プライバシーデー


 ごめんなさいなの

 でも


 悪いのは彼のせい


 ぜんぶぜーんぶ

 彼のせい


 そう思わずにはいられない程

 自分が犯した罪の意識にさいなまれる


 お互いに、もたれかかる関係って

 こういう時は便利


 ちょっと


 ううん?

 ずっしり寄り掛かって


 心のバランスをとることができる


 心は寄り添って

 身体は離して


 だから、しばらく口をきいてあげない

 もうちっとらくちんになるまで


 もうちっとのあいだだけ


 ごめんなさいなの



 ――秋風が急に冷たくなって

 カーディガン一枚だとぷるぷるってする


 橋の上は

 水の妖精たちの休憩所だから


 さみいのは当然かな



「さみい」

「みい」



 ん?



「さみい」

「みい」



 小さなやまびこは

 弱々しくて


 足の下から聞こえてくる


 欄干から覗くと

 橋げたんとこに

 しろいのが歩いてた



「こないだの子なの?」



 しろいのが



 ……足を引きずって歩いてた





 ~ 九月二十八日(月) プライバシーデー ~

 ※婉娩聴従えんべんちょうじゅう

 素直に、他人の命令に従う。




 ――秋風が急に冷たくなって

 夏服一枚だと寒気がする


 適温ってもんはねえのかよ。

 このかっこじゃさみいっての。


 急に寒くなったのは。

 太平洋沿岸で勢力を急激に落とした熱帯性低気圧の影響で。


 日本人にはなじみ深い。

 西高東低の気圧配置になったせい。


 大陸からの寒波が暖気を空高く押し上げて。

 その狭間には分厚い雲を

 俺たちには冬着を羽織らせる


「…………寒い……、ね?」


 季節外れとは言っても。

 今日ばかりはその格好も頷ける。


 夏服の上にセーター。

 妙な格好を強要されたこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「返そうか?」

「ううん? た、保坂君、窓際だから。使ってて?」


 まあ、確かに。

 お前からひざ掛け借りて助かってるけどさ。


 御礼はしなきゃなるまい。


 ……そうだな。

 昼休みはあったかいもんでも食わせてやろう。



 十分休みの教室が。

 いつもより静かなのは。

 この寒さのせいだろう。


 俺は半そでの下に浮いた鳥肌をさすりながら。


 机の上に広げた紙に。

 再び目を落とした。


「しかしおもしれえな。変な部活、いっぱいある」

「部活探検同好会……、やる?」

「いや、やらねえけど」


 六本木さんが、朝から押し付けてきた資料は。

 この学校に存在する部活、準部活の一覧表。


 眺めてる分には楽しいが。

 そこに出向くとかできるわけあるか。


 人付き合い拒否男を舐めんな。


「マニアックながら固有名詞を冠した部は分かるんだが、そうじゃない組織の、まあ多い事」

「固有名詞?」

「カタン研究会とか、トレイル愛好会とか」

「かた……?」

「それに反して、役に立つ同好会だの、やわらぎ愛好会だの。意味分からん」

「そ、そっちの方が分かる……、かも」


 ……ああ、なるほど。

 カタンもトレイルも知らんのね。


 とは言えこれを。

 常識知らずと呼ぶのも酷か。


 今度、どっちも教えてやろう。

 そう思いながら、また資料に目を落としてたら。


 秋乃が。

 ぽんと手と手を重ねると。


「た、保坂君の部屋に、カタンって書いてある箱、あった……。あれ?」

「物色したのか!?」

「だ、出しっぱなしになってた……、よ?」


 まあ、確かに。

 お袋が家に戻って来てた間。

 凜々花と三人で遊んだような気はするが。


 出しっぱなしになんかしてたかな?


 いや、俺はこれでも几帳面。

 こいつが、俺の部屋に閉じこもったあの日。

 部屋を物色してたに違いねえ。


「プライバシーの侵害だ!」

「み、見てないよ? なにも……」

「ほんとか?」

「ほんと」


 表情を見れば、ウソかほんとかなんて分かりそうなもんだが。


 こいつ。

 仮面の微笑浮かべてやがる。


「……それ、便利だな」

「なにが?」

「ほんとは見たんだろ」

「何にも見てないよ?」


 くそう。

 このままじゃ埒が明かん。


「……そうかー。残念だなー」

「え? ……な、なにが?」

「お前が、俺の部屋にあった物を正しく当てたら、前から行きたがってた遊園地に連れて行ってやろうと思ってたのに……」

「ほんと!?」


 うん。

 ルアーはばっちり。


 魚が一気に食いついた。


 あとは針が外れないように。

 ゆっくり引き上げるだけ。


「ハンガーにかかってたものとか」

「せ、制服!」

「お? 正解」

「じゃ、じゃあ、遊園地……」

「枕の色とか」

「青!」

「カーテンは閉まってたか、とか」

「開いてた!」

「机にあった本は何の本か、とか」

「あ……」


 ん?


「わ、分かりません……」


 ああ、そうか。


 机の上に置いてある教科書とか辞書とか。

 埃避けかぶせてあるからな。




 ……ってことは。


 こいつは、部屋にあるもの。

 きょろきょろ見てやたら覚えてたけど。


 ほんとに物色したわけじゃねえのか。

 


 疑ったりして悪かったな。

 謝らなきゃ。


 そう思った所で。



 こいつは。



 何の本か分からなかった理由を語りだす。


「だって、本のカバーがひっくり返しに被ってたから……」

「うはははははははははははは!!!」


 それは机の引き出しん中の本!


「ってか、やっぱ物色してんじゃねえか!」

「…………と、透視」

「だったら本の中も分かるだろ」

「そ、それはプライバシーの侵害になると思って……、ね?」

「じゃあ、俺のパンツの色当ててみろ」

「透視、その、調節が難しいから……」

「難しいから?

「ズボンもパンツも透けて見えちゃって何色か分からない」

「うはははははははははははは!!! それこそプライバシーの侵害だ!」



 ……まあ、そんなはずはねえが。

 とりあえず手で隠してみた。




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「……おい、保坂」

「なんです?」

「舞浜はどこに行った」

「あのやろうは、俺のプライバシーを侵害した罪で屋上に立ってます」


 当然の罰。


 まあ、武士の情けで。

 ひざ掛けは返してやったが。


「……ならば、お前も立たねばならんだろう」

「は? なんでだよ」


 おいおいまたかよ。

 いつも理由もなく他の奴の罪をかぶって立たせるけど。


 洗脳して、それを当たり前にしようとしてやがるな?

 今日はそうはいかねえぞ。


「舞浜が立っていることをお前は知っているのだろう」

「そう言ってるじゃねえか」

「それはプライバシーの侵害だ」

「……ん?」

「しかもその情報を他人に伝えるなど。まずいのではないか?」

「そう……、か?」


 あれ?

 まあ、言われてみりゃもっともだが。


「では、どうすればいいかわかるだろう」

「…………はあ」

「屋上に立っとれ」



 ん?



 …………ん?



 うん。



 ……婉娩聴従えんべんちょうじゅう

 大人しく廊下に出た俺は。

 既に洗脳され始めているのだろうか。


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