第1章 角姫 4

 同年睦月二十六日、鎌倉、大倉御所


 一同が低頭する中、初めて高座を登る青年の顔色は極度の緊張の為真っ青に血の気が引いていた。

 無理もない。今までこの場所に座していた男の存在はあまりに大き過ぎた。

 目の前にずらりと額づく一同を前にわなわなと震え、幾度も固唾を飲み込む。無理もない。居並ぶ忠臣達は皆、長きに亘る戦乱の中で実際に幾度も白刃の下を掻い潜り手柄を為し、武家の時代の土台を一から築き上げた者達である。無言の慇懃の中に込められた気迫は余りに大き過ぎた。

 政所別当大江広元が一同に訓示を述べる中、青年は断崖の上に身を置き怒涛の荒波を見下ろす思いに眩暈を覚えながらもしっかりと面を上げ、強い眼差しで正面を見据えていたが、その背中はじっとりと冷や汗が滲んでいた。無理もない。全国全ての武士の棟梁という肩書は、彼の震える双肩にはまだ大き過ぎた。


前将軍の死から二週間と経たぬこの日、頼朝の子、源頼家が亡き父に代わり源氏一党の家督を継いだ。若干十八歳の二代目鎌倉殿であった。


(……なんとも気丈なことじゃ。あれほど子煩悩であった御父上が御隠れになり、涙を流す暇も与えられぬうちに高座に担ぎ上げられ、それでもあのように毅然とされておられる。御内心はさぞ御父上の死を嘆き悲しんでおられるだろうに)

 首を垂れ広元の話に耳を傾けながらも、正面に座する義家の晴れの姿に彼の乳母父であり、舅でもあり、赤子の頃から見守っていた比企能員が目頭を熱くする。

(それにしても……)

 能員がちらりと一同居並ぶうちの一角を盗み見た。

 そこには、亡き頼朝の舅であり、頼家の祖父でもある北条時政、弟の義時をはじめ、北条家の一門が揃っていた。皆一様に澄まし顔で平伏し、訓示を拝聴しているように見受けるが、時折顔を上げてはちらちらと方々に視線を向けている。他の家臣達の顔色を読んでいるように見える。

(北条奴、次は一体何を企んでおるのだ?)

 頼朝の急逝には不穏な噂が聞こえていた。その中には、北条家一門が関わっているというものもあった。

 ふと顔を上げた時政と目が合う。

(噂の真偽はどうあれ、北条よ。我が義理の息子であり我が主君の忘れ形見、そして今日より我らが新たな主君となる義家様に不遜を働くような真似は許さぬぞ!)

 ぎり、と威迫を込めて睨み返した。


 その無言の火花飛び交う応酬を、広元の傍らにいた侍所別当であり幕府宿老梶原景時が、懸念の表情を浮かべ見つめていた。

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