石油の日



 もう、どうしたらいいのか分からない……。


「みい」


「みい」


 何度呼び掛けてみても。

 お返事してくれない。


 ミルクも飲んでくれなくて。

 泣いて逃げ出したら。


 見つかりたくない人たちに見つかった。


 ……ううん。

 見つかるべくして見つかった。


 だってこれは神様がくれた罰。


 あたしは二人に。

 こっぴどく叱られながら。


 泣いてる事しかできなかった。


「なんか隠してると思ったら!」

「道久は知ってるのか!?」

「け、ケンカちゅう……」

「そんな事問いただしてる場合じゃないでしょ! 早くお医者さんに……!」

「お、おお! 連れてかねえと……」

「だめよ動かしたりしたら! ここに来てもらわなきゃ!」

「わ、分かった任せろ!」


 いつも颯爽と何でもこなす彼。

 でも、今日ばっかりは上手くいかなくて。


 時間ばかりが過ぎていく。



 やっぱりこれは。

 罰なんだ。



 ごめんなさい。


 ごめんなさい。



 あたしは泣いてる事しかできなくて。

 謝ることしかできなくて。


 きっと、意地悪したのがいけないんだ。

 みんなに話さなかったのがいけないんだ。


 悲しくて。

 辛くて。

 苦しくて。


 でもきっと。

 この子の方が。


 悲しくて。

 辛くて。

 苦しい。




 ごめんなさい。


 ごめんなさい。




「…………どうしたんじゃ、ぴーぴー泣いて」





 ~ 十月六日(火) 石油の日 ~

 ※香気芬芬こうきふんぷん

  あたり一面いい香り




 部活なんかに入るはずはない。

 でも、興味は湧く。


 だってさ、何なんだよこの学校。


「お? 陶芸もあるのか。……部室、竹林の中?」


 部活探検同好会の。

 秘蔵資料。


 詳細なレポートと合わせて。

 読めば読むほど面白い。


「陶芸部?」

「いや、同好会。しかもプロが教えてくれるらしいんだが……、休会中か」

「興味……、ある?」

「ああ、前々からやってみたかった」

「じゃあ、同好会入る?」

「入らねえ」


 なんでか部活に誘いたがるこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日もばっさり切り捨てると。

 ふくれっ面で、俺特製中間テスト対策ノートに目を落とす。


 そうだ、それでいい。

 てめえはとにかくテスト勉強してろ。


 ……そうは言ったものの。

 本物の陶芸家が教えてくれるのか。


 今度、どんな感じなのか見に行ってみよう。



 さて。



 いよいよテスト前。

 クラスの空気も、どこかピリピリ。

 そしてどんより。


 うちのクラスらしからぬ雰囲気に包まれてるが。

 お前だけは平常運転だな。


「み、みんなを気楽にさせてあげたい……、ね?」

「どうやって」

「た、保坂君が笑われるといい……、かも」

「ふざけんな。さっきから気が散ってばっかりだな、お前」

「あのね? テスト前の期間、凄い効果があるって気が付いた……」

「何の話だ」

「勉強以外のことが……、はかどる」


 そう言いながら、秋乃が机の中から引っ張り出したのは。


 丁度開いたノートにまとめてある。

 ナポレオンの拡大コピー。



 ……を、土台にした。


 福笑い。



「ぶふっ! ……こら。ナポレオンの頭には、ビコーンだろうが」

「帽子もそうだけど、パーツが何種類もあって難しい……」


 いや、それは帽子じゃねえ。

 なんでナポレオンがちょんまげして。

 バイクでウイリーしてるんだ。


「おもしれえけど、遊んでる場合じゃねえだろ」

「はい……」


 しょんぼりしてやがるが。

 そんな集中力を欠いたお前なら。


 簡単に笑わせることができるだろう。


 こいつ食らって。

 無様に笑って。


 望み通り、みんなを気楽にさせるがいい!



「お前、集中力ねえから。こんなの持って来てやった」


 そう言いながら机に出したものは。

 ディフューザー。


「ア、アロマ……!」


 そうだよな。

 興味あるよな。


 ちょろい奴。


「オ、オイルは……?」

「ほら」


 そして茶色い半透明の小瓶を渡すと。

 秋乃は嬉々として蓋を開けて。


 香りを嗅いで……。


「げふっ! …………けほっ」

「いや。だから笑えって」

「流石に無理……」


 ガソリンスタンドで分けてもらったオイル。

 火ぃ付けたら爆発するじゃねえかわははははって俺だったら笑うところだが。



 でも、こいつはムッとしながら瓶に栓をして。

 鞄を漁ると。


 用務員さんのおじいさんからいつものように貰った。

 レモンを机に置いて。

 カッターで半分に切り始めた。


「絞る気? 直で熱するのか?」


 レモンの香りがするアロマオイルは見かけるけど。

 レモン果汁そのものを熱するのは、どうなんだろう。


「まあ、それでもいい香りはするだろうけど」


 でも、ムッとしたままの秋乃の動きは予想から大きく外れて。


 プリントの裏面にレモンをぐりぐり押し付けると。


 その紙をディフューザーに乗っけて。

 ろうそくに火を点けた。


「おい、そんなことしたら紙が燃え……? うはははははははははははは!!!」



 まさかのあぶり出しから。

 浮かび上がったその文字は。



 あ



 ふ



 り



 か



 ん



「うはははははははははははは!!! なにそれ、どんなイメージ!?」

「紙が。暑いって」

「うはははははははははははは!!!」

「やかましいぞ保坂! その器は何だ!」


 今日は終始遊びっぱなしだったし。

 立たされるのも止むを得ん。


 でも、通る通らねえはさておき。

 言い訳フェイズだ、持ってるカードは全部切ろう。


「テスト前だし、集中できるアロマを持ってきた。香気芬芬こうきふんぷん、イライラしてるみんなの気分もすかっと爽快」

「俺のイライラは増したから却下だ」

「まあ待て。集中力を高める、このレモングラスのアロマを……、あれ?」


 そしてほんとに持って来たアロマオイルの。

 ラベルを見れば。


「うはははははははははははは!!!」

「……おい、早くしろ。俺のイライラが頂点に達する」

「だってこれ! イランイランだって! うはははははははははははは!!!」


 いつの間に入れ替えてたんだよお前!

 すました顔してとぼけるんじゃねえ!


「…………そいつには、どんな効果があるんだ? 俺のイライラを増幅させるのか?」

「いや、たしか女性ホルモンの分泌を高める効果があったはずだな」



 ……そう。

 これは完全に俺のミス。


 違う効能を言えばよかったんだ。



「に、似合う……」

「似あうわけあるか。写真撮るんじゃねえ」



 俺は放課後まで。

 婦警の制服で校門前に立たされた。




 …………本物の婦警さんに連行された。




 いてらー、じゃねえ。

 見てねえで助けろお前は。

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