骨董の日


 ~ 九月二十五日(金) 骨董の日 ~

 ※告朔餼羊こくさくのきよう

  古くから続いている習慣は、

  決して絶やしてはならん。



 高いもの。

 高級な物。


 未だ、俺には。

 よく分からんものが多い。


 その中でも特に分からんのは。

 骨董品と楽器。


 なんだってあんな金額するの?


 ……まあ、文句を言ったところで。

 安くなるわけじゃねえ。


 慎重に。


 慎重に、だ。



「…………なんでお前はほいほいいじれるんだよっ!」

「え? 触らないと、調査できない……、よ?」


 まあな。

 合ってるんだけど、お前の言ってる事。


 でも、そんなぐいぐい引っ張ったりすんな。


 意外なところで肝が据わっているというか。

 じつはほんとにお嬢様なのか。


 どちらにしても俺の肝を冷やすこいつは。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 音楽室に置かれた。

 七不思議のうちの一つ。


 夜中になると歩き出す。

 メルヘンなピアノを調査中。



「……どうだよ博士」

「インシュレーターの跡が、確かに十センチくらい移動してる……」

「インシュレーターって、そのストッパー?」

「耐震、防音の役目……、ね」


 ピアノの足って。

 タイヤになってるわけで。


 それが動かないように。

 固定できる台があるんだな。


 気にもしたこと無かったその丸い足。

 どうやら、舞浜博士の虫眼鏡越しには。

 移動した形跡があるらしい。


「博士?」

「え? ……ああ、はい。こいつはたまに変身するんです。博士に」

「まるで教授みたいね!」

「ほんと……」


 そして昔話で盛り上がり始めた先輩二人。

 ホウキギって、とんぶりの木だろ?

 そんなの持って学校来た奴いたの?

 ウソつくな。


「まあ、二人は放っておくか」

「うん……。裏側も見てみたい……」

「ピアノの下にもぐりてえのか。ちょっと待ってろ」


 今日のはインパクトが薄い。

 でも、ひょっとしたら笑うかも。


 俺は、引っ越し用の保護テープ。

 養生テープってやつを。

 ピアノの足に張り付けると。


「あははっ! なにそれ保坂君!」

「そ、それじゃ意味無い……」


 テープに等間隔に書かれた。


 自爆ボタン。


 硬いもので突き破りたくなるだろ?



 そんなネタで。

 六本木さんは笑ってくれたんだが。

 雛罌粟さんは困り顔。


 そしてこいつに至っては。

 ピクリとも動じねえ。


「笑……、いや。今日のはいいか。我ながらレベル低い」

「家具を傷つけないやつ……、ね?」

「自然に受け止めるお前はちょっぴり変だってことに気付け」


 きょとんとしてやがるが。

 意味分からなかったんかい。


 ボケ損だっての。


「そ、それじゃ中に……」

「待て待て。さすがにスカート汚れる。俺が入る」


 ちょっと残念そうにする秋乃を横目に。

 よちよち這ってピアノの下にもぐると。


「……あれ?」


 正面に見えた壁。

 一部分だけ色が違う。


「なんだ? 壁の補修でもしたのか?」

「補修? そんな話、生徒会には届いてないけど……」

「ああ、それもしかして! 音楽室にネズミが出て来てパニックになったって話、聞いたことあるよ!」


 そして六本木さんが。

 聞いただけの話を、まるで見ていたかのように面白おかしく話してくれたんだが。


「……なあ。盛り上がってるとこ悪いんだが」

「ああ、そうそう! そうだよね、調査調査!」

「じゃなくて。……ピアノが動いたの、ここの補修のせいじゃねえの?」

「あ……」


 おいおい。

 知らなかった六本木さんはしょうがねえけど。


 お前は知ってたんなら気づけよ。


「えっと……。一つ目の不思議は解明……、ね?」

「ね? じゃねえ。こんなもん不思議でもなんでもねいてっ!」


 思わず勢いよく振り返ったら。

 ピアノの足に頭ぶつけちまったが。


「よ、養生しててよかった……」

「そっちの心配?」

「だって、た、保坂君の頭は治るけど、ピアノの足は直らない……」


 まあそうだけどさ。

 こんなの傷つけたらシャレにならないくらい怒られるだろうけど。


「あ、あと、自爆ボタンのカバーが保坂君の頭よりかたくて良かった」

「まあな。じゃあ、剥がそうかなってうはははははははははははは!!!」


 こ、こいついつの間に!

 養生テープの左上。

 三角に線入れた空間に。


 いつの間に書いたんだよ!




 ①




「ここから剥がしたくなるわ!」

「こっちが②」

「うはははははははははははは!!!」



 ちきしょう。

 屈みこんだ姿勢だからいつもより腹筋に来る!


 俺はひとしきり笑った後。

 天邪鬼に、①の対象側に書かれた③から剥がすと。




 ばりっ




「うわあああああ!!! 足の板ごと剥がれたっ!」

「そ、そっち浮いてたから逆側を①にしたのに……」

「重要なことを冗談にすんなっ! こ、これ、接着剤でつければ済む?」


 慌ててピアノの下から抜け出して。

 剥がれた足の側面をみんなに見せると。


「ご、ごめんなさい。もう任期終わるけど、副会長としてはちゃんと学校に報告しないと……」

「甲斐並みの頭カチン!」

「い、一緒に謝ってあげるから!」

「…………いいです。慣れてっから」

「慣れてる?」

「はい。すっげえ慣れてます」




 こうして一つ目の不思議は解明できたんだが。

 その代償として。


 俺は先生の前で。

 かれこれ一時間。

 ずっと立たされているんだが…………。


「あの、雛罌粟さん? 六本木さん?」

「なあに?」

「なによ」

「べつに、俺に付き添わなくても」

「偶然だけど……」


 そして、二人でにっこり微笑むと。


「私たちも、慣れてるの」

「なんのこっちゃ」


 意味の分からないことを言いながら。

 先生の方を。

 楽しそうに見つめた。



「…………告朔餼羊こくさくのきようだな」

「ん?」



 先生。

 今、なんて?

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