わんにゃんの日
悪い事をするたびに。
誰だって思う。
早く謝らないとって。
でも叱られるのはいやだなって。
……でも。
どうしても言えない。
だってこれは。
大人だって悩む罪。
いつになったら告白できるのだろう。
あるいはずっとこのまま。
黙っていればいいのだろうか。
誰にも知られたくない。
……その罪が。
生き物にまつわる事だと。
どうしよう。
窓を開けてたら逃げちゃったなんて。
お兄ちゃんに言えないよ。
~ 十月十二日(月) わんにゃんの日 ~
※
動物の鳴き声すら聞こえないほど静か。
舞浜家は、古めかしい洋館で。
趣がある反面。
そこいらじゅうにがたが来ている。
だから、台風襲来との予報を受けて。
俺が家の補修に駆り出されるのは仕方のないことで。
そして、素人仕事で。
壁に補強材を打ち付けてみたら。
……壁ぶち抜いて。
大穴を開けちまったってのも。
仕方のないことだと思うんだ。
部屋の引っ越しと片付け。
週末をすっかり潰したせいで。
勉強が、まるでできなかったから。
「……わん」
めちゃくちゃなことを言い出して。
テストで不正を働く悪女。
しかし、俺のせいだからと言って。
こんな不正の片棒を担がされることになるとは。
「……にゃん」
バレたりしたらどうなるんだろう。
もう、さっきから生きた心地がしない。
「……にゃんにゃんわん」
五択問題の答え。
一問目の正解は、1。
二問目の正解は、2。
三問目の正解は、5。
今ので分かってくれただろうか。
さすがに書きの問題を教えることはできないから。
限界はあるが。
それでも、四問目なら。
「……わん」
西郷隆盛が飼っていた動物。
教えることができる。
あとは、二問飛ばして。
「……ぶー。……ぶー」
七問目の選択問題を……。
こつん。
……何の真似だ?
ぎっちぎちに折った手紙なんか投げて来て。
慎重に手紙を開いて。
中身を確認してみれば。
そこに書かれていた文字は。
「選択肢の番号教えてくれる約束は?」
…………鈍い子。
いや、悪事に向いていないってことは。
美徳に当たるとは思うけど。
でも、さすがに気付け。
俺は秋乃の方を見ずに。
指を一本立てながら。
「……わん」
そして、二本立てて。
「にゃん」
押し殺した声で呟くと。
飴色の髪がばっさばっさと縦方向に揺れるのを感じた。
よし、じゃあいくぞ?
悪だくみ、開始だ。
一問目の正解は、1。
「わん」
二問目の正解は、2。
「にゃん」
三問目の正解は、5。
「にゃんにゃんわん」
四問目の正解は、犬。
「わん……」
「ごほっ! ごっほごほ!」
うわ! パラガスてめえ!
今のじゃ、西郷隆盛のペット、ファン・ゴッホになっちまうだろうが!
風邪気味だけど追試はイヤだからって。
無理して来たんだよな。
その根性は賞賛すべきところだが。
でも、お前が苦しい思いしてテスト受けに来たせいで。
一からやり直しになったじゃねえか。
俺は恨みを込めてパラガスの背中をにらみながら。
ひとまず、こいつが奮闘むなしく追試になりますようにと祈りをささげて。
そして再び。
頭から答えを教えていく。
「わん……、にゃん……、にゃんにゃんわん……、わ……」
「にゃーん! 回答欄、ひとつズレてた!」
きけ子おおおおおお!
なんたる偶然!
なんたる邪魔!
さすがにちらっと秋乃の様子を横目で確認してみたら。
こいつは俺の方を見ずに。
アメリカン・アキレチッタースタイルで最初からやり直しを要求する。
そのポーズ、意味は伝わるけど。
なんか腹立つな。
ヘイ、ボブ? あなたはなんでノーベル化学賞の賞状抱えて喜び勇んで帰って来たのかしら?
まったくしょうがない人ね。
あなたがこの家を出た三十年前。
その時の約束を忘れたの?
ほんとにどうしようもない人。
チーズバーガーひとつまともに買って来れないなんて。
くだらんモノローグをつけてたら。
答案用紙に何やら書きなぐってやがる。
「教えてくれる約束忘れちゃった? 三歩、歩いちゃった?」
他人をニワトリ呼ばわりかよ。
ちゃんと覚えてるっての。
とは言えきけ子のせいで。
ちょっと注目浴びてるから。
慎重に……。
「わん……、にゃん……、にゃんにゃんわん……、わん……」
「にゃー」
「うわっ!? 今のなんだっ!!!」
誰だ邪魔したの!
いや、なんか床下から聞こえた気がするけど……。
「……やかましいぞ。何事だ、保坂」
「あ、えっと……。なんか変な声が聞こえて……」
「変な声上げてるのは夏木と貴様だろうが。またやったら、次のテストを左手で受けさせるからな」
「おお。テクニカル」
そんなことになったら大変だ。
絶対目立たねえようにしなくちゃ。
そう思っていたんだが……。
「じ、時間が……」
くそう、鬼か。
だが、断るわけにもいくまい。
部屋の壁を壊した時。
こいつが大事にしていた実験道具も巻き込んで破壊したってのに。
泣き言も言わずに。
笑顔の仮面被って。
俺の怪我の心配を。
先にしてくれたんだ。
よし、では。
頭っから行くぞ?
「わん……、にゃん……」
「ごほっ!」
くそう、パラガスめ!
でも、今のは平気か?
ちらっとお隣りに視線を送れば。
秋乃の左手。
親指が、ぐっと立ってる。
よし、このまま続けるぜ。
「ごほっ」
「にゃんにゃんわん……」
「ごほっ! ……ああ、イガイガする~」
ほんとに時間がねえからな。
咳の合間に差し込みながら。
続けるぜ!
「こほっ……」
「わん……」
「ごほっ! ごほっ!」
「にゃーにゃー……」
「ご……、ばうわうっ!」
「うはははははははははははは!!! なんでやねん!」
思わず突っ込んだ。
パラガスの変な咳。
どうして犬?
どうして英語!?
そして鳴り響くチャイムの音に合わせて。
秋乃が呆れ顔を向けながら。
文句を言って来た。
「……クックドゥードゥルドゥー」
「だから。ニワトリじゃねえっての」
約束は覚えてる。
でも、これだけ邪魔が入ったらしょうがねえだろ。
そして、ニワトリ並みの記憶力なのは俺じゃなく。
先生だ。
次のテスト。
俺は、左手ではなく。
左『足』で受けることになった。
「…………にゃあ」
「うるせえ! 答えは分かってるんだよ!」
くそう!
2の字って意外と難しい!
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