衣替えの日


 ~ 十月一日(木) 衣替えの日 ~

 ※解衣推食かいいすいしょく

  自分の服を脱いで着せ、自分の食べ物を食べさせる。

  誰かを深く思いやること。




「あっは! 今日からだって忘れてたよ、衣替え!」

「え? そっかもう衣替えか。知らなかった……」


 いや、お前は先生の話を聞いてなかっただけだ。

 そう言いたい気持ちをぐっと飲み込む。


 俺も大人になったもんだ。


「で? 衣替え、明日っからだっけ?」

「聞けよ」


 やっぱ無理だよお前の異次元殺法。

 突っ込まずにはいられねえ。


 半袖ブラウスで首をひねるきけ子と。

 おなか抱えて笑いだす王子くん。


 そんな二人に机を寄せられて。

 にっこにこしながら弁当を取り出すのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「た、楽しい……、ね?」

「まあ、それは認めるが」


 急に女子っぽいこと言いだすやつだ。


「パラガス君がいないと」


 そして女子一同の気持ちを代弁か。

 これもまた女子っぽい。


「そういや、あいつどこ行った?」

「優太と、一瞬でご飯済ませて体育館。1on1で勝負だって」


 へえ。

 なんだか青春してるなあ。


「……優太が負けたら女バスの子と合コンセッティングしろって」


 うん。

 理由は相変わらず最低だが。


 青春って感想に間違いはねえ。


「それにしたって、パラガスが甲斐に勝てるわけねえだろ」

「それがね? あいつ最近上手くなってるのよ。ひょっとすると冬の大会、センタースタメンかも」

「まじで? だってあいつ、夏休みの練習もフルでサボったんだろ?」

「それが、真面目に部活やってスタメン入りすればモテるって言い出してさ……」


 ……うん。

 青春。



 男の原動力は。

 結局んとこ、全部女。


 そんなこと話して聞かせてくれたのは誰だったっけ。


 ……ああ。

 立花さんだ。


 これは参考にするまい。



「ボール借りれるのか? 昼休みに」

「あっは! 部の連中なら倉庫の鍵開けられるんじゃないかな?」


 お弁当の包みを開いて。

 サンドイッチ齧りながら王子くんが返事をしてくると。


「ぶ、部室にあるんじゃ……?」

「それがね、倉庫も部室も、鍵を借りに行くの面倒じゃない? だからバスケ部は、隠しボールキープしてるらしいのよん」

「どこに」

「さあ?」


 てかそれ。

 泥棒じゃん。


 意外な所から、七不思議のうち一つがほぼ解明。


 俺はため息つきながら、ネタを仕込んだ弁当を取り出すと。



 ……今日は。

 きけ子に負けた。



「うはははははははははははは!!! なんだそのでかい弁当!」

「いやあ、お恥ずかしいのよん……。最近、めっちゃお腹空くの……」


 男子もびっくり。

 巨大な弁当箱。


 二十センチ×三十センチはあろうか。

 でも、中身自体は至ってガーリー。


 サラダがメインではあるんだが。


「ちょっといつまで笑ってんのよ! 舞浜ちゃんの弁当箱だってでかいでしょうが!」

「え?」


 きけ子に言われて見てみれば。

 確かにいつもよりでかいタッパー目の前に置いてるが。


「あっは! それ、何が入ってるんだい?」


 王子くんに促されて。

 秋乃が蓋を取ると。



 中から顔を出す。

 食パン二枚。



 どうしていつもそうなのか。

 さすがに今度、意味を問いただそう。


「もう、あれだな。お前は主食しか持って来なくなったな」

「ご、ごめん……、ね?」


 なんで俺に解衣推食かいいすいしょくさせる。


 まあ、そのおかげで。

 なんにもネタが思いつかない時は。

 食い物で笑わせるって逃げを使えるわけなんだが。


 お望み通り、俺のおかずをくれてやろう。


 そしてこいつを食らって。

 無様に笑いやがれ!



「ほれ、おかず」

「あ、ありがとう……」

「いつも凄いね保坂。一口カツ?」

「うわ! 美味しそう!」


 そう、美味さは折り紙付き。

 さっくさくの衣にちょっといい肉。


 だが。手間暇は違うところにかけてある。


 尻尾を振ったカモが、嬉々としてかじりつくと。

 痩せて小さくなった肉からぶかぶかの衣がすぽんと食パンの上に落ちる。


 そして試行錯誤を繰り返して作り上げたこのネタの。

 本当の笑いどころは。


 お前が咥えてぶら下げてる肉にある!



「ぶはっ!? げほっげほ!」

「あっははははは!!! お肉に『はずれ』って! それ、どう書いたんだい?」

「企業秘密」


 フォーク熱して、衣をつける前の肉に焼き付けたんだ。


 そんな会心の品を食らっておきながら。


「お前はなぜ笑わん」


 文句をつけて見つめると。

 秋乃は、『はずれ』をもちょもちょ口の中に吸い込んで。


 よく噛んで。

 綺麗に飲み込んでから。



「…………自分じゃ読めない」

「あああああ! ほんとだっ!」

「きゃははははは! ほ、保坂、無駄骨!」

「僕たちしか笑えないよ!」


 意外な盲点に頭を抱えて悔しがる俺に。

 秋乃は、パンをちぎって。

 抜けた衣に押し込んで返してきた。


「いらんわ。なんだこれ」

「お返し……」


 まるで揚げパン。

 おやつにならなるか。


 そう思って。

 授業中まで放置して出しておいたら。



 ……パンの復元力が。

 衣の防御力をとうとう上回って。


 静かな教室内で。

 クロスをパージ。


 そしてもちょもちょ両手両足を伸ばした食パンの。

 真ん中に書かれていた文字は。




 サーロイン。




「うはははははははははははは!!!」

「…………おい」

「だってこれ! ぼろは着てても身分は高貴!」

「…………上着を脱いで立っとれ」


 そしていつものように廊下へ向かった俺を見て。

 クラスの連中が爆笑してたから。


 背中に張られた紙に気付いて。

 そいつを剥がしてみてみれば。


「うはははははははははははは!!!」

「……それを立ったままおでこに貼っておけ」


 くそう。

 いつの間にくっ付けたんだ?


 そんな、秋乃からの反撃のせいで。


 俺はしばらくの間。

 『シャトーブリアン君』と呼ばれることになった。


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