足袋の日
「すげえな。すっかり元気になった」
「びっくりよね……」
「そんなの当たり前なの。だって、用務員さん、神様なの」
「元動物園の職員さんなだけでしょうに」
「いや、ほんと神様だよな!」
「隼人まで……」
すっかり元気になったネコちゃんは。
神様の膝の上で、みーみー元気に鳴いていて。
あたしも一緒に。
楽しくみーみー鳴いてみた。
「でも、びっくりなの。ねえ、神様。ミルクって駄目だったの?」
「そうじゃよ? 飲み慣れてる子は平気なんじゃけどな」
「そんなことも知らないで、あんたはまったく……」
「こら、いつまでも怒ってるんじゃねえ。それより香澄。どうだった?」
「やっぱり、パパが生き物はダメって……」
そうなんだ。
うちも、お花屋さんだから。
ママに叱られちゃう。
「困ったな、俺んちもダメなんだよ。俺が卒業するまでは集合住宅だから」
「早く卒業なさいよ」
「めちゃくちゃ言うな」
どうしよう。
また、困ったことになったの。
「……ねえ、神様。神様のお家じゃダメなの?」
「家じゃダメじゃが……、ここなら構わんかな?」
「ちょっと、なに言ってるんですか……」
「ははっ! さすがに無理じゃねえのか?」
「学校に見つかったら大事ですよ」
「そこまで迷惑かけられねえって」
六本木君と香澄ちゃんが。
神様に迷惑かけたくないって言ってる。
あたしもおんなじだけど。
でも、そしたらこの子はどうなるの?
「気にせんでよいよい。見つかりゃしねえから。……ほら」
用務員室の奥のふすま。
神様が、ガラッと開けると。
「え」
「うそ」
「なの」
~ 十月八日(木) 陶犬瓦鶏 ~
※
見た目立派だけど役に立たねえ
雨が降り始める直前の空気と雲の流れ。
そんな予報を口にする女。
湿り気を帯びた風が揺らす笹の葉がざわりと音を奏でる小路を歩く背に。
学校を出てから三度目となる言葉をかける。
「お前は勉強しろよ……」
「ご、ご褒美に、お皿焼いてみたい……」
「褒美ってのは先に貰うもんじゃねえだろうが」
「じゃあ、息抜き……、ね?」
「抜くほど勉強してねえだろうが」
ひとまず週末二日間。
頑張るって約束してるけど。
我が家のダイニングでやろうが。
先生が出張しようが。
どっちに転んでも凜々花がまとわりついて来て。
勉強にならねえってのが容易に想像つく。
しかも秋乃は。
そこまで見越して約束してきたフシもある。
こいつ。
俺よりも頭の回転速いからな。
「せめて春姫ちゃんが一緒だったなら……」
「週末は東京だから……、ね?」
東京暮らしの親父さん。
そこに遊びにでも行くのだろうか。
根掘り葉掘り聞くもんでもねえし。
理由は分からんままだけど。
「一人で行くんだろ? しっかりしてる子だとは思うけど、大丈夫か?」
「春姫は大丈夫。私が一人で行くよりも」
「そういや、お前もたまに一人で行くんだよな。どういうルートで帰ってるんだ?」
「帰巣本能……」
……突っ込みてえが。
こいつ、本気で言ってる可能性がある。
そんな話をしてる間に。
急に視界が開ける。
竹林を抜けると。
そこには。
……地面にあぐらをかいてるおっさんがいた。
「…………なにやってんだ?」
「ん? 客か? ちょっと足袋の金具直してるから待ってくれ」
「足袋?」
「地下足袋、知らないのか」
「いや、なんていうか。ここにあるもの、全部知らねえ」
竹林に囲まれた空間に。
掘っ立て小屋と窯と工房。
見たこともない道具がずらりと並んで。
秋乃の栗色が。
俄然、キラキラ輝きだす。
「なんだ、ここに並んでる道具が分からねえのか。世間知らずな坊やだな」
「大概の奴は知らねえと思うぜ?」
「わ、私が教える……」
「お? それはすげえな。じゃあ一番弟子、俺の代わりに、このもの知らずに教えてやれ」
「まじか、稀有な響きだ。じゃあご教授願おうか」
秋乃は、知識が偏ってるからな。
たまにこうやって。
俺の知らないことを教えてくれる。
「……あそこの、地面に転がってるのは、ミルク皿」
「うはははははははははははは!!! お前も知らねえじゃねえか!」
作務衣のおっさんも。
顎髭しょりしょり撫でながら。
わはわは笑ってる。
変なやつだな。
身なりと言い。
この置物と言い。
「入り口に犬と鶏の焼きものかよ。客のことバカにしてんのか?」
「ん? なんだ、これの意味が分かるのか」
「
「世間知らずとか言って悪かったな。大した小僧だ」
「あんたも、大した変人だな」
もちろん、こんな冗談を平気で置くやつだ。
変人って呼ばれて喜ばねえはずはねえし。
俺も。
褒め言葉で言ったわけだし。
急にご機嫌になった作務衣のおっさんは。
秋乃に大盤振る舞いしてくれた。
「お嬢ちゃん、仕事場見てえのか?」
「み、見たい……」
「触らなきゃいくら見ても構わんぞ?」
「で、できるだけ我慢します……」
「じゃあやめとけ。お前に我慢なんかできるわけねえ」
「わはははは! 構わねえよ、見て来い」
どうなっても知らねえぞ、おっさん。
とは言え、このシチュエーションは願ったりかなったり。
嬉々として駆け出した秋乃の耳に。
これだけの距離があれば聞こえねえだろ。
「あの、初めてお会いしたってのに、不躾を承知でお願いしたい事があるんだが……」
「なんだ? 面白そうな枕詞じゃねえか。内容も聞かずにOKしちまいそうだ」
やっぱ、変わり者だなあんた。
でも。
どうやらそれほど面倒な話にはならねえだろ。
俺は、年中使ってるように見える証拠品をもう一度確認した後。
秋乃には内緒と断りを入れてから。
先生に願いを伝えてみた。
「…………なんだ、つまんねえ願いだな。ここにある焼きもの、気持ちよく割ってみてえとか言われるかと思ったんだが」
「秋乃じゃあるまいし。そんなこと言うわけあるか」
「……え? あの子、そっち系?」
「見聞きしたこと、なんでもやりたがる奴だからな。今頃……」
「あはは……。少年、冗談は休み休み……」
がしゃん!!!!!
……そう。
あいつは『できるだけ我慢する』って言ってたじゃねえか。
我慢なんて。
秋乃にできるわけねえ。
俺は、ようやく仮面外して青ざめた顔した先生の後を追って。
苦笑いしながら工房の中に駆け込んだ。
するとそこには。
もともと割れた破片を捨ててあるゴミ溜めに。
我慢しきれず飛び込んだ秋乃と。
腹を抱えて笑う先生の姿があった。
「…………いたい」
「当たり前だばかやろう」
……もちろん。
俺も秋乃の隣に飛び込んだ。
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