第634話 馬鹿め、数の力には勝てんぞ

マヅンは、まずは情報収集から始めた。冒険者ギルドのマスター、ポウのところへと押しかけ、リュージーンについて聞いたのだ。


だが、ポウもリューの事を詳しくは知らないと言う。惚けているわけではない。それはそうであろう、ポウとてリューの事は昨日初めて知ったのだから。


だが、Sランクなのだから、冒険者ギルドとして情報を持っているだろう、それを出せとマヅンは詰め寄る。そう言われても、そう簡単に冒険者の個人情報を開示するわけには行かない。


…行かないのだが……


相手は領主代行。事なかれ主義のギルドマスターは、少し日和るのであった。本部から出されている通達で、特に秘匿指示がない、いわば公式情報については開示しても問題がない。と言う事で、ポウは受付嬢に「アンタッチャブル指令」について開示を命じる。


そうして、エドワード王の「アンタッチャブル指令」について知ることになったマヅン。実は、冒険者ギルドへの通達は、半分以上は冒険者ギルド本部の忖度でもあるのだが……


マヅンは思い出した。十数年前に、エド王から国中の貴族に対し、同様の王命が出ていた事を。(これは王命であるため、貴族にとっては絶対の強制力がある。)そして、グリンガル侯爵のクーデターを鎮圧した冒険者と、その冒険者が同じ名前であった事もまた、マヅンは思い出した。(※アンタッチャブル指令はクーデターより前に出されている。)


慌てて子爵の屋敷に戻ったマヅン。サルタ子爵に事態を伝えるが、そんな王命は記憶にないとサルタは言う。そもそも、サルタ子爵はマヅンに事務仕事をほとんど任せており、サルタ自身はマヅンからどうしても判断が必要な件だけ、口頭で指示を出していただけなのだ。そんな状態で、十数年前に一度聞いただけの(しかも自分には関係ないだろうと聞き流した)王命など覚えているわけがないのであった。


マヅンは領主の執務室の書類棚をひっくり返し、どうにか十数年前の王命が書かれた指令書を発掘。それを見せてサルタに説明するが、それでもサルタは動じず、考えを変える気はないと言いはった。


サルタ 「そんな、十数年前の指令書など、未だに効力があるのか?」


マヅン 「特に撤回されていなければ、たとえ百年前の王命であっても効力は失効はしません。…が、まぁ、現実には、忘れられているだけで事実上、無効と同じ状態という事も多いですが…」


サルタ 「ならば構わんだろう? 王宮からの監視がついているわけでもなし、冒険者の一人くらいどうとでもなるだろう。とっとと奴を捕らえてこい。生きていれば両手両足はなくてもいいぞ。さぁ、さっさと行け!」


マヅン 「はぁ……」


渋々と執務室から出ていくマヅン。


マヅン 「やはり、やらねばならないか。あとで取り返しが付かない事にならないと良いが…」


とりあえず、領主代行として衛兵達にはリュージーンなる冒険者を街から出すなと司令を出してある。


城郭都市というのは、入る時は必ず身分のチェックがある。だが、出るときのチェックは、ある街とない街がある。その街を納める貴族の方針にもよるのだが、良心的な貴族ほどチェックはない事が多く、悪徳領主の納める街はチェックが厳しい傾向がある。領民から税金を搾り取るため、税の取り立ての厳しい領主ほど、街から人を出したくないのだ。


この街は(案の定?)出る時にもチェックする事になっている。そのお陰で、件の冒険者がまだ街を出ていない事は分かっていた。


だが、マヅンは困ってしまった。冒険者を一人、暗殺してこいと言われれば、マヅンにとっては容易い事であった。夜中に忍び込んで殺してしまえばよい。だが、生きて捕らえてくるとなると難易度が跳ね上がる。相手は騎士十数人を手球に取る実力がある事が分かっている。しかもその仲間もそれなりの実力があるらしい。


それに、領主としては、軍勢を連れて数で圧倒してその冒険者を捕まえてこいと言ったのだ。それは、領主の威勢を見せつけろ、と言う意味でもあるのだ。


だがそもそも、狭い城郭都市の中である。軍勢を連れて行ったところで、狭い路地の中で渋滞してしまうだけで、十分に戦力を活かせないだろう。狭い街の中を動き回りながらのゲリラ戦となったら意外と厄介な事になるかもしれない。


だが、当人は逃げも隠れもしないと言っているそうだ。ならばと、マヅンは素直にその冒険者を呼び出してみる事にした。これまでの話で、その冒険者は娘に手を出されるとキレるらしい事が分かっている。そこをうまく挑発してやれば、乗ってくると読んだのだ。


その娘もかなりの実力者であるらしいが、挑発だけなら別に、娘に直接手を出す必要はない。応じなければ、あの手この手で娘に手を出すぞと脅すだけでいい。


そして、マヅンの狙い通り、リューは呼び出しに応じて街の外の草原地帯へとやってきたのであった。




  * * * * *




リューは街の南側の門を抜け、街の近くにある草原に向かった。


草原にはすでに、集められた騎士と衛兵が待っていた。


リュー 「お前が領主か?」


マヅン 「違う、私はサルタ子爵家に勤める執事だ」


リュー 「執事?」


マヅン 「今回の件の指揮を任された。要件は分かっているな? 息子を傷つけ汚らわしい呪いを掛けた犯人を連れてこいと、領主様が仰せだ」


リュー 「だったら領主の屋敷に呼べばよかろうに」


マヅン 「屋敷や街中では騎士達の数の利が活かせないからな」


リューが来た時点で騎士と衛兵達は移動を開始し、既にリューを取り囲んでいる。


マヅン 「まぁ、逃げずに来た事は褒めてやろう」


リュー 「なぜ俺が逃げる必要がある???」


マヅン 「大した自信だな。これだけの軍勢を相手に逃げ切れると思っているのか?」


大げさに、周囲を見回してみせるリュー。


リュー 「…別に、大した数には見えないが?」


マヅン 「馬鹿め、数は力だ。どんな優秀な戦士だろうと、数の力には負ける。調子に乗っていると痛い目をみるぞ…?」


リュー 「いやまぁ、それが常識だろうけどな…だが、世の中には常識では測れん事もあるのだよ?」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


血に染まる草原


乞うご期待!



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