第637話 失礼ね!

エライザ 「はっ?!」


騎士の持っていた筒からは網が飛び出し広がった。四方からエライザを包み込むように網が襲いかかった。


だがエライザは即座に対応する。剣が一瞬の間に幾度も煌めき、網は細切れになって地に落ちてしまう。


騎士 「馬鹿め、掛かったな!」


エライザ 「は……」


だが、騎士達が放ったのは網だけではなかった。気がつけば、エライザは薄っすらと空気中を舞う粉霧に包まれていたのだ。網ではなく、粉状の毒を放っていた騎士も居たのである。網に気を取られていれば毒には気づきにくい多段作戦であった。


慌てて振り払おうとするエライザであるが、空気中を舞う粉を斬ることはできない。腕で口を覆うエライザ。


騎士 「もう遅い! それは麻痺毒だ。すぐに動けなくなる」


だが……いつまで経ってもエライザが動けなくなる様子はなかった。


騎士 「……?」


エライザ 「……?」


エライザは恐る恐る腕をおろし、手足を動かしてみるが、特に異常はないようだ。


ランスロット 「…どうやらエライザにはその毒は効かないみたいですね。あ、もちろん、私達にも効きませんが、呼吸してないし」


ドラコも特に影響はないようだったが、エディは…挙動不審になっていた。水を払うように体を震わせてみたりしている。どうやら効いているようだ。


エライザ 「エディ、大丈夫?」


まぁエディも、多少効いていて不快に感じてはいるが、動けなくなるというほどではないようである。


騎士 「馬鹿な、コイツラ、化け物かよ…」


エライザ 「失礼ね。化け物じゃなくて竜人よ」


ランスロット 「スケルトンですので」


騎士 「人間じゃなかったのかよ、道理で…てか魔物が街中に?!」


ランスロット 「エライザ、一度剣を抜いたなら確実に殺してしまわなければ。相手も剣を抜いているのですし、手加減など必要ありません。思わぬところで足を掬われる事もありますよ? もし、竜人にも効果がある毒だったらどうするのですか…」


そう言うランスロットの声は、いつのまに移動したのか。騎士団長の後ろから聞こえてきた。見れば、団長の腹から剣が生えいる。団長は口から血を吹き出し、即死したようだ。


周囲の負傷した騎士達は、網を射出した直後にはドラ子が生やした蔦で雁字搦めに拘束していたのだが、そこに軍団レギオンの兵士達が現れ、剣で騎士達をザクザクと突き殺していく。そして、騎士達の死にたての死体を、亜空間へと引きずり込んで行った。


エライザ 「…全員…殺した、というか、人間やめさせられるのね…?」


ランスロット 「スケルトンブートキャンプへようこそ! まぁ優秀な者は二~三百年も訓練すれば一端の兵士スケルトンになれるでしょう」


エライザ 「彼らも命令されて来ただけなんだろうから、ちょっとかわいそうな気もするけど…」


ランスロット 「武器を抜いて本気の殺気を込めて攻撃してきていました。エライザもそれは感じていたでしょう?」


エライザ 「それは…本気でやってもこちらのほうが強いだろうからと思ったからじゃ?」


ランスロット 「それで、もしエライザがミスをしたら? エライザが死んでいたかも知れませんよ? 剣を抜くからには、命のやり取りになる事を覚悟するべきです。その気はなかったと言い訳しても結果は一緒です。そして、相手を殺そうとする者は、自分が殺される覚悟がなければいけません。


…そういう意味ではエライザも失格ですが……もしかして、エライザは人を殺した事がないのですね?」


エライザ 「…うん、ない…」


ランスロット 「そうでしたか。…殺す事に抵抗がある?」


エライザ 「…特に抵抗はない、と思う。魔物なら何度も殺したしね。人間と大差ないでしょう?」


ランスロット 「ま、我々にとっては人間が魔物みたいなモノですけどね」


エライザ 「…ランスロット、また、剣を教えてくれる?」


ランスロット 「もちろんです! エライザに本気で剣を教えられる日が来るのを待っていましたよ」


ランスロットがエライザの前に移動し、剣を構えた。エライザも応じて構える。


ランスロット 「先程の戦いを見ていて、一つ欠点に気が付きました」


すっとランスロットがエライザに向かって剣を振る。それほど鋭い攻撃でもない、エライザは余裕で捌こうとしたが、ランスロットの剣がピタリと止まり、エライザの剣は空振りしてしまう。その僅かの間に軌道を修正したランスロットの剣が、エライザの胴にピタリと当てられていた。


エライザ 「あ……」


ランスロット 「エライザの剣は素直過ぎるようですね。魔物相手やレベルの低い相手なら良いですが……対人戦では、いろいろな搦手が駆使されるものです。どんな卑怯な手を使ってくるのか分からない、知恵比べみたいになる事もあります。それが対人戦の難しさですね」


再び剣を振るランスロット。そしてランスロットのフェイントにあっさり引っかかるエライザ。ゆっくりであっても、ランスロットのフェイントは絶妙で、反応せざるを得ないのだ。


さらにもう一度。


今度はエライザは、ランスロットの初撃がフェイントであると予想して、それを防御せず、変化後の剣を受けようとしたのだが、初撃はそのまま止まる事なく真っ直ぐ振り下ろされ、エライザの額の前にピタリと当てられた。


エライザ 「うお…?」


ランスロット 「まぁ、変化技についてはこれから色々と教えてあげますが……それよりも、心の問題もあるかも知れませんね」


エライザ 「心?」


ランスロット 「多分、エライザは真面目過ぎるのです。竜人の里でも、ロクに遊びもせず、真面目に修行に励んでいたのでしょう?」


エライザ 「里には娯楽なんてほとんどなかったしね…」


ランスロット 「ならば、エライザはこれからもっと遊びを覚えたほうがよいかも知れませんね。遊び心と言いますか」


エライザ 「遊び心?」


ランスロット 「ええ、動きには、結局、心が現れます。柔軟な動きをするには、柔軟な精神が不可欠なのですよ」


エライザ 「もっと遊べって事? 剣の修行じゃなくて?」


ランスロット 「それも良いと思いますよ。遊びがないと何事も破綻しやすいものです」


エライザ 「なるほど…奥が深い」


ランスロット 「ですです。私だってまだまだですからぁ…」


エライザ 「ランスロットがまだまだって……私も頑張ろ」


本当は、ランスロットほど剣を極めた者など、この世界中を探しても見つかるかどうか分からないのであるが……。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


「騎士団はどうしたのだ?」

「全滅しました」


乞うご期待!



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