第622話 車を買い替えにディーラーへ

職人 「あ~、ベアリングも安物だし、シャフトにもダメージが来てしまってるなぁ。ベアリングの故障のせいもあるだろうが、もともとのシャフトの材質もあまり良くない。これじゃぁ、もう長くは走れんだろうな。交換するにしても、軸受部もボロで、ほぼ全交換だ。直すより新しいの買ったほうが安い。これじゃぁ分解して薪にでもするしかないな」


翌日、街で馬車を売っている店に来たリューとエライザ。


二人だけである。珍しくランスロットがついて来なかった。何やら色々忙しいのだとか。ついで…なのか分からないが、街の近くの森でワンコのエディとドライアドのドラ子を遊ばせてくれるらしい。


エディはともかく、ドラ子は植物の妖精と言われるだけあって、街の中よりは森の中のほうが居心地は良いらしい。エディも森の中なら思い切り走り回れる。エディもただのわんこから魔物化してフェンリルに進化しているので、町中ではなかなか全力で走ったりはできないので、たまには思い切り身体を動かすのも良いだろう。


実はこれは、長く離れ離れであったリューとエライザをなるべく二人で過ごさせてやりたいという、ランスロットのスケルトンらしからぬ人間味のある配慮であった。(エディはエライザと一緒に行きたかったが、ランスロットがそれを説明して説得したらしい。)


さて、馬車であるが、最初のボロ馬車は、もともとエライザの “最底辺の馬車体験” のために買ったのだ。短い旅であったが、体験は十分であろうと、もう少し良い馬車に買い替える事にしたのであった。


新しい馬車を買うなら、ついでにこれまで乗ってきた安い馬車を下取ってもらおうと、店の職人に見せた結果が先程のセリフである。


リュー 「まぁそうだろうとは思った。もともと安物だしな」


職人 「安物買うより、少し無理してでも良いものを買ったほうが、結果的には安上がりって事になるぞ?」


そう言うと、職人は奥の工場へと引っ込んでいった。


エライザ 「じゃぁ、売るのは諦める。捨てといてくれる?」


店員 「あ~処分するにも手間がかかりますので、普通なら処分代を頂くところなのですが…」


リュー達が非常にボロい馬車を持ってきたため上客とは思えなかったのだろう、店員は微妙にやる気のない態度であった。


店員 「まあ、当店で新しい馬車を購入して頂けるのであれば、特別にタダで引き取りましょう、特別にね! いかがですか?」


リュー 「もともと買い替えるつもりだったんだが。下取りってそういう事だろう?」


エライザ 「とりあえず、馬車を見せてもらえる?」


店員 「ではこちらへどうぞ……ちなみに、ご予算はどれくらいで?」


リュー 「特に決めてない」


店員 「ほぉ?」


それを聞いた店員はあやしく目をらせた。


    ・

    ・

    ・


店員が案内してくれた店の裏手の駐車場には、所狭しと様々な馬車が並べてあった。


エライザ 「奥のほうにある馬車はどうやって出すのかしらね?」


リュー 「そりゃ、一台ずつ手前からどかしていくしかないだろ…」


エライザ 「手間ね」


リュー 「仕事だからな、面倒臭がってたら商売はできんさ…」


店員 「……こちらなど、お買い得ですよ!」


手前から順に、次々に馬車を見せる店員。しかし、提示される金額は思いのほか高めである。その割に、言うほど品質があまり良いようには思えない。店員はリュー達を田舎者だと侮ったが、王都で暮らしていた事もあるリューは、馬車の相場くらいは知っている。


怪しいと思ったリューは【鑑定】を使ってみた。


このところ、リューは【鑑定】系統の魔法を重点的にトレーニングしている。これは不死王の指示でもあるのだが、要するに、リューが失った【神眼】の能力を補うために、鑑定系の魔法を使いこなすべきと不死王がアドバイスしてくれたのだ。


