第651話 悪人の子、勇者の子

コグトの街の孤児院で新生活を始めたジャッキー。


しかし、気丈なように見えてもまだ九歳の子供である、田舎町で育った純朴な幼女の精神年齢がそれほど高いわけでもない。


突然父親を失い、住んでいた家も追い出され、孤児院で慣れない集団生活である。チェザレに刺殺されたトラウマも残っている。


最初は気丈に振る舞っていたジャッキーだが、みるみる元気を無くしていった。


いつも暗く沈み、時に涙を流しているジャッキーを、孤児院の子供達も最初は同情的に見ていたが…


あまり長い間落ち込んだまま孤児院に馴染まないジャッキーに苛立ちも感じ始めていた。孤児院に居る子供達はみな、何かしら不幸な経験をして来ているのだ。ジャッキーだけが悲しい思いをしているわけではないという怒りも湧いてきてしまうのであった。


さらに悪い事に、街の中ではユサークが極悪人であるという噂がすぐに広まってしまった。


最初、街の人は『信じられない』『あんないい人が?!』と驚いていたのだが…


『俺は最初から疑っていたぜ』などと調子のいい事を言い出す者が現れ、流れが変わった。


もともと、何かしら事情があるんだろうとは察していながら、あえて目をつぶっていた街の人間達である。


だが、蓋を開けてみれば、その悪行の内容がちょっと酷過ぎたという事で、ユサークを擁護する声は批判の声にかき消されていったのだ。


そして、そんな噂は孤児院の子供達にもやがて伝わる。そして、ジャッキーは悪人の子としてイジメられるようになったのだ……。


そんな時、現れたのがランスロットであった。


リューはすぐに様子を見にコグトの街に戻るつもりだったのだが、そうも行かなくなってしまい、ランスロットに様子を見に行かせたのだ。


とは言え、ランスロットがいじめ問題を解決できるわけでもない。ランスロットにできるのは、ジャッキーの話を聞き、ジャッキーに剣を教える事だけであった。


孤児院で孤立していたジャッキーに剣を教えて見た所、ジャッキーは徐々に元気を取り戻していった。孤児院の子供達とは相変わらず馴染めなかったが、意地悪をされてもジャッキーは気にしないようになった。


そして、以外にもジャッキーには才能がある事が分かった。考えてみれば、ジャッキーは勇者の娘なのだ。勇者の称号を失くしたとしても、ユサークは元々Aランク冒険者と同程度の実力を持っていた。Aランクと言えば、一般人から見れば超人にも見える存在である。そんな父の身体能力は娘にも遺伝していたのだ。


孤児院の子供達は、相変わらずジャッキーの悪口を言っていた。それは、街の人間がユサークの悪口を言い続けたからである。


ユサークはコグトの街に来て、コグトの街のために献身的に働き、かなり貢献していたはずなのだが……


その功績はすぐに忘れられ、極悪人というレッテルが定着してしまった。ユサークの悪行を知らなければともかく、二桁にも登る若い娘を凌辱して殺したという悪行の詳細を聞かされてしまえば、擁護の余地などない事なので、仕方がない事であったが。


だが、ジャッキーにとある変化があった。『悪人の子』と言われても、ジャッキーは『違う、勇者の子だ』と言い返すようになったのだ。ランスロットが剣を教えている過程でぽろっと『さすがは勇者の子』と漏らしてしまったのだ。


その言葉にジャッキーが食いついてきた。ランスロットにその話を詳しく聞かせてほしいと強請るジャッキー。ユサークは自分の罪の代名詞でもある【勇者】であった過去をジャッキーには隠していたのだ。だがランスロットは、事実だから隠す必要もなかろうと、かつて父親が【勇者】の称号を授かっていた事を教えた。そして、ジャッキーは、自分は勇者の子だと言い張るようになったのだ。


だが、【悪人の子】が開き直って【勇者の子】を名乗った事で、イジメはさらに悪化した。これまで傍観していた子達までイジメに参加するようになったのだ。ますます孤立したジャッキーは、一人黙々と木剣で素振りを続ける日々を送っていた。


だが、状況が変わる出来事が起きる。ある日、孤児院の子供達が山に入り、遭難してしまったのだ。


季節は、山の木々が実をつける頃。そしてシスターの誕生日が近かった。年長の子供達がシスターのためにと、こっそり孤児院を抜け出し、山に果物を取りに行ってしまったのだ。


シスターにサプライズする予定だったため、残った子供達もシスター達に何も言わずにいた。だが、子供達が山に行くと話しているのをジャッキーはたまたま聞いてしまった。


自分には関係ないと思っていたジャッキーだったが、そこに、山に魔物が出たという知らせが冒険者ギルドから齎された。街から出る事が少ない孤児院にはあまり関係がない話のはずだったが、一応念の為という事で知らせが来たのである。


それを聞いたジャッキーは、父の残した剣を持ち、一人、孤児院を飛び出した。


山に入った子供達がサプライズしたがっていたのを知っていたので、ジャッキーはシスターに知らせず、一人で出たのである。






朝から年長の子達が居なかった事にシスター達も気付いていたが、放置されていたのは、年長の子は街での仕事の手伝いに行く事が多く、今日もその予定になっていたからである。


だが、街に買い出しに行っていたシスターが戻り、街に行っているはずの子供達の姿が見えなかったと報告した。いつも仕事を手伝わせてもらっている街の職人に尋ねてみたところ、子供達から今日は休みだと言われているとの事だった。


異変に気付いたシスター達。絶対に黙っていろときつく言われていた幼い子供達は、しかしシスターに問い詰められ、子供達が山に入った事をついに喋る。


シスターは慌てて街の衛兵に救助を依頼した。


街の衛兵は冒険者ギルドと共同で、魔物の調査と討伐の準備をしている所であった。


最初の目撃報告では、魔物は猿系であると言う事であった。おそらく魔の山の奥に生息する白猿ホワイトモンキーが出てきたのであろう。


白猿の危険度はC。だが、群れとなるとBにもAにもなる、非情に手強い厄介な魔物である。


近くに巣が作られたのか、どの程度の数なのか、情報がはっきりしない段階で山に入るのは効率が悪く危険なので、冒険者ギルドでは、まずは入念な調査と準備をしてから入る段取りをしていたのだが……


子供達が遭難したと聞き、すぐに急遽救助隊が編成され、山に入った。


幸いにも、山から這々の体で降りてくる子供達をすぐに発見する事ができた。


だが、そこで子供達は、ジャッキーが魔物達を足止めするために一人残ったと告げたのだ……



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


山で何があったのか……? ジャッキーは?


乞うご期待!



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