畳の日


 ~ 九月二十四日(木) 畳の日 ~

 ※陽関三畳ようかんさんじょう

  別れをいつまでも惜しむこと。




「むしるな」


 学校から駅への下校路沿い。

 何度か足を運んだことのある甘味屋だが。


 この、奥の座敷というものは存在すら知らなかった。


 そんな畳の上で。

 小さな座布団にぺたんこ座りして。


 おろおろがくがくぶるぶると落ち着きなく。

 俺が何度手をはたいても畳をむしりだすのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 怖い話は苦手なくせに。

 俺がしばらく『学校の七不思議』調査のせいで遅くなるって分かるなり。


 こうして。

 手伝うとか言いだしたんだが。


「…………いや、これでも気持ちは分かるんだ」

「ななな、なんの、こと……?」

「俺さ、お前が部活始めるとか言いだしたら、きっと同じとこ入ると思うから」

「そ、そうなにょ?」

「でもこれは永続的な話じゃねえんだから。陽関三畳ようかんさんじょうすることもねえし不安に思うようなもんでもねえ。しばらく別々でもいいだろ」

「べ、べつに、その、一緒にいないと不安とかはないのでごじゃる?」

「むしるな」


 だから。

 誤魔化す必要はねえんだ。


 俺とお前は同類。

 似た者同士なんだから。


「おまたせしました」

「おまたせ~!」


 そして待ち合わせの時間から遅れる事五分。

 二人の先輩が座敷に入って来たんだが……。


「ん? えっと、六本木さん?」

「すごい! ねえ葉月、ほんとに覚えてたよこの子!」

「でしょ?」


 なにやら異常なほど元気に。

 俺の手を握ってブンブン振るこの人。


 一度お会いしたことのある。

 六本木ろっぽんぎ瑞希みずきさん。


 お隣りに座った雛罌粟ひなげしさんと好対照。


 うるさいではなく元気。

 無遠慮ではなく人懐っこい。


 そんな印象を与えてくれる人だ。


「ええと、六本木さんも一緒に回るんですか?」


 思いっきりのけぞって。

 廊下へ向けて、いつもの四つとオーダーした後。


 お冷やを一気に飲み干した六本木さんが。

 聞き慣れない単語を口にした。


「そうそう! 部活探検同好会、おそらく最後の活動になりそうだからね!」

「なんですそれ? 部活を探検するの?」

「もともとは同好会とかの活動状況を調べるのがメインだったんだけどね! 気付けば探検メインになっちゃって!」

「それで七不思議を?」

「う……、えと」

「はい……。そういうことに、なりますね」


 ……ん?

