奥様の日
こまった……、困った……。
カーディガンで包んだこれ。
どうしたらいいか聞きたいけど。
唯一相談できそうな人は。
ケンカ中。
じゃあ、誰に相談しよう。
だって自分じゃ何もできないから。
……子供だから。
『君は、大人にならないとダメなのです』
ケンカの原因になった言葉が。
頭の中でリフレイン。
そんなこと分かってる。
大人じゃないから。
怒ってケンカしちゃったし。
大人じゃないから。
どうしたらいいか分からない。
「ひ、一人で、頑張ってみるの……」
前に彼に叱られた時。
隠れたとこ。
広めの岩のくりぬきに。
布袋様。
あそこの奥なら。
ちっとあったかかったから。
平気だよね……。
~ 九月三十日(水) 奥様の日 ~
※
一生に一回きりのチャンス。
「…………ぬるい」
「お姑さん……、ね?」
「お茶もろくに淹れられないなんて、良くできた奥様ですことおーっほっほっほ!」
「お姑さん?」
「なんか違うか?」
「ぶ、文化祭が終わったら、大根に戻った……」
「失礼だな!?」
放課後、水筒に残ったお茶を分けてもらいながら。
下らん話をしているお相手。
昨日の記憶はどうやらお賽銭が効いたようで。
すっかり消えてなくなったみたいだ。
「じゃあ、今日はお茶をご馳走してもらおう……、かな?」
……おや?
まだ記憶が残っていらっしゃる。
ここは誤魔化してしまえ。
「ああ、そうそう。気になってたんだけどさ、昨日……」
「ボタン?」
「……いえ、何のことかよく分かりません」
「おへそ?」
「…………記憶にございません」
後者はホントだ。
分かるわけあるかあんな状況で。
「じゃあ、昨日の事って?」
「用務員さん。なんで知り合いなんだよ」
「えっと……、あのね? 保健室って何のためにあると思う?」
「急だな。病気とか外傷を治すためだろ」
「心のケアもしてくれるの」
ああ、そんなこと聞いたことあるな。
ピンと来ねえけど。
こいつも。
相談に行ったりするのかな。
「でも、軽めの相談はね? 用務員室に行くの……、よ?」
「なんでさ」
「お茶が出るから」
「またお茶かよ」
「前のおじいちゃん、相談聞くの上手だったんだって。でも武志さんも聞き上手」
そう言えば、畑でやたらこいつに野菜押しつける爺さん。
確かに人が良さそうだ。
……あれ?
爺さんのお孫さん、転んで泣きべそかいてた子だよな?
ってことは。
あの子と武志さん、兄弟?
すげえ歳の差。
「じゃ、じゃあ、お茶行こう……?」
「おいこら。お茶もまともに淹れられない奥様にご馳走するお茶なんてありません」
「む……。お、お茶、得意よ?」
「うそつけ」
「点てるの」
「そっちの茶かよ」
なにやらむきになって鞄を掴んだ秋乃につれられて。
俺たちは、茶道部の部室へやって来たんだが……。
「おお。いい茶室」
「お、お邪魔します……」
「って言いながら俺を押すな。自慢じゃねえが、俺だって人見知り」
「ブ、ブラウス……」
「ちきしょう、便利な呪文だな。失礼しま……、す?」
おいおい。
茶室の入り口くぐってみれば。
畳に寝そべった女の子が二人。
ポテチ咥えた顔、俺に向けてんだが。
「……お? 月に行った王子だ」
「ああ、文化祭の?」
「はあ。その王子、地球の茶の湯道具を借りたくなりまして」
俺の説明に眉根寄せてたお二人さん。
あとから入って来た秋乃見て。
途端に姿勢を正しだす。
「カグヤ姫だ!」
「月の姫さんだ!」
「あ、あの……。お、お茶を一服、点てさせては貰えないでしょうか……」
「どうぞどうぞ!」
「え? 入部希望?」
違いますとお返事して。
なんとなくの経緯をお話してる間に。
秋乃は、流麗な所作で。
道具を準備し始める。
無駄な音は立てず。
テレビなんかで見たことある動き通り。
気付けば部員のお二人と一緒に。
その美しい動きを。
ぼーっと見つめていたんだが。
「か、かっこいい……!」
「え、えっと……。経験者?」
「知らねえけど、そうじゃなきゃここまでできんでしょ」
「そりゃそうだよね! ねえ、ほんとに入部してくれない?」
「いや、それはねえ。……先輩たちも、こんな感じにできるの?」
「できるって言えばできるけど……」
「できねえって言えばできねえわね」
なんのこっちゃ。
禅問答?
