自分色記念日



 思っている事。

 感じる事。


 素直に表に出せることは。

 なんて美しいのだろう。


 あたしが。

 彼女の友達でいることに。


 感謝する瞬間だ。


「もらい泣きしちゃうから、もう泣かないで? あたしが泣くの、見たくないでしょ?」

「わがっだど……。ぼう、だがだいど……」


 分かってないじゃない。

 泣きっぱなしじゃない。


 でも。

 これは仕方のない事。


「……じいさん。なんとかならねえか?」

「ならんのじゃ。腰がもういうこときかんでのう」


 用務員のおじいさま。

 梶原さん。


 身体を悪くされたから。

 学校をやめるそうだ。


 だから、この猫たちは。

 もうふすまの裏で。

 ご飯にありつけなくなってしまう。



 他の子たちは。

 まだ平気。


 土日、梶原さんがいない時には。

 ちゃんと自分で餌をとっているから。


 でも、カンナだけは。

 まだ、足が完全に治り切っていないようだから。


「……みい」

「びええええええええ!!!」


 誰かが面倒をみないと。

 冬を乗り切ることが出来ないと。


 梶原さんが。

 冷たい太鼓判を押したのだ。



 ……あたしだって泣きたい。

 この子のように泣きたい。


 でも、いつからか。

 理性が邪魔をするようになってしまった。



 思っていることを。

 感じていることを。


 素直に表に出せることは。

 なんて美しいのだろう。



 そして。



 美しい思いは。

 こうして。



 ……人の心を動かすのだ。



「はあ……、しょうがないのう。ハヤテくん、じゃったか?」

「隼人です」

「三月には、引き取ることができると言うとったの」

「はい。家は三月の頭にはできます」

「それまでは、わしのとこにいてもらおう」


 そう言いながら、梶原さんがカンナに手招きすると。


 逆に、何か警戒して逃げようとするカンナが。

 それでも、何度も振り返る。


 そしてこっちのネコちゃんは。

 無警戒に、梶原さんにとびかかろうとするから。


 慌てて首根っこを掴んで引き留めた。


「おじいじゃあああん! ありがどおなのーーー!」

「こら! 腰の悪い人に抱き着こうとしない!」

「ほっほっほ。はてさて、お嫁さんになんと言い訳しようかのう?」

「あだぢもいっじょにおでがいするどーーー!」

「鼻! ああもう……」


 でも、この子なら。

 きっと許してもらえるはず。


 あたしは確信をもって。

 梶原さんの提案を受け入れることにした。


「ただ…………」

「ん? なによ」


 丸く収まったってのに。

 なにを蒸し返そうとしてるのよ、あなたは。


「瑞希にはずっと、俺は犬派だって言い続けて来たから……。兄の威厳が……」


 ……呆れた。


「そういうのは思ってても口に出さないの」

「お、おお」


 素直なことが。

 美しいとは限らない。


 あたしは美しくない人を肘で突いた後。

 抱き着いてきた美しい友のぐしゃぐしゃに濡れた顔を。


 ハンカチで拭いてあげた。



「チーン!」

「そ、それはやめて欲しかった……、かな?」



 素直なことが。


 美しいとは限らない。




 ~ 十月十六日(金) 自分色記念日 ~

 ※千紫万紅せんしばんこう

  いろんな色で咲く花々。


 


「パーソナルカラーというものは後天的に、かつ流動的に変化するものだそうだ」


 英語の授業中。

 急に変なこと言い始めた先生。


「せんせー。それ、この間アニメで見ましたー」

「うむ。娘と見ていてな、そこで学んだものだ」


 アニメキャラの色分けの話か?

 それがどうしたってんだ。


「俺も自己を高めるため、色という抽象的なものも常に意識するよう心がけることにしたのだが……、俺に足りんのは何色だと思う?」

「赤系?」

「いやいや、癒しの緑だろ!」

「頑固だから青ってことはないわよね……」

「こら、誰が頑固だ。俺は頑固ではない」

「いや、そういうとこが頑固だろ!」


 みんなは爆笑しているが。

 俺は、大したものだと目を丸くさせる。


 あの齢になって。

 よりにもよって、女の子向けアニメから学ぶとは。


 ならばその心意気。

 真面目に手を貸してあげねばなるまい。


「ピンクだ」

「立っとれ」

「どうしてだ!?」


 あと、お前の目には見えねえのか。

 俺は昨日っから立ちっぱなしだ。


「そういう冷徹さを緩和しろって言ってんだ! ラブアンドピースのピンク!」

「では、放課後まで化学準備室の人体模型の横で立っとれ」

「万が一間違えられて臓器の勉強始まったら大変だわ」


 お隣りと同じように。

 ハツが無くなっちまったらどうすんだ。


 さすがに無視して席の前で立っていたが、おとがめなし。

 ならばさっきのは冗談だと思っておこう。


「色か~。俺~、自分的にはリーダーっぽい赤だと思うんだけど~」

「なに言ってんのよ。パラガスなんだから緑に決まってんでしょあんたは」

「癒し系~?」

「嫌系かしらね?」


 授業は再開しているが。

 当然緩んだ空気の中で。


 こいつらがまともに勉強するはずはなく。


「赤って言ったら舞浜ちゃんでしょ」

「そうか~? 舞浜ちゃん、青って感じだけど~?」


 秋乃も巻き込んで。

 おしゃべりを始める。


 まあ、テストも終わったばかりで。

 緩む気持ちも分からないではないが。


 どんなに色を語ろうとも。

 来週返って来る結果を見て。

 青くなるに決まってる。


「わ、私……、赤?」

「うん! 髪の色イメージ!」

「なるほど~。じゃあ俺、黒~?」

「あんたは緑って言ってるでしょうが。それに黒と茶じゃ普通過ぎる」

「そ、そう思う……」


 千紫万紅せんしばんこう

 クラスの連中、それぞれ違う色を持ってるが。


 意識の程度は。

 皆同じ。


 先生の高い意識とは違って。

 所詮俺たちにとって、パーソナルカラーって話はこの程度。


 先生のお子さんが見るようなアニメと一緒。

 キャラクターイメージは。

 どうやら髪の色で決まるらしい。


「立哉は、グレーだよな~」

「ん? 俺、染めてねえけど」


 パラガスが振り返りながら。

 妙なこと言い出した。


 灰色がかって見えるのか?

 俺は真っ黒って思ってたんだが……。


 前髪摘まんで見つめてみたが。

 意外とこうしても。

 色の具合は分からんもんだな。


「ああ、ほんとね。保坂ちゃんは灰色だわ」

「そ、そう思う……、ね?」


 きけ子と秋乃も言うんじゃ。

 そうなのか。


「……染めてもねえのにグレー髪なんて、得した気分だ」

「ううん? 髪の色じゃなくて……」

「え?」

「い、いつも立ってる廊下の色……」

「うはははははははは!!! じゃあ今は茶色じゃねえか!」


 板張り風の教室の床。

 指差しながら笑っていたら。


「……保坂」

「ああ、はいはい。グレーだな?」

「赤」

「どこだそりゃ!?」



 そして放課後。


 俺は、校長室の中で立っていることになった。



「…………何か用かね?」

「お構いなく」









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