グラノーラの日


 どうしよう

 病気なの?


 エサとミルク

 食べてくれるけど


 みいって鳴くだけで

 動いてくれない


 どうしよう



「あ、あしたも来るね?」



 カーディガンでくるんであげて

 何度も振り返って


 ほら穴から出たところで

 布袋様にお祈りした



 どうしよう


 どうしたらいいですか?





 ~ 十月二日(木) グラノーラの日 ~

 ※舟中敵国しゅうちゅうてきこく

  味方だって敵になる




「うわっはっはっはっは! 二代目って!」

「こら。笑ったら失礼でしょ」


 スポーティーな八人乗りのワゴン車。

 逃げ場のない空間で。

 訳の分からんことで笑われる不幸。


「でも、そう呼ばれる意味分かる……」

「たしかに! センパイそっくりだもんね!」


 いつもの甘味処で。

 六本木さんと雛罌粟さん。

 二人の先輩と、七不思議についての話をしていると。


 急に現れた美女とイケメンが。

 俺たちを送ってくれると。

 強引に車に乗せたんだが。


「……お兄さん?」

「お? とうとう俺をお兄さんって呼ぶ奴が現れたか! でかした瑞希!」

「なわけねーでしょ。ごめんね? こんなお兄ちゃんで」

「私からも謝るわ。こんな綺麗な彼女さんがいるのに」

「いや、こいつは彼女じゃない」

「あらら。それは重ね重ねごめんなさい」


 どうやらこのお二人。

 六本木さんのお兄さんと。

 その彼女。


 そして、やたら綺麗な彼女さんが。

 ごめんねと謝って来るのを。


 返事も出来ずにわたわたするばかりなのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 普通、知り合い同士で前列と中列に座りそうなもんだが。

 俺たちが真ん中に座らされてるせいで。


 やたらといじられる。


「……えっと、お二人とも、地元はこっちなんですか?」

「そうだぜ? 夏休み最後の里帰りだ!」

「夏休み?」


 どういうことだ?

 今、十月だけど。


「ええ、そうよ。大学って休みが多くて……」

「おお、大学生。俺も大学目指してて」


 知り合いに大学生がいないから。

 これはチャンスと話を振れば。


 聞きたい事をどんどん話してくれるなんて。

 すげえ親切な人たちだ。


「へえ……。カリキュラムには、そこまでの自由はないんだ」

「まだ一年だからな。高校とそれほど変わらん」

「じゃあ毎日学校なんだ」

「しかもバイトもみっちりだからな! いや、大変大変!」

「それじゃ朝ごはんとか、面倒になりませんか?」

「そうね。隼人なんて、グラノーラばっかり」

「美味いんだからいいんだよ」

「料理ぐらいできないと。あなたも、今から練習しておいた方がいいわよ?」

「ソウデスネ。アキノニバッカリヤラセナイヨウニシマス」


 急にメカになった俺に。

 四人揃ってきょとんとしてるが。


 貴重なご意見ありがとうございます。


 こいつも堪えているだろう。

 そう思って、ちらりとお隣りをみつめると。


「グラノーラ……」

「おいよだれ」


 とんだ食いしん坊さんでした。



 ……なんだよ。

 こっち見んなよ。



 ……わかったよ来週な?

 ドライフルーツ作るの手間だから。



「どのへんの大学目指してるんだ? 大阪?」

「いや、東京。例えば……」


 そして、志望校をいくつか挙げてたら。

 なんとこの二人。

 そのうち一つに通ってるとか。


「まじか! じゃあ、勉強時間! どれぐらい勉強してました?」

「そうだな。俺は三年になってから一日八時間は勉強してたけど……」

「あたしは三時間くらいよ?」


 え?

 少なくね?


「こいつ。俺が勉強してる横でずっと本読んでやがったんだ」

「知らないわよ。隼人が二年間、毎日サッカーばっかりしてる間だって勉強してたんだから差がついて当たり前でしょ?」

「ちょ、ちょっと待て。俺、平日五時間、休みの日は十時間勉強してんだけど」

「すげえな弟! でもやりすぎだよ!」

「そうなのか? あと、しれっと六本木先輩とくっ付けないでくれる?」

「それじゃあ、部活もできないでしょ?」

「ああ、やってねえけど」


 俺の返事に、盛大なため息四人分。


 なんだよ。

 なんか間違ってるのか?