「どういう意味だよ」
「あのね? 去年まで、すげえかっこいい先輩がいてさ!」
「その人の姿に憧れて、あたしら入部したのよ」
不純。
……いや。
きっかけなんてそんなもんか。
「だから、あたしら一通りできるこたできんだけど……」
「カグヤ姫ちゃんとか先輩みたくかっこよくできねえってわけよ」
なるほど。
言いてえことは分かるが。
「……見た目なんて、そんなに大事か?」
俺が核心みてえなこと口にした瞬間。
渋い顔して天を仰いだ先輩方。
でも、そんな二人へ。
秋乃が、普段より涼しい声音で話しかける。
「見た目、大事ですよ? 美しさは内面からにじみ出る、などと申しますが。外を飾れば心の背筋が伸びて美しく過ごせるもの。……それでいいのです」
おいおい。
変なこと言うなよ。
先輩たち、なんだか鼻息荒げて立ち上がっちまったじゃねえか。
「そ、そうよね! よし、先輩が置いてった着物出そう!」
「まずは見た目ね!」
「着付け手伝って!」
「あと、メイクも!」
「そんなスタート地点でいいのか!?」
部の方針を。
まるで変えちまった秋乃をにらんでみたものの。
こいつは手元を涼しく見つめて。
お茶をシャカシャカ混ぜるばかり。
「やれやれ。ねえ先輩、こんな話に踊らされないでいいですから。寝転がっててくださいよ」
「ううん? それじゃダメなの!」
「そう! あたしたちは、先輩たちみたいなかっこいい先輩になろうって誓いを思い出したの!」
「あの……。それがまず着物ってどうなのよ」
「意味あるのよ!」
「そうよ! 一期一会!」
一生に一度の機会と着物が。
何の繋がりあるんだよ。
そう思ってたら。
秋乃が、俺に茶器を差し出しながら。
さっきから鼻につく口調で説明し始めた。
「……茶の席は。都度、たった一度の機会と胸に置き、誠心誠意おもてなしするもの。立ち居振る舞い、指先までの全神経。すべて美しくあるべきと、私は思います」
はあ。
さようで。
「粗茶にございます」
「いただきます」
勝手に部の抹茶使っといて。
粗茶ってなんだよ。
それより作法なんて。
ちゃんとは知らんぞ?
ネットで読んだ知識がどの程度正しいのか知らんが。
ひとまず正座でお辞儀して。
茶碗を手にして半回転。
ごくりと飲んで感想を述べる。
「おいしゅうございました」
「おそまつさまでした」
いや、お粗末なもんか。
すげえ美味いよ、カップスープ。
「で? 何点?」
「お姑さんとしては零点って言いてえけど。俺としては五十点」
「なにが足りない?」
百点って言ったら。
伸びしろねえって事じゃねえか。
俺はそんなつめてえこと言わねえよ。
茶器を片付けて。
先輩たちにお礼を言って。
「部活探検同好会、活動終了……、ね?」
「だからやらねえっての」
茶室をあとにした帰り道。
思い出したように、秋乃が手を打つ。
「あ。お茶、御馳走になってない……」
「昨日の記憶はハンバーガーで消えるって言ってなかった?」
「うん。消えてる……」
「よし」
「じゃあ、お手洗い行って来る」
ん?
そんなこと言い出した秋乃が。
ニヤリと嫌味な顔をすると。
「……ブラウスの裾、整えないと」
「うはははははははははははは!!! もう許してください!」
ぺろっと舌を出すこいつに。
俺は、お茶を一杯ご馳走してやった。
自宅で。
緑茶を。
「…………これじゃない」
だから。
笑えっての。
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