや。言ってないぞ。言ってないからな」

「ふんだ。どーせ、あたしは慎ましい胸ですよーだ」


 拗ねてしまった。でも、こういう時にご機嫌を取る方法も心得ている。


「好きだよ、古織」


 言いながら、素早く彼女を抱きしめて、唇をそっと重ねる。


「もう。キスして誤魔化すのずるい」


 言いながらも、古織はもう機嫌が良さそうに腕を組んでくる。昔、古織と喧嘩とした時に、いくら理屈でそんなのは言いがかりだと言っても埒があかなかった事がある。その時に、古織から「欲しいのは理屈じゃなくて愛情表現なのっ!」と言われた事があるのだが、本当にそうなのだから苦笑すべきか可愛らしいというべきか迷う。


 高校生になってから、こんなやり取りを何度しただろうか。まだ俺たちは高校3年生だが、既にクラスでは、として認識されている。俺たちくらいの歳になれば付き合う男女は珍しくもないだろうけど、この歳で付き合って15年なんて奴はいないだろう。


「それより、おばさんとおじさんには、言えてないの?」

「悪い。でも、さすがにこの件は切り出しづらいっていうかな……」

、お嫁さんにしてくれるんじゃなかったの?」


 古織の顔がどんどん悲しそうになっていき、じわっと涙が出てくる。


「ああ、もう。その涙止めろよ。心臓に悪いだろ」


 苦言を言うと、あっさり元通り笑顔になり、涙も止まる。


「冗談だよ、冗談」


 古織の特技の1つで、彼女は泣き真似じゃなくて、すぐに涙を出す事が出来る。


「その特技ちょっと性質が悪いぞ」

「少しくらいいいじゃない。でも、無理しないでいいからね」


 彼女自身、無茶なお願いな事はわかっているのでそう言うけど、そもそもという事自体が、あんまり普通ではないのだ。


 俺たちは、今、18歳。法的に言えば結婚出来る年齢だ。だから、幼稚園の頃から、順調にステップアップを続けて来た古織としては、早くお嫁さんになりたくてたまらないらしい。

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