第7章 蒼旗翻天 6

 これで幾人目になるかの敵騎馬を討ち取ったところで、誰も進んで高衡に組み掛かろうとするものはいなくなった。

 遠巻きに射掛けてくる矢を弾き飛ばすと、その横にいる雪丸と平四郎が敵の弓手に撃ち返す。

 荒い息を吐きながら、高衡は右手に握る太刀に視線を落とす。

(もう、この刀は限界じゃ。あと幾らも打ち合えぬ)

 城家秘伝の名刀は、既に刃の切れを失い、繕いようのない深いこぼれが幾つも生じていた。

(決してこの太刀が脆いわけではない。鞍馬の剣術を想定して鍛えた物ではないからじゃ。皆鶴殿のお父上は、それを考えた上で我が娘にあの大太刀を授けたのか)

 刀を鞘に納め、薙刀一本を両手で握りしめ、顔を上げた高衡は辺りを見渡し――蒼白となった。

「――――しまった!」


 南側に、敵の兵力が集結していた。

 高衡達が戦いながら北方への各個退避を図っていると読んだ義盛は、敢えて北側の兵力を手薄にし、退路をたった一つに絞り、敵の前に残したのである。その上で一行の意識をそちらに向けさせているうちに後詰の兵を徐々に反対側へ寄せ、密かに密集横隊の陣形を築いていた。混戦でお互いの連携の範囲から遠ざかりつつある伏兵が南から横隊を組んだ騎馬の一群に踏みかかられては為す術がない。また、西に動けば、主力の本吉衆を敵本陣からの矢に晒してしまう上、高衡ら騎馬の身動きを封じられてしまう。仮に唯一の退路に向かって逃走を図ったとしても、徒兵が主体の高衡勢が騎馬主体の鎌倉勢に追い込まれたのでは、林に辿り着く前に踏み潰されてしまうだろう。

 ある程度は予想していた敵の配置だが、高衡達の予測を遥かに超える極めて迅速な鎌倉勢の動きだった。


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 今頃慌てておるわ、あの若造。合戦から十余年も大倉御所で安寧と過ごすうちに、我ら天下無双の鎌倉騎馬が誇る機動力に叩きのめされた過去の教訓も喉元過ぎたようじゃのう。もう得物も一本納めた様子を見ると、あのキチガヒ剣法も限界に来たと見える。戦の度に思うことじゃが、身動きを封じられた哀れな敵共を一方的に袋叩きにするというのは、何ともこたえられぬものがあるて! うひゃひゃ!」

「唾が飛んでくる」

 涎をたらさんばかりにご満悦の義盛の横で迷惑千万とばかりに顔を顰める若武者が、不機嫌そうに問う。

「それより、話が違うではありませぬか! あの男が剣を封じられたのでは何のために俺がわざわざ越中まで赴いてきたのか!」

 詰め寄る若者を煩そうに払う。

「まあ、そう怒るな。蟹の鋏はもう一本残っておる。まずは邪魔な小足を全てもぎ取ってから身を剥いた方が食いやすかろう」

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