「じゃあ、彼女さんの方は部活やって、毎日三時間」

「そうね」

「お兄さんの方は、三年から勉強始めたってのか?」

「サッカー部に入れお前! もてるぞ?」


 驚愕の事実。

 小さい頃から、周りの連中も同じぐらい勉強してたから。


 それが標準なんだと思ってた。


「部活……、楽しそう」


 俺が唖然としてる横で。

 先輩方の言葉に触発されて。

 秋乃がぽつりとつぶやくと。


「じゃあ、茶道部お勧めよ? 真面目でとっつきにくいかもしれないけど、優しい先輩がいるから!」

「え? さ、茶道部……?」

「真面目でとっつきにくい? こないだ行った時、畳に寝っ転がってポテチ食ってたけど……、って彼女さん!? シートベルト外してどうする気だ!」


 急におっかねえ顔して出て行こうとし始めたけど。

 意外と直情的なのな。


「こ、こわ……っ! 秋乃、よく押さえ付けた!」

「ひ、必死だった……」

「いつものことだ。ドアが風圧で開かなくて断念するんだ」

「いつもぉ!?」

「あ、あの子たち……っ! 隼人! 明日学校行くわよ!」

「落ち着け、土曜だ土曜。それに今はあいつらの場所。邪魔しちゃダメだ」


 おお、意外。

 彼氏さんの大人な意見に。

 彼女さんの方が、しゅんとしてる。


 決める時は決める系。

 かっこいい先輩だな。


「心を教えることが出来なかったお前の責任だろう」

「その通り。くそう、後悔って先に立たないわね……」


 なんだろう、この二人。

 すげえ大人ないい関係。


「…………心ってなんです?」

「うーん、あたしにとっては……。いろいろあるけど、かっこいいところかしら」


 ん?

 かっこよさ?


 秋乃と思わず目を合わせて。

 そしてひと笑い。


「なに笑ってるのよ」

「大丈夫。ちゃんと伝わってますよ」

「え?」

「お、お二人とも、かっこいい先輩になろうって言ってた……、よね?」

「ああ」



 俺たちの話を聞いて。

 嬉しそうに微笑んだ綺麗な先輩は。

 小声でお兄さんと話し出す。


 高校時代の思い出話でもしてるのかな。

 なんだか。

 すごく大人に見えちまう。


 でも、そんな会話の端っこに。

 意外な単語が飛び出した。


「……じゃあ、カンナに会ってくか?」

「どっちの?」

「俺んちにいる方だよ」


 なんだ?

 刃物女が六本木家にいる?

 どういうことだよ。


 問いただそうとしてみたものの。

 頭の上に、六本木先輩が乗っかってきて。

 危うく舌噛みそうになった。


「そ、そうだ! お兄ちゃん、センパイんとこ行かない? 連れてって!」

「あいつんとこ? だめだ、遅くなる」

「ちぇーっ! ケチー!」

「先に後輩君たちを降ろして……、って。どこに降ろせばいい?」

「そ、それが……。保坂君の家、ワンコ・バーガーの向かいです」

「まじか」


 おいおい。

 それで通じるんだ。


 でも、妹さんのバイト先だし。

 知ってるのも頷ける。


「それこそ、カンナさんに挨拶してくか?」

「そうしよっか?」

「ややこしい。もう一人いるの? カンナって名前の女」

「いや、オスだが」

「男ぉ!?」


 俺が驚いてると。

 前列二人が大笑いし始めたんだが。


 どういう訳か、後ろの二人が慌てて身を乗り出して。

 話を挿げ替える。


「そ、そう! そしてワンコ・バーガーの前で立たされる保坂君!」

「校庭の真ん中に立つ保坂君……」

「うわっはっはっはっは! ほんと二代目なんだな! よし、そこで立ってみろ!」

「立てるわけねえだろふざけんな!」


 なんで俺がいじられる流れになった?

 冗談じゃねえ!


「ほらお兄ちゃんご覧あれ! 見事に腹が立ってる!」

「おいこら」

「……目くじらも」

「雛罌粟さんまでかよ」


 こら、親友。

 お前、とばっちり避けて俯いてるんじゃねえ。


 助けろよちょっとはって思いを込めて。

 腕をぐいぐい引いてみると。


「あ……。きょ、今日は、立たされてません……、よ?」

「立たされたじゃねえか! お前が紙鉄砲授業中に鳴らしたせいで!」



「「「「わはははははははははははははは!!!!」」」」



 秋乃の言葉に。

 これでもかってほど笑い出した四人。


 なにがそこまでおかしい。

 舟中敵国しゅうちゅうてきこくだ。

 冗談じゃねえ。


 俺はシートベルトを外して。

 ドアを開けようとしたが開かないから。



 ……窓を全開にした。

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