贖罪編
第644話 人として駄目だろ
リュー達がやってきたのは、ガレリアの隣にあるラウチーフという国である。
山間部にあるとても小さな国で、当然国力は小さいが、地政的にほとんど価値がないため他国からの侵略を受ける事はないのであった。
そんな小国が、かつては世界制覇をも目論んでいたガレリアに吸収されずに残っているのは、ガレリアとラウチーフには古くから友好国として付き合ってきた歴史と伝統があるためであった。
従順な属国で、地政的にもほとんど価値がなく、覇権主義時代のガレリアがわざわざ占領する理由もなかったのだ。
ラウチーフには街は六つしかない。中央に山があり、それを囲むように麓に街が存在しているのだ。うち三つは山の反対側にあり、往来には中央にある山を迂回していく必要がある。
山はトナリ村の近くにある魔境の森の奥にある “魔の山脈” に連なっている。魔の山脈の端部がラウチーフに食い込んでいる、あるいは魔の山脈の端部をラウチーフが囲んでいると言うような形である。
その山の頂上には神が居るという伝説があり、この国はその山を守る宗教国家なのであった。
そのうちの一つ、ガレリアとの国境に近いコグトの街にリュー達は入った。街の城壁は高く堅牢である。軍隊はないが、それに匹敵する自警団を持っている。ただ、その自警団は人間相手の戦争をするための組織ではなく、街を襲う魔物と戦うためのものであった。魔の山の端であり、奥にある魔の山から危険な魔獣が出てくる事がよくあるのだ。そのため、強力な自警団を持っており、また、魔物を狩る冒険者の活動も盛んなのであった。
街に入ったリューは、宿を取ると、『各自、自由行動』と宣言し、一人、用があると言って出かけてしまった。
自由行動と言われたエライザ達であるが、リューに用事があるというのが珍しい気がした。気になったエライザはリューの後を
ランスロットも(エディもドラ子も)、全員一緒でぞろぞろ歩いているので、尾行と言うには目立ち過ぎであったが。
リュー 「ついてくんなよ…」
エライザ 「自由行動なんだから、自由でしょ」
リュー 「まぁいいけどな…」
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リューが訪れたのは、街の外れにある教会であった。と言っても教会に用があったわけではなく、リューは教会をスルーしてそのまま裏手にある建物に向かう。教会の裏にある施設と言えば……
そう、リューはこの街の孤児院に用があったのだ。
ちょうど孤児院は夕食の時間だったようだ。(孤児院では経費節減のため、明るいうちに夕食をとり、陽が暮れたらそのまま寝て、明るくなったら起きて活動を始めるという生活である。)
シスター 「あら、あなたはリューさん?」
大勢の孤児達が食事をしている中、シスターがリューに気付いて対応した。どうやらリューとシスターは知り合いのようである。
シスター 「お久しぶりですね。……後ろの方々は?」
リュー 「ああ、俺のパーティの仲間だ。ランスロットの事は…」
シスター 「ええ、もちろん覚えていますよ」
その時、食事中の子供達に食事を配っていた一人の少女がリューの顔を見て驚いた顔をした。そして少女の表情は憎しみを込めたものに変わる。
少女は周囲に気づかれないようにそっと死角へと移動すると、忍び足でリューに接近…ある程度近付いたところで、リューの背中に向かって走り出した。
ドンという音がしそうな勢いでリューの背中に体当たりした少女。だが、直後、少女は呻きならが後退る。ぶつかられたリューは微動だにしていない。
見れば、足元に食事で使っていたであろうナイフが落ちており、少女の手からは血が流れている。
リュー 「馬鹿だな…。そんな食事用のナイフで、そんな持ち方で刺そうとしても、自分の手を傷つけるのは当たり前だ」
エライザ 「およ? まさか! リューの隠し子? と言う事は私の姉妹…?」
ランスロット 「いえ、違います、あの子は…」
幼女の手を治療してやりながらリューが言う。治療を拒否する少女だったが、問答無用で治療してしまうリュー。
リュー 「腰が入っていたのはなかなか良い攻撃だったがな。次は、ちゃんと鍔がついた刃物を使うんだな。ま、それでも俺に傷は着けられないだろうけどな」
少女 「…そんなの…分かってるわよ。ダメ元でやってみただけ」
エライザ 「ちょ、どういう事?」
事情がよく分からないエライザ。
ナイフを持ったまま抱きついて怪我をしたのだろうとエライザは思ったのだが、どうやら違うようだ。少女はナイフでリューの背中を刺そうとしたのだ…。
だが、リューの次元障壁の鎧の前には食事用のナイフなどで刃が立つわけがない。さらに、背後から襲ってくるのが分かっていたリューは、重力魔法で体重を増やして待ち構えていたのだ。結果、少女は岩にでもぶつかったような衝撃を受けてしまう事になった。
頑丈な岩壁にナイフを体当入りで突き立てようとすればどうなるか。衝撃が強すぎて手でナイフを支えきれず。手が滑りナイフは少女の手を傷つけてしまったのだ。
食事用の切れないナイフで手を切ったのだ、とても痛そうである。しかし、ぐっとこらえて少女はリューを睨んでいた。
リュー 「というか、人をいきなり刺そうとするとか、人として駄目だろ」
シスター 「まぁ! ジャッキーちゃん! 人を刺そうとするなんて! なんて事を…!」
ジャッキー 「…こいつだけよ。他の人にはそんな事しないわ」
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次回予告
少女の正体
乞うご期待!
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