ミステリー記念日
~ 十月七日(水) ミステリー記念日 ~
※
おじいさんの無敵拳法家が、決まって
若輩の主人公に教える気の持ちようのこと
昼休みの体育館に向かう女子三人組。
その後について歩く姿も板についてきた。
女子三人寄れば。
男は一人、黙るしかない。
でも、そんな俺だって。
突っ込みどころを見つければ。
ちゃんと突っ込む。
「用務員さん、おじいちゃんの代は出なかったネズミが武志さんになった途端やたら出るようになったんだって!」
「それ、聞いたことあるけど……。この間も、北階段で騒ぎになってたわよね」
「お、おじいさん、ネズミ退治の名手だったとか……」
「こら秋乃。その手の動き、達人すぎる」
すげえ速度で左手を胸の前で滑らせて。
驚くほどゆっくり下ろした右手で。
左手の甲の皮をぎゅむっとつまんで引き上げる女。
「掴まえられるかそんな速度で」
「た、達人は。速度ではなく、流れる水の心で逆らわず抗わず柔軟に敵の攻撃を受け流し……」
「やかましい」
やらせ映像の後で騙されるもんか。
そんな話をしている間に。
体育館に到着。
今日はここで。
勝手に跳ねるベートーベンの調査に来たわけなんだが……。
「これだけ、ちゃんとミステリーなんだよな」
「複数のベートーベンが跳ねているという噂なの……」
「なんだそりゃ」
「モーツァルトもバッハもいたって」
「意味分からん」
詳細を聞かされるなり。
途端に調査する気が失せた俺とは対照的に。
「す、推理する……」
無表情ながら。
楽しそうに辺りを見回す秋乃だった。
「推理って。どうする気だよ」
「結論から逆に辿って、証拠を見つけるのはそんなに難しくない……」
「ほう? で、その結論ってのは?」
「七不思議は……、ね? ひとつの事件の可能性があるの……」
おや、名探偵。
大胆な推理をしたもんだ。
でも。
先輩二人が。
柔らかく抗議する。
「一つ? 無い無い! だって今のとこ、接点ないじゃない?」
「そうね……。私も、すべて違う理由だと思うけど」
そんな二人の反論に。
秋乃は、コホンと咳払いして。
華麗な推理を披露しようとしたその瞬間……。
あっという間に撃沈した。
「さすがに中間テストが近いから。昼間の調査になってごめんなさい」
「でもさ。舞浜ちゃん、テスト前にわざわざ勉強なんてしないでしょ?」
「そうよね。落ち着いてるし」
「理数系の絶対女王とか呼ばれてるらしいわよ?」
「勉強嫌い、なんて言ってたくせに。陰でしっかりやるタイプなんて……」
なんたる波状攻撃。
あっという間に体育館の床が。
秋乃の足元だけ針のむしろと化した。
「おい、女王陛下。そっぽ向いて誤魔化してねえで。なんか言う事はねえのか」
「パ、パンケーキを食べればよいのじゃ……」
「くっ付いとるぞ、女王陛下」
あわれ、立つ瀬が一瞬にして海中深くに沈んじまったようだ。
推理のお披露目は、また後日だな。
「た、保坂君。わらわの代わりに、ここの調査をお願い……」
「しょうがねえヤツだな、女王陛下は」
「じ、時間かけずに……、ね? わらわ、帰ってテスト勉強しないと……」
やれやれ。
時間かけずに、か。
とは言ってもなあ。
推理しようにも、どこから手を付けたもんか皆目見当がつかねえ。
「音楽室ならともかく、ベートーベンなんか、体育館にいるわけねえし……」
ぽつりと愚痴をこぼしながら歩く俺に。
三人娘はついて来ようともせず。
呆然と、同じ方を見ながら。
口々に。
「いる」
「いるわね」
「……す、すいません。私のクラスの単子葉植物がすいません」
そんなことを言うもんだから。
俺も三人の視線を追うと。
「……すまん。俺のクラスの問題児が、ほんとにすまん」
グレーの、ちょっときつめの天然パーマ。
そんなかつらをかぶって。
甲斐とバスケの勝負をしてるのは……。
「こら、単子葉植物」
「それはアスパラガスってこと~?」
「どうしてそんなのかぶってる」
「ハンデだよ、ハンデ~」
「なにがハンデだ。お前の方が下手だろうに」
……あ、いや。
なるほど。
自己ハンディキャップってやつか。
どれだけやっても甲斐に勝てねえのを。
そのかつらのせいにしてるんだな?
「……って! なるほど、じゃねえよやっぱり! なんでそんなの被ってんだよ」
「ああ、じつはな~?」
「長野!」
甲斐がパラガスのうしろでわたわたしてるが。
そんなこと、こいつはお構いなし。
美徳なんだか悪徳なんだか。
素直に正直に話しだす。
「バスケットボール、鍵開けなきゃ出せないの面倒でさ~。キャットウォークんとこに、これ被せて隠してあるんだよ~」
「……いくつ」
「五個~? ベートーベンとモーツァルトとバッハとビバルディと紫式部」
「一人だけ歌の意味が違う」
「夜のうちに、たまに落っこちてることあるんだよね~。なあ、優太~。誰が落としてるんだろ~?」
「元副会長のいる前でバラしちまいやがって……」
天を仰いでた甲斐だったが。
さすがは融通利かない馬鹿正直。
雛罌粟さんに謝罪して。
ちゃんとしまっておくと約束してるんだが。
そんなことよりも、だ。
夜のうちに落ちたボールが、跳ねるベートーベンの正体。
異次元に繋がって消えるボールは、こいつらが犯人。
「一度に二つ。まとめて解決」
「ほんとだ。さすが保坂君」
「俺は何にもやってねえ」
また、秋乃が何か言いたそうな顔してるが。
とりあえず、今日の所は黙っとけ。
とばっちり食うことになるからな。
「さて、罪人コンビ」
「なんだと?」
「なんだと~?」
「今日はお前らが立たされろ。職員室に連行してや……、うはははははは!!!」
俺が二人の腕を引こうとすると。
こいつらは上着を頭からかぶって。
スポーツタオルで隠した手首を差し出して来た。
「殊勝! なんだか不憫にすら感じる」
思わず口をついた仏心。
だが、そんな心配するんじゃなかった。
「立たされるのは結構なんだが、作法が分からん。教えろ、先生」
「そうだ~。お手本見せてくれよ先生~」
「ふざけんな」
そして呆れ顔を先輩コンビに向けると。
「……そうね。保坂君、お手本見せてあげなよ」
「うん……。あのね? 申し訳ないんだけど、二代目としてはこうなるのが運命……」
「うそだろ?」
~´∀`~´∀`~´∀`~
「体育館を占有してるヤツがいるとクレームを聞いて来てみれば……」
「俺だって好きでこうしてるわけじゃねえ!」
意味が分からんまま。
先輩二人とクラスメイト三人の手によって。
体育館の真ん中に立たされたら。
みんなが寄ってたかって。
五個のバスケットボール投げて来るから。
こうなってるだけだ。
「…………貴様は、ポートボールの選手にでもなりたいのか?」
「ちきしょう! たったの三十分で後ろからのシュートも取れるようになった!」
東京五輪に。
今更競技が増えたら。
俺は間違いなく候補に挙げられることだろう。
「まあ、お前は立ってるの得意だからな」
くそう。
そう言われて、悪い気がしなくなってきた。
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