第648話 凶刃

マルタ 「そんな、死ぬだなんて、ジャッキーはどうなるのよ?」


リュー 「……仕方がない。ユサークは既に一度、極刑を言い渡されている身なんだ。脱獄して逃げ延びただけで、罪の償いが終わったわけじゃない」


チェザレ 「はん、死んで詫びるだと? 確かに俺は、お前に会ったら即ぶっ殺してやろうと思っていたがな。だが、このリューに言われたんだ。殺すだけでいいのか? それで気が晴れるのか? ってな。


確かに、お前を殺したってマリーは帰ってこねぇ…。マリーだけじゃねぇ、妻のミリーも悲しみのあまり食事を断って衰弱死しちまった。マリーに詫ながら衰弱していく妻を俺は指を咥えて見てる事しかできなかったんだ。この辛さが分かるか?! 俺達が味わった絶望と苦悩は、お前を一度殺したくらいではとても足りねぇんだよ! できればお前にも同じ悲しみ苦しみを味あわせてやりてぇ…


…と思ったら、なんと、お誂え向きにお前にも娘が居るときたもんだ。それもお前が可愛くて仕方がないって言うほどの娘がな」


ユサーク 「まさか、お前……!」


チェザレ 「俺達と同じ苦しみをお前も味わう事ができるようになったって訳だ。これはまさに神の采配に違いない」


ユサーク 「…頼む! 俺には何をしてもいい! だが娘には、ジャッキーには手を出さないでくれ! 頼む! この通りだ!」


額を床につけて必死に頼むユサーク。


だがそれを見てチェザレは笑っていた。狂気に満ちた笑顔である。


マルタは慌ててジャッキーを後ろに庇い、後退っていく。


リューは扉を開け、目でマルタに出ているように合図した。マルタはジャッキーを連れて急ぎ足で外へ避難していく。


それを目で追うチェザレだったが、その視線を塞ぐようにリューが立ちふさがった。


リュー 「やめておけ…」


チェザレ 「はん…! お前が言ったんだろうが? 殺すだけでいいのか? って」


リュー 「まぁ、俺にも娘が居るから気持ちは分かるがな。だからといって、ユサークの娘に手を出すのを目の前で許すのも違う気がする。何より俺は…


…お前を犯罪者にしたくない」


チェザレ 「…!」


リュー 「冷静になれ。お前が犯罪者になって、マリーが喜ぶと思うか? ミリーが喜ぶと思うか?」


チェザレ 「ふん…。分かってるよ。俺も本気じゃねぇ。このクソ野郎を脅してやりたかっただけさ。それに、あの娘はマリーが殺された歳より大分小さいしな…」


ユサーク 「……! すまない。どんな罰でも受ける…連れて行ってくれ…」


チェザレ 「……先に行っていてくれ。俺は、あの娘に謝ってから行くよ。怖がらせてしまったからな…」


そう言いながら部屋を出ていくチェザレ。その表情かおからは狂気と憎しみは消えていたように見えた。


リュー 「…お前も、最後に娘に言っておきたい事はないのか?」


ユサーク 「……いや、やめておく。別れ難くなるだけだ。いつかこんな日が来ると思って、日頃から言うべき事は伝えてある。


俺は極悪人だが、あの娘には罪はない、そうだろ? あの娘は本当にいい娘なんだ、この街は優しい人間が多いし、ジャッキーはしっかり者だから、一人でもなんとかやっていけけると思う…」


リュー 「…親を失った子は多い。だが、たとえ親と死に別れても、親に掛けられた愛情を信じられる子は幸せだと思うぞ…」


ユサーク 「…娘には……後でいい、心から愛していたと、伝えておいてくれ」


リュー 「分かった。武士の情けだ、必ず伝えよう」


ユサーク 「ありがとう」


だが、その時、外から女性の悲鳴が聞こえた。マルタの声だ。


ユサーク 「?! …まさか!?」


リュー 「しまった!」


慌てて飛び出し隣の家に駆け込んだリューとユサーク。そこには……


ジャッキーの胸を剣で刺し貫き、返り血で真っ赤に染まっているチェザレが居た。


傍らにはマルタも倒れている。ジャッキーを庇って刺されたのだろう。床に大量の血が流れている。


ユサーク 「…っ、きっさまぁ良くもジャッキーをーーー!!」


チェザレに飛びかかろうとするユサーク。


だがその襟首をリューが掴んで止めた。


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