 なんだろう、今の違和感。


 六本木さんが言いよどんだのを。

 雛罌粟さんがそれとなくフォローしたように見えたけど。


 でも、そんな小さなことを考えさせてくれない程テンポよく。

 六本木さんがしゃべりだす。


「そうだ! ねえねえ、ワンコ・バーガー繋がりってことでさ、二人が継いでくれない? 部活探検同好会!」

「た、楽しそう……!」

「ほんとに!? いやあ、言ってみるもんね、葉月!」

「……ううん? 保坂君はご迷惑そうよ?」


 げ。


 すげえな雛罌粟さん。


 表に出さねえように気を付けてたんだけど……。


「俺、そこそこいい大学に進学しようと思ってて。部活はちょっと」

「じゃあ、女の子の方だけでも!」

「た……、保坂君が入らないなら、やめとこうか……、な?」

「タホサカ君?」

「ああ、一昨日くらいからの俺のあだ名です。それより、本題教えてください」


 丁度、不揃いのフルーツが通常の倍ぐらい突っ込まれたあんみつが四つ並んだところで。


 俺は説明を求めたんだが。


 女子三人がやたら丁寧にお辞儀してるせいで。

 会話が止まっちまった。


 ご馳走されるんならまだしも。

 お代払うんだから対等だろうに。

 なぜ御礼する。


「……どうぞ? 食べながら聞いて?」

「いや、下手すると秋乃がスプーンで器を破壊しかねんので。食い終わってから話しましょう」

「破壊?」

「だだだだだいじょぶなのにょ!?」

「大丈夫な人は器で32ビート刻まん」

「へへへへへいきだじょ!?」

「だからむしるな!」


 ああもう、これじゃ話聞いた後でも同じか。


「すいません。やっぱ話を先に。七不思議でしたよね」

「え、ええ……」

「例えば……」


 この間のリピート。


 勝手に音を奏でるピアノ

 行きと帰りで一段違う階段

 目が光るベートーベン

 足を引っ張るお化けが出るプール

 四時四十四分になると異次元と繋がる鏡

 体育館で勝手に跳ねるボール

 歩き回る人体模型


 俺が定番を指折り数えると。

 秋乃はとうとう畳じゃなくて俺をむしり始めたんだが。


「ちょっ……!? 大丈夫?」

「いてて! ひ、ひとまず気にしないでいいです。そういうのを調べるんですよね?」

「それが……」


 雛罌粟さんは、六本木さんを見つめて一つ頷くと。


 学校の七不思議とやらを。

 指折り数え始めたんだが。



 ……まさか。


 そのすべてに突っ込むことになろうとは。



「勝手に音を奏でるプール」

「そりゃ、ちゃぷちゃぷいうでしょ」

「目が光る鏡」

「猫でも映ってたんじゃないですか?」

「足を引っ張る階段」

「下の階についたらそこで止まりますよね?」

「四時四十四分になると異次元と繋がるボール」

「意味分からん」

「体育館で勝手に跳ねるベートーベン」

「陽気だなベートーベン!?」

「歩くピアノ」

「そしてメルヘンなオチっ!」


 なんだそりゃ!?

 ボールだけ意味が分からんが。


 あとのは何?

 それが七不思議?


 とは言え雰囲気だけでも怖がるこいつにとっては。

 まるでシャッフルしたようなラインナップだし。 


 きっと怖がっているんだろう……。



「た……」

「ん?」

「楽しそう!」

「え」


 ぎゅっと掴んでむしってたその手が。

 俺を嬉しそうに揺さぶる。


 どうなってんだよお前の感性。


「怖く無いの?」

「な、なにが……?」


 ああ、そうですか。

 そりゃよござんした。


「じゃあ早速。明日の放課後、一つ目を見に行こうと思うんだけど。いい?」

「もちろんです。秋乃は?」

「い、行く! ……楽しみ……、ね?」


 そしてあんみつ頬張って。

 どこから行きましょうとかはしゃぎ始めたんだが。


 まったくもって意味が分からん。

 これじゃ、ほんとは怖がってる俺がバカみてえじゃねえの。



 …………だって。


 鏡の話してた時。

 六本木さん、急に怖い顔すんだもん。


 俺、なんか変なこと言ったかな?



「……あれ?」

「じゃあ、最初はピアノで……? どうしたの? 保坂君」

「いや、六つしか言ってなくないですか?」

「あら? そうだったかしら……」


 雛罌粟さんはあごに指を当てながら。

 一つ一つ数える度に小さく頷く。


 そんな可愛らしい仕草が六回続いた後。


「ああ、ほんと! 一つ抜けてたわ!」

「おお、やっぱり。最後の一つは?」

「行きと帰りで一段違う人体模型!」

「うはははははははははははは!!!」



 急に笑い始めた俺を。

 不思議そうに眺める三人。



 …………おいこら。


 そのうち一人。



 お前が文化祭の時持ち出したせいで。

 どっか行っちまったんじゃねえか。


 人体模型のハツ。



「ど、どうした……、の?」



 心配そうに声をかけて来た犯人を。


 俺は、有無を言わさず。

 お店の廊下に立たせてやった。



 でも。

 これは言えねえ。


 どこまで隠し通せるか。

 胃が痛いことになっちまった。

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