道具の日


 用務員室の奥のふすま。

 神様が、ガラッと開けると。


「え」

「うそ」

「なの」


 板の間に。

 ビクッとこっちを見つめる目が十個。


「良く見つからなかったわね、今まで!」

「裏口の駆け上がりに穴が開いててな? エサの時間以外は、床下からいろんなとこに遊びに出かけとるからの。一匹ぐらい増えても構いやせんじゃろ」


 やっぱり神様は凄いの。

 あたしが六本木君とはしゃぎだすと。

 香澄ちゃんは苦笑い。


「よし、藍川! こいつに名前付けてやろうぜ!」

「カンナさんなの」

「は?」

「え?」

「カンナさんなの」


 さっきまで笑ってたのに。

 二人ともどうしたの?


「なんでカンナさんなのよ」

「あたしがいないとなんにもできない人なの」


 …………ねえ、二人して。

 なんでモアイみたいな顔してるの?


「まあ、いいけど」

「たまにお前の事、ほんとに大物なんじゃねえかって思う時があるんだが……」

「あたしは大物なの。ねえ、カンナさん」


 カンナさんは、あたしが呼ぶと。

 いつもみたく、肩にじゃれついてきたの。




 ~ 十月九日(金) 道具の日 ~

 ※耽美主義たんびしゅぎ

  美しさこそこの世の全て




 テスト前の自習時間。

 誰もが真面目に勉強するかと思いきや。


「お前はどうしてそうなんだよ……」

「ちゃ、ちゃんと断りいれた……、よ?」


 昨日のおっさんのとこから。

 やたらでかいヤットコ持ってきちまったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 しかも、銅の小さなフライパンまで借りてきて。

 ヤットコでつまんで。

 ガスバーナーでカルメ焼き。


 珍しく、料理に目覚めたのか。

 そんなことを感じて。

 ちょっとこいつの株価を上げちまったさっきまでの俺を殴りたい。


「…………大暴落」

「じ、実験には失敗がつきもの……」


 料理じゃなくて。

 化学実験。


 調味料とか。

 薬品とか。


 余計なもん入れるもんだから。


「あっは! また真っ黒になったね!」

「失敗……」


 失敗を置くな。

 俺の机に。


 すでに二つ食べきったというのに。

 黒い塊は四つ転がってる。


 自分で処分しろっての。


「博士は、何色にしたいんだよ」

「青……、かな?」


 黒とどっこいどっこいの。

 食欲減退色。


「ギリ、味はいいんだけどな」

「も、文句言いながら食べちゃダメ……」

「あっは! そうだぞ保坂! 折角舞浜ちゃんが作ってくれたのに!」


 王子くんの言いたいことは分かる。

 でも、この色がな。


「じゃあ、王子君も食べなよ」

「残念! 僕は次の舞台の役作り中! 具体的には、あと二キロ痩せなきゃいけないんだ!」


 そう言いながら、背もたれ越しに見つめる後ろ。

 台本から目も上げずに姫くんがつぶやいた。


「……見た目のインパクトで、腹にどす黒いものを抱えてる印象を与えるためだ。あと五キロ落とせ」

「無理だって!」

「よし、台本直した。西野、読み合わせするぞ」

「ダメだよ姫きゅん、テスト勉強しなって。部活、出入り禁止になっちゃうよ?」

「中間なんてそんなに問題ないだろ」

「あるって! 秋乃ちゃん、先生に呼び出されたことあるんだから!」

「あ、あれは怖かった……」


 秋乃の表情を見た姫くんは。

 珍しく引き下がると。

 英語の教科書をめくり始める。


 部活禁止なんて。

 姫くんには考えられない世界なんだろう。


 一つのことに打ち込むこと。

 俺もいつか。

 そんなものと出会えるのだろうか。



 ……そんなことを考えていたら。



「てめえ! 拓海たくみ~! バスケをバカにすんな~!」

「はあ!? バスケなんて時間の無駄無駄!」

「うるせ~! 訂正しろ~!」


 にわかに上がる悲鳴にもまれて。

 パラガスと拓海くんが胸倉をつかみ合いながら立ち上がる。


「あっは! 熱いねえ!」

「いや、笑うなって王子くん」


 すぐに止めねえと。

 面倒ごとは回避が基本の俺だが。


 今、丁度部活にかける情熱みてえなこと考えてたせいで。


 パラガスの気持ちがよく分かる。


 あれだけ練習嫌いだったこいつが。

 最近じゃあ、昼休みも甲斐と戦って。


 きっとこいつの中で。

 バスケがかけがえのないものになったんだ。


 俺は慌てて立ち上がって。

 二人の間に割って入ろうとすると。


「女子がシュートする時の胸の動きこそ最高だ~!」

「バレーボールのヒップラインこそ神だろうが!」

「このやろう! 俺が恥ずかしいモノローグにかけた情熱と時間を返せ!!!」


 どうしようもねえなお前ら!


