人形の日
~ 十月十五日(木) 人形の日 ~
※
今日の所はマッチポンプって意味
「帰りてえ。今日は一日立ちっぱなしだったんだよ」
「さすが……。そんなに積極的に……」
「ちげえ。椅子がねえからだ」
どうしてだろう。
良識派の雛罌粟さんが。
こと、立たされる件に関しては非常識なことを言う。
……椅子が無くなった。
そう言い切るしか無かった俺。
でもあの石頭。
代わりが来るまで立って授業を受けろとか言いやがって。
他の教室に椅子なんかいくらでも余ってるだろうに。
いつか教育委員会に訴えてやる。
そんな一日を過ごしたせいで。
俺は、ちょっとイライラしているんだろう。
西日で赤く染まった校舎を歩きながら聞く。
先輩二人の会話が。
なんだか煩わしく感じる。
「丸一日立ってるなんてさすがね、保坂!」
「そのうち、椅子なんかいらない体になるわね……」
なるわけあるか。
ああ、ほんとイラっとする。
そんな俺の様子を。
お前は、よく見てるね。
肩に手を添えて。
柔らかい笑顔を左右に振るのは。
「……分かってるよ。先輩方に悪気はねえってことくらい」
「そ、そうじゃなくて……。明日は代わりのもの持ってきてあげる……、ね?」
いつもいつも。
自作自演。
マッチポンプでしかねえんだが。
それでも、最後には優しさを見せてくれるこいつに。
俺は、今日も教えてもらうことになった。
「大丈夫だよ、気にすんな」
「そ、そういうわけにいかない……」
秋乃が俺に教えてくれるもの。
それは。
人のやさしさと。
人のいたわりの心と。
「ほんとにいらねえから」
「だめ。持ってくるね」
そして。
「椅子を?」
「ううん?」
人が。
笑い無くして生きていけないという事を。
「バランスボール」
「うはははははははははははは!!! 立ってる方がましだ!」
足が楽になる代わりに。
体幹鍛えてどうする。
あれ、苦手なんだよ。
冗談じゃねえぞまったく。
「おっと」
「あ、危ない……」
まさに体幹。
階段から足を踏み外しそうになったが。
両手を宙に突き出して。
何とかもちこたえる俺を。
……支えようとしてくれたんだよな。
加減を失敗しただけなんだよな。
後ろからどんっと押して。
結局、俺の手を階段に突かせたこいつが。
当然のように口にするセリフは。
「だ、大丈夫?」
これもまた。
マッチポンプなのだろうか。
「…………心配してくれてありがとう」
俺は久しぶりに。
心にもねえ言葉を口にすることになった。
「ちょっと大丈夫? 保坂君」
「おお、平気平気」
「まさか、七不思議が発生した……?」
「いや、どうだろ。場所はここなのか?」
「西階段ってひとくくりで噂されてるからね。そうなのかも」
夜になると、足を引っ張るお化けが出る階段。
世間一般的にはプールで耳にする噂だけど。
「……でもさ。階段で引っ張られたって、下に着いたらそこで止まるだろ」
「でも危ないじゃん!」
「しかもその時、お化けは床に寝そべってる感じ……」
まあ、そう言われりゃ確かに怖いか。
でも秋乃はもちろん。
非科学的なことを否定するわけで。
「さっき、た、保坂君がつんのめったところに何か秘密が……」
数段バックして。
階段の縁をまじまじと観察し始めた。
「ねえ、なんでタホサカくんって呼ばれてんの?」
「俺に聞くな。根性無しのこいつに聞いてくれ」
「根性無し……? どういうこと?」
「だから俺に聞かねえでこいつに……」
「ひゃあっ!?」
ちょうど振り返ったタイミング。
そうじゃなきゃ、間に合わなかった。
まるで何かに引っ張られるかのように階段から落下しかけた秋乃の腕を掴んだ俺は。
そのまま耐えきれるものではないことを一瞬で悟ると。