もちろん、不死王がくれた仮面を着ければ魔法は高精度に制御できるのだが、それでもより上級の魔法になるほど、制御は難しくなってくるので、それなりに練習は必要なのだ。


実は、【鑑定】という魔法は少々変わった魔法である。例えば、魔法には属性というものがあるが、【鑑定】だけは属性がない。


魔法の属性は、おおまかに分けると、火・水・風・土の基本四属性と、光(聖)・闇属性、そしていずれにも属さない系統は「無属性」と呼ばれる。リューも魔法制御用の仮面はこの7種類である。


では、【鑑定】を使うためにはこの中のどの仮面を装着すればよいのか? という話になるのだが、正解はどの属性の仮面でもよい、という事になる。


そして、装着する属性によって、鑑定結果が変わってくるのである。火・水・風・土の四属性に属する鑑定は大した事ができず、光・闇に付随する鑑定はかなり高度な事ができるという特徴がある。(無属性は一般人の間では詳細があまりよく分かっていない。)


そもそも【鑑定】とは不思議な魔法である。何かを鑑定すると、まるで百科辞典を調べたかのように結果が表示される。なぜそんな事が起きるのか? それは、この世界とは別のどこかの次元にある辞書、あるいはデータベースというべきかもしれないが、それにアクセスして情報を引き出して表示しているのである。


そのアクセスしている辞書が違えば、書いてある内容も微妙に変わってくるわけで。それは、この世界を構成している要素や設定情報の集積のようなものであるが、それでも、引き出せる情報の内容が微妙に異なってくるのだ。



― ― ― ― ― ― ―

余談だが、実はリューが以前与えられていた【神眼】による鑑定結果はは、もっと感覚的で複雑な結果となる。通常の【鑑定】がデジタルであるなら、【神眼】は高精度・大容量のアナログ情報のようなものであった。文章数行程度では表現できない膨大な情報が一気に一瞬で入ってくるのである。そこからどれだけの情報を理解できるかは、受け取る側の能力次第であった。これは、受けての脳の負担も大きく、リューが持て余し気味であったのは仕方がない事であった。

― ― ― ― ― ― ―



基本的には、【鑑定】を使える者は光属性(聖属性)である事が多い。鑑定魔法の派生魔法である【嘘看破ライクラック】なども教会の聖職者が使える事が多いのはこのためである。


だが、闇属性の【鑑定】を持つ者も稀にいる。闇属性の【鑑定】は、同じ鑑定でも光属性とは得意な分野が少々異なり、【闇】や【死】、【呪い】や【魔】に属するようなモノを鑑定するのに優れている。アクセスしている辞書が違うのである。


具体的に言うと、例えば光属性の鑑定は【聖剣】の情報をより詳細に表示できるが、闇属性の鑑定ならば【魔剣】の情報をより詳細に鑑定できる、という具合である。


ちなみに、闇属性の鑑定にも【嘘看破】があるが、光属性の【嘘看破】が質問や発言に対して嘘をついているかどうかを識別できるのに対し、闇属性の【嘘看破】の場合は、後ろ暗いところがあるか、一切陰りがないか、というような判定ができるというような違いがある。


また、闇属性の鑑定魔法の派生魔法に【敵性識別】というものがある。これは、相手が自分に対して憎しみや敵対心を持っているかどうかを識別できるのだ。これは、光属性系の鑑定魔法にはない魔法である。


そして、もうひとつ。【無属性】の魔法に属する【鑑定】。無属性というと、リューの転移などで使われる時空魔法もこのカテゴリーに含まれている。そして、この属性の鑑定は、世界の理、空間・構造などに強いという特徴を持っている。空間把握や魔力感知などに強いのである。


馬車売り場の店員を訝しく思ったリューは、そっと【鑑定】を発動してみたが、装着しているのは闇の仮面であった。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


店員 「ウチで扱っているのはどれも一級品なんですよ?」


乞うご期待!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る