 さすがに止める気が失せたケンカは。

 呆れるみんなが見つめる先で。

 机を押しよけながら移動する。


 そのうち、パラガスが後退しながら足をつまづかせて。


「うわ~!?」

「おわっ!」


 二人でもつれ合うように床に倒れたんだが。



 ばきん!



 ……どっちが、とは言えねえが。

 机の横に下がってた。

 知念さんのカバンに手をかけたせいで。


 鞄の持ち手、ではなく。

 机のフックの方がもげちまった。


「いててて~」

「ご、ゴメンみいにゃん! まさかぶっ壊しちまうなんて……」

「ふえっ!? う、ううん? それより、怪我ありませんでしたか?」


 小動物的な。

 おどおどとしたところが可愛い知念さんらしい。


 自業自得な二人の方を。

 先に心配するなんて。


「俺は平気~」

「俺も平気だけど……、これ…………」

「で、べつに平気ですよ? 逆側にもついてるし。気にしてません……」


 そう言いながらも。

 壊れた取っ手を受け取りながら。


 寂しそうにしてるけど。


 物怖じする性格だろうし。

 壊れたから新品と交換しろなんて。

 言えないだろうな。


「……よし。それじゃ、交換してもらえるよう俺が言って来る」

「保坂君が!? あ、でも、その……」


 俺にしては珍しく。

 積極的に宣言したってのに。


 主に女子から。

 ブーイングの嵐。


 ……いや、愛着とか言われても。

 こんな備品になんの思い入れがある。


「てめえらのせいで、えらいとばっちりだ」

「悪いな、立哉」

「悪い~」


 でも、そんな騒ぎが一瞬で鳴りを潜めると。

 静寂をこっちに向かって割り進みながら近づくその威容。


「なんの真似だそのかっこ!?」

「しゅ、修復……、するね?」


 頭に鉄仮面。

 手にはスプレー的な道具。


 そんな道具の根元には。

 俺が持ち歩いてる屋外用のガスボンベ。


「大丈夫なのか!?」

「お、お任せ……。火花が散るから、離れてて……」


 誰もがおずおず離れながら見つめるその先で。

 秋乃は、ヤットコで取っ手を固定すると。


 スプレーガンから青い炎を吹き出して。

 宣言通り、火花をまき散らし。


「……よ、溶接完了」


 あっという間に。

 くっ付けちまった。



 さすがにこれには。

 歓声よりも、笑い声の方が多く上がる。



「わっはははは! なんだそりゃ!?」

「博士、何持ち歩いてんだよ!」

「び、びっくりした……」

「さっすが舞浜ちゃん博士!」

「うはははは! 博士、ほんとなんでもできるな!」


 そんな声にも飄々と。

 席に戻った秋乃だったが。


 俺にはどうしても。

 気になってることがある。



 ……溶接したとこ。

 黒くなっちまってる。



「知念さん。なんか、元通りって訳にゃいかなかったが……」

「ふえっ!? あ、ううん? 舞浜さん、ほんと凄いですね! 私、感動しちゃいました!」

「そうなの?」

「はい! ……保坂君も、ありがと」


 そう口にした知念さんは。

 本当に嬉しそうに。


 舞浜博士がくっ付けちまった取っ手を見つめてる。


 耽美主義たんびしゅぎと、逆を行く価値観なのか。

 あるいは、これこそ本当の意味での耽美主義たんびしゅぎなのか。


 彼女にとっては。

 以前より愛着の増した取っ手に。


 鞄がすとんとかけられた。




 ……やれやれ。

 今日の所は。

 お前が打ち込んでる変な技術が役に立ったな。


 俺は、秋乃の頭をくしゃっと撫でて。

 席に座ると。


 こいつは道具をしまって。

 再びカルメ焼きに取り掛かる。


「な、何の話……、してたの?」

「ああ。取っ手の周り、黒くなったなって」

「そ、そっか……。塗装しとかないと……、ね?」

「いや? あのままの方がかっこいい。知念さんもそう言ってる」

「…………ふーん」


 そして、嬉しそうにしながらザラメを溶かしていた秋乃が。

 得体のしれない液体を垂らす。


「じゃあ……、はい。かっこいいカルメ焼きをどうぞ」

「うはははははははははははは!!!」



 話の流れ上。

 断れなくなった、黒い物体を。


 俺は、苦笑いのまま。

 口に放り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る