「ふんがっ!」
腕を思いっきり引っ張って体を反転。
代わりに背中から階下へ落下……。
「とうっ!」
なんてドジ踏むわけはねえ。
必死に片手は手すりの縦棒を掴んで。
逆の手を階段に突いて。
頭が下に向いた仰向け姿勢、
ギリギリ一杯。
落下を免れた。
が。
「おおっ! 凄いよ保坂君!」
「いやここからどうしたもんか」
「今助けるから……。瑞希も手伝って!」
先輩二人に引っ張られて。
何とか起き上がると。
階段にしなだれながら。
心配顔した秋乃が。
「ご、こめんなさい……」
そんなこと言うもんだから。
「そうじゃねえだろ」
「え? ……あ、ありがと……、ね?」
「お安い御用だ」
勢いよく突いた右手をぐっぱさせて異常がねえことを確認しながら。
俺も先輩二人に。
頭を下げた。
「ごめんなさい」
「あはは! 自分もおんなじ! ありがとうじゃないの?」
「……いや、合ってるんだこれが」
「え?」
「姿勢の問題で、な」
「…………ああ! そりゃお見苦しいものを!」
六本木さんがスカートの裾を押さえながら苦笑いしてるが。
まあ、これ以上は何も言うまい。
見えたの。
お前じゃねえ。
「それより、なんでお前は落っこちかけたりしたんだ?」
「やっぱり幽霊なの!?」
「え、えっと……。ネ、ネズミが……」
「は?」
「ああ、なるほどね! 最近、良く出るって聞くし!」
そうか、ネズミか。
でも、そんなのどこから現れたんだ?
俺は秋乃が探ってたあたりの段を見つめて。
その視線を壁の方へ向けると……。
「…………穴開いとるぞ」
階段の、縦横の隅。
しかも壁際。
目立たない所が、丁度何かの影になっていて。
ネズミには余裕で通れるくらいの穴がポッコリ開いていた。
「え? どこどこ?」
「ほんと……。蓋でカモフラージュされてるわね……」
「さび付いて、中途半端なところで止まってなきゃ気づかねえところだ」
壁に蝶番で止めてある蓋。
これじゃ、中から外にしか開かねえけど。
よくできてやがる。
しかも。
「これ、うまい事、なんかの影になってるけど……」
周りは西日で照らされてるのに。
ここだけ影になっていて。
その犯人を、窓辺に探してみれば。
「あれか」
ぽつんと置かれた女神像。
人形が隠してたって訳だ。
……でも。
俺の推理と視線を追った先輩二人は。
同意するわけでもなく。
「あ……」
「やだ、そういうことなの?」
目を見開いて。
二人で見つめ合って。
そして、楽しそうにひとしきり笑ったあと。
「じゃあ、ここの犯人はネズミってことで」
「そうね。……今日は帰りましょうか」
いつものように、勝手に結論付けて。
俺と秋乃を放って。
三年生の階へ行こうとする。
「いやいや、待てって。あの人形に、何か意味あるのか?」
慌てて声をかけると。
先輩二人が、同時に首を振る。
「意味なんて無いわよ?」
「この間の、先輩二人。瑞希のお兄様と香澄さん、二人の卒業制作よ」
おいおい。
また卒業制作かよ。
でも、袖触れ合った二人の品。
無下にどかすのも忍びねえ。
「……穴、どうするんだ?」
「そうねえ……。見なかったことにしましょうか?」
「そうしよそうしよ!」
明らかに、何かを誤魔化す先輩二人。
でも、西日に照らされて。
赤く煌めく眩しい笑顔は。
俺に有無なんて。
言わせやしなかった。
「…………はいはい。忘れるからそんな顔すんな」
そしてこいつのふくれっ面も。
有無なんか言わせず。
俺の記憶から。
雛罌粟さんのパンツを綺麗さっぱり消してくれた。
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