第649話 思い知ったか!

ユサーク 「…っ、きっさまぁ良くもジャッキーをーーー!!」


チェザレに飛びかかろうとするユサーク。


だがその襟首をリューが掴んで止める。


リュー 「やめろ。お前にその資格があるのか?」


ユサーク 「だがジャッキーは、ジャッキーは関係ないだろうがーーー!!」


リュー 「チェザレの娘も、何の罪もないのに殺されたんだが? お前にな?」


リューはユサークを外に放り出すと次元障壁の結界で包み込み閉じ込めてしまう。


ユサーク 「だが…、くそっ、ジャッキー! ジャッキー! そうだ、ポーションはないか?! 治癒師を呼んでくれ! 今ならまだ間に合うかもしれない!」


結界を必死で叩きながら叫ぶユサークを無視し、リューはチェザレの腕を掴んで壁際に押しやり結界に閉じ込めた。チェザレは特に抵抗する事もなくされるがままだった。


チェザレ 「……俺は…何を……」


血で濡れた自分の手を見て、チェザレはどうやら我に帰ったようだ。


チェザレ 「本当に、謝ろうと思ったんだ……だけど……あの娘を見ていたら、マリーが同じくらいだった頃の思い出が溢れてきて…マリーが成長する姿はもう見れないんだと思ったら…気がついたらこんな事に……俺は……」


リュー 「…ユサークに娘を殺される思いを味あわせてやれたな……」


チェザレ 「俺は……なんて事を……それより! 治療を! まだ間に合うかも知れない!」


リュー 「大丈夫だ」


リューはジャッキーに近づくと、刺さっている剣を抜き、【巻き戻し】で刺される前の状態まで戻してやる。


さらに、マルタも同様に治療してやった。


起き上がり、不思議そうな顔をして自分の身体を見ているマルタとジャッキー。


今回は服まで含めてすべて時間を巻き戻したので、刺された痕も流れたはずの血もなくなっている。惨劇の痕跡は、チェザレの手と身体についている返り血だけである。


外に出されてしまったため、娘が生き返った事を知らずに騒ぐユサークの声を聞き、ジャッキーが部屋を飛び出してユサークの元に走っていった。それを見て、リューはユサークを閉じ込めていた結界を解除してやる。


リュー 「…で、どんな気分だ、チェザレ? 少しは気が晴れたか?」


チェザレ 「……最悪の気分だ。正直、奴にも同じ思いを味あわせてやれたらと考えた事は何度もあった。だが、実際にやっちまうと……最悪の気分だよ! くそっ!」


マルタ 「出て行って! 出ていけ!」


振り返るとマルタが包丁を持って鬼の形相でリューとチェザレを睨んでいた。


マルタの剣幕に慌てて外に出るリューとチェザレ。


マルタは誰か衛兵を呼んでくれと叫び、騒ぎに集まってきた近所の者達の何人かが走っていった。


チェザレ 「せっかくお前が止めてくれたのに、俺も犯罪者になっちまったな……」


リュー 「被害者は居ない。とぼければ罪には問われんと思うぞ?」


チェザレ 「そうはいかんだろう。傷は治っても刺したのは事実だ…暴行しても治せばOK、とはならんだろ? だからあのオバサンも俺を睨んでるんだからな」


リュー 「まぁ、傷は治っても、刺された記憶はなくならないからな」


チェザレ 「それに、罪を犯して逃げたら、あのクズ野郎と同じになっちまう…」


ふと見れば、ユサークの腕の中でジャッキーが怯えた目でチェザレを見ていた。ジャッキーの肉体の傷は治ったが、心には傷が残ってしまったのだろう。


チェザレ 「…すまん」


チェザレは怖がらせないようにジャッキーから離れた位置で頭を深く下げた。


それを見ていたユサークの表情かおは、苦々しく歪んでいた…。




  * * * *




ユサークを捕らえたらすぐに立ち去るつもりだったのだが、そうもいかなくなってしまった。


やってきた街の衛兵に逮捕されるチェザレ。リューはチェザレを止めようとしていたし、怪我も治してくれたと冷静になったマルタが証言してくれたので逮捕は免れたが、関係者として事情聴取に付き合わなければならない。


Sランクの冒険者である事を示し、指名手配犯ユサークを捕らえに来た事を告げたが、身分証明書ギルドカードと指名手配が本物である事を確認するのに時間が掛かり、待たされる事になってしまった。


ラング 「しかし、Sランクの冒険者とはね。初めて見たよ、実在するんだな…」


ラングは街の衛兵長だそうだ。


ドリル 「俺も初めてだよ。辺境には高ランクの魔物を狙って高ランクの冒険者がよくやってくるが、Sランクってのは居なかったからな」


ドリルは街の冒険者のギルドのマスターである。


ラング 「指名手配も本物か。Sランクの冒険者が捕らえに来るほどの大物だったのか」


ドリル 「ユサークが冒険者ギルドに寄り付かなったのは、指名手配がバレると思ったんだろうな」


結局、被害者が居ないし目撃者も居ない。あるのはマルタの証言だけ。そのマルタは慰謝料を条件に訴えを取り下げた。刺したチェザレにも同情すべき事情もあったと言う事で、結局この件は不起訴という判断になってしまった。ただし、チェザレは早急に街を出て二度と戻ってこない事を約束させられたが。もとより、ユサークを捕らえたのなら戻ってくる理由もないチェザレなので問題はないのであった。


だが、今回の件で、リューもユサークも色々と思うところがあった……


リュー 「被害者の恨みの思いは、想像を絶するものだ…」


ユサーク 「分かっている……俺も娘を持つ父親となった。今回ジャッキーを刺されて、本当に思い知った。


……俺は、どうしたら償える……?」


リュー 「やってしまった過去は、決してなくならない。歴史が変わらない以上、人は、犯してしまった罪を償う事なんてできはしないんだと思う…」


リュー 「ただ、今回分かった。多分、お前を処刑したり、極刑にしたりしても、被害者の親達の恨み、無念は、その程度で晴れたりはしない……」


ユサーク 「……」


リュー 「そして、お前が殺した娘たちの親族が、お前にジャッキーが居るという事を知れば、報復にジャッキーを殺してやろうとする者が出てきても不思議はない…」


ユサークの顔が歪む。


リュー 「しかし、お前が娘を持って、人並な親の思いを知るようになるとはな……チェザレは神の采配だと言っていたが……」


ユサーク 「……俺は、……俺は……」


リュー 「何も知らずにヒャッハーしながら殺されたほうが楽だったか? そう考えると、これが神の采配だとしたら、神も結構残酷だな…。


そもそも、もし神が勇者の人生に干渉できるというのなら、勇者が罪を犯す前に止めてくれれば誰も悲しまずに済んだはずだしな…」


ユサーク 「……神は、なんで俺を止めてくれなかったんだろうか…? 神が俺を勇者になんか選ばなければ、俺は……」


リュー 「神の事など、俺とはかけ離れすぎた存在過ぎて分からんが…。俺が思うに、神は個々の人生になど関わって来ない、もっと巨大な、世界の法則システムのようなものなのではないかと思っている。


すべては、システムの仕様ルールに則った必然。すべては、なるようになっているだけ……」


リュー 「だが、そのルールの上で、どう生きるか、人間には自由が与えられている。そしてその自由には、責任も伴っているんだよ。自分の選択した行動の結果は、自分で収穫するしかないんだ」


ユサーク 「……俺は、どうしたら……」


リュー 「さぁな……」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


残されたジャッキーは…?


乞うご期待!



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