招き猫の日


 ~ 九月二十九日(火) 招き猫の日 ~

 ※目挑心招もくちょうしんしょう

  遊女が目で誘惑すること




 誰もが忌避する夜の闇。

 それだけでも十分怖いってのに。


 俺、暗い部屋に入る時は目ぇつぶって。

 明かりつけてから瞼を開くほどのヘタレだぞ?


 そんな俺を連れてくるんじゃねえよ。



 ……夜の学校になんて。



 でも、びくびくなんかしてらんねえ。

 だってこいつら女子三人を。

 引っ張って歩かなきゃならねえからな。


 だからお前ら。

 ちゃんと俺の言うこと聞いて。


 俺が歩くペースでしっかり歩けよさっきから。


 これしきのことできねえで。

 調査しようとか片腹いてえっての。


 ほら、ちゃんと言うこと聞けって。




 どんどん先に行くな。




「昨日のテレビでやってたネイルの手入れ方法ってほんとかな?」

「お姉ちゃんが同じ方法で手入れしてる……」

「ほんと!? じゃあ、試してみっかな?」

「ど、どんな方法なんです……?」

「あのね? まずヤマトイモを……」


 呑気な会話で盛り上がる女子三人。

 懐中電灯揺らしながら。

 向かう先は、二階廊下の突き当り。


 新クラブ棟と面しているせいで。

 ぶち抜いてほしいという嘆願の絶えない行き止まりには。


 第何期卒業生よりとか赤文字で書いてある。

 大きな鏡がはめ込まれている。


 壊さない壁。

 巨大な鏡。


 当然ホラーなうわさがつきまとう。


 そんななか。

 一番メジャーなうわさが。


 夜になると。

 鏡に、光る目が映るって話なんだが。


 ばかばかしい七不思議の中で。

 これだけ、ちゃんと怖えじゃねえか。


「光る目ねえ……。誰かが夜光塗料でイタズラしたとか。そんなんじゃない?」


 六本木さんのつぶやきに。

 何度首を縦に振っても。


 さっきから歯の根が合わなくてガチガチって単語しか話せない口からは。


 同意の言葉が出てこない。


「鏡の世界の招き猫、なんてどうかしら」

「か、可愛い……! それ、素敵です……、ね?」


 かわいかねえよめっちゃこええよ。

 目挑心招もくちょうしんしょうだ。

 鏡の中に引きずり込まれるっての。


 俺はスカートから引き抜いちまったブラウスの裾をくいくい引いて。


 思いっきり首を左右に振ってみた。


「…………そんなに怖い?」

「ぜんぜん?」

「うん。……そうだよ、ね?」


 あたりめえだ。

 俺が三人を守らねえでどうする。


 いざって時は俺が盾になってやるから。

 安心してブラウスの裾、掴ませてればいい。


 そんな時。

 背後の階段の方で、がたっと音がしたから。


 俺は心の中で約束してた通り。

 秋乃の盾になってやった。


「か、鏡の側は俺に任せろ! だからお前は音のした方を……!」

「あ。……窓、あけっぱ」


 そして秋乃がとことこ廊下を進んで窓を閉めに行くもんだから。


 臆病なこいつを守ってやらなきゃなんねえ俺としては。


 ブラウスから手を離さないでついてってやった。


 そして平然と鏡を前にする。

 二人の元へとんぼ返り。


 こら、怖いからって走るな。

 ついて歩く俺の身にもなれ。


 見えねえのかお前には。

 俺の内股へっぴり腰が。



「なんにもないねえ」

「うん……。一旦、あかりを消してみましょう」

「はい。……た、保坂君。平気?」

「おお。みんな怖いだろうけど、そうしないと調査できねえからな」


 そして真っ暗闇の中で。

 鏡をじっと見つめる三人を守るために。


 俺は、床に向けて瞑っていた目を開いて。

 視線をそろそろと上げてみると……。


「ふんぎゃあああああ!!! 鏡からなにかが出て来た!!!」


 俺の叫び声に慌てた三人が。

 再び懐中電灯をつけて確認したんだろうな。


 なにやら話してるようだが。


「ん? 小さな葉っぱ?」

「こっちは……、海藻?」


 俺には、自分の叫び声のせいでまるで聞こえねえっての。


「ご、ごめんなさい……。た、保坂君を笑わせようと思って、放課後のうちにくっつけた……」

「え? どういうことなの?」

「あ、なるほどね。と、海藻?」

「正解……」

「なんだそりゃ! あはははは!」

「くすっ……。いつも、こんなことを?」

「……でも、この反応は想定外……、です」


 俺は、みんなが落ち着いて話す様子に今更気付いて。

 秋乃のブラウスに突っ込んでた顔を出すと。


 待っていたのは冷たい視線が六個。


 ……こほん。


 そして明かりが向けられた先には。

 何かの新芽とワカメ。


「うははは……。と、海藻じゃねえかー」

「い、いつも通り、笑ってくれてよかった……」

「そうだなー。いつもお前はおもしれえなー」


 棒読み棒立ちになった俺を放っておいて。

 三人は再び明かりを消して。

 鏡を調査する。


 もう誤魔化す必要なんかねえよな。

 俺は怖くて、そんな様子見てらんねえから。


 廊下の側に目を向けたんだが……。


「こっちもこっちで怖いっての」


 どこまでも続く暗闇が。

 こっちにおいでと招き寄せているよう。


 でも。


 その忠告も。



 間に合わなかったようだ。



「ちょっ……。う、後ろ…………」



 秋乃のブラウスを引っ張っても

 なにも反応してくれない。


 お前らの見てる方じゃなくて。


「うしろにでてりゅううううう!」


 もう、立っていられなくなって尻もちをついた俺には見える。


 暗闇の中に。

 二つの光る目。


 そして、その目が消えるとともに。

 まばゆい光が俺の目を貫いた。


「きゃああああああ!!!」

「おお、悪い。驚かせたか?」

「ああああぁぁぁぁ……、あ?」

「用務員の梶原だ。お前ら、探検部だろ?」


 近付くカーキ色の上下。

 この人が。


 用務員さん?


「ちげえわよ武志たけしさん! 部活探検同好会だって言ってるじゃない!」

「おお、悪い。違ったか? じゃあ、夜間使用許可取ってねえじゃねえかお前ら」

「そうじゃなくて……!」


 合ってるけど違う。

 そんな面倒な説明を延々と続けた後。


 俺たちが、夜間使用許可を取った部活探検同好会のメンバーだということを。


 ようやく用務員さんに納得してもらうと。


「お? 舞浜ちゃんも探検部か!」


 秋乃は、急に声をかけられて。

 わたわたし始めた。


「お前、意外な人と知り合いなのな」

「お、お爺ちゃんの、お孫さん……」

「は?」

「野菜くれるおじいちゃんのお孫さん。武志さん」

「ああ、そうなんだ」

「今年からこの学校の用務員さん」

「ああ、そうなんだ」


 そしてこいつが説明するには。

 なんでも、先代のおじいちゃん用務員さんが去年で隠居して。


 孫の武志さんが脱サラして後を継いだらしいんだが。


 用務員の家督相続なんて。

 聞いたことねえし。

 興味も無い。


「ああ、そうなんだ」


 でも、話の最後を。

 そんな言葉で締めくくられたら。


 意味分からねえっての。


「じゃあ……、解明、ね?」

「なにが」

「七不思議。……武志さんなら、納得かも」

「なんで?」


 ヒトの目は、光らない。

 これは科学の領分だ。

 こいつなら知っていてもおかしく無い気はするけど。


「そ……、そうね! 鏡に映った用務員さんが正体!」

「なるほどそれだ! さすが舞浜ちゃん!」


 あれ?

 先輩方も分かってねえ?


「おいおい、なんでそうなる」

「え? そうじゃなくて……」

「じゃあ解決したことだし、帰りましょう。もうすぐ電車無くなるわよ?」

「そうね! レッツゴー!」


 なにやら納得いかねえ形で結論付けた先輩二人が帰り始めたから。


 俺は秋乃と肩をすくめた。


 どうしたんだろう、二人して。

 でも、確かにそろそろ調査終了予定時刻。


 何かを探してる武志さんとやらにお辞儀をして。

 秋乃の手を引いて二人の後を追おうとしたんだが。


「……お手洗い、寄ってもいい……?」

「なんだ。怖くて行けなかったのかよ」


 そして、行って来いよと手で払う俺に。

 ムッとしながら見せるのは。



 剥き出しになって。

 ぐしゃぐしゃなブラウス。



「…………鏡のお化けにやられたのか」

「お化け、ボタン一つ飛ばしちゃった……、ね?」

「そうか。でもお化けには悪気が無かったハズだ。許してやれ」

「……クラスの皆に、話さないと……、ね?」



 ふむ。



 そんな怖い体験。

 すぐ忘れた方がよかろう。


 一晩眠って。

 すっかり忘れるように。


 俺は神社に。

 お賽銭することにした。



 その金額が。

 デラックスワンコワンコバーガーセットと同じ金額なのは。



 ただの偶然だ。

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