第623話 不誠実な店

店員を鑑定してみる事にしたリュー、まずは【嘘判定】から。闇属性の鑑定なので、相手の心に後ろ暗い気持ちがあるかどうかが判定できる。何かを隠しているのか、嘘をついているのか、またその内容についてなどは分からないのだが。


結果は―――黒。


どうやら店員は何か隠し事があるようだ。細かく質問していけばどの部分で嘘をついているか分かるかも知れない。だが、くどくど尋問のようになってしまうのでそれは止めた。


次に【敵性識別】してみると、店員はリュー達に対して若干の悪意を持っているようだ。ただし、完全な敵対である【赤】ではなく、【黄】であった。これは、明確な敵意ではないが、好意的でもない、という事だ。(好意がある場合は水色で表示される。)


次にリューは、店員が熱心に勧めていた馬車を鑑定してみた。世界のどこかに(別の空間に?)あるという謎データベースからこれらの馬車の設定?情報が引き出され羅列される。つくづく【鑑定】というのは謎な魔法であるが、考えても分からない事は分からない。分からないことは考えずとりあえず受け入れ、対処するか利用するのがリューの人生の方針である。リューのというか、神ならぬ全知とはかけ離れた存在であれば、誰でもそうするしかないのだ。


世界の仕組みに一瞬思いを馳せたリューであったが、一瞬でそれをかき消して、鑑定結果を読む。すると、どうやらどの馬車も何らかの瑕疵のある製品であったようだ。


ただ、瑕疵と言っても使用に当たっては問題が生じるような内容ではないようだ。例えば、どこか分かりにくいところに傷があるというような事であった。要するに、いわゆる『傷あり』『訳あり品』というわけである。


もちろん、使用に当たって問題がないのであれば、傷あり品であっても売っても問題はないだろう。どうせ使っていればすぐに傷つくのだ。そんな事を気にするリューではない。


ただ、傷よりも、店員のその姿勢が気になる。


傷がある事を正直に開示し売るならばよい。その分値引きするのが普通だろうが、値引きできないというならそれも正直に言えば、むしろ潔くて好感が持てるくらいである。


だが、傷がある事を隠し、通常の販売価格と同じか、なんなら少し高い価格を言うというのは、誠意がある姿勢とは言えない。


明確な不良品ではないので、極悪/犯罪とまでは言えないのかも知れないが……そのような店員は、信用ができない。今回は基本性能に問題はない品だったかも知れないが、その他の部分で何か不誠実な事をするかも知れない。


一歩下がってリューは【鑑定】していたが、その間、店員は、あまりモノを知らなそうなエライザをターゲッティングし、お薦めの馬車の良い点ばかり並べて熱心に説明していた。


そこにリューが割り込んで言う。


リュー 「…少し、高いんじゃないか?」


店員はムッとした顔をして言った。


店員 「何を言ってるんですか? ウチで扱っているのはどれも一級品なんですよ? まぁ、あんな馬車に乗っていたくらいですから、馬車の質など分からないのだろうはと思いますが。ここはプロに任せて~」


リュー 「ここに傷があるな」


リューは、目の前で店員が勧めていた馬車の、見えにくい部分にある傷を指摘した。『あっ』という顔をする店員。


店員 「そ……その場所は、走行には何も問題はない部分ですので!」


リュー 「まぁ、そうだろうな」


店員 「…ではこちらの馬車はどうでしょうか?」


リュー 「窓のフレームに一箇所ヒビが入っているようだが…」


店員 「そ……そうでしたか? 気づきませんでした。では、こちらなどは~」


だが、店員の紹介する馬車は、リューの【鑑定】によって瑕疵が次々と暴かれてしまう。


リュー 「これは…シャフトに僅かだが歪みがあるな。僅かだから走れないレベルではないが、乗り心地は悪そうだな」


店員 「そ…の程度は、普通に使っていれば、どんな馬車でも歪みが出てくるものですから」


リュー 「まぁ、そうだろうな」


店員 「では、こちらは…」


リュー 「…シートの裏に汚れがあるな」


リュー 「これは車輪に歪みがある、真円じゃないな」


リュー 「これは……どこにも異常はないな」


店員 「そうでしょう、これは当店イチオシの…」


リュー 「だが、血の臭いがする」


店員 「…!」


リュー 「強盗事件でもあった曰く付きの馬車というところか…?」


店員 「くそっ~~~! なんなんだよお前はっ! 冷やかしか? 買う気がないんだったら帰ってくれ!」


リュー 「買う気はあるが? まともな馬車がまともな価格で出てきたらな」


店主 「どうかされましたか?!」


そこに、離れて見ていた店主が慌てて駆けつけてきた。


店員 「どうもこうもない、冷やかしですよ! きっとライバル店の嫌がらせでしょう!」


店主 「…お客様? どういう事ですかな?」


リュー 「どういう事もなにも、俺はただ馬車を買いに来ただけのただの客だが? ただ、その店員が傷物ばかり紹介してきて定価以上の金額で売りつけようとするから、それを指摘していただけだが?」


店員 「…もしかして、お客様、【鑑定】のスキルをお持ちで……?」


リュー 「そんなところだ」


真っ青になる店員、あちゃ~という顔をする店主。


店主 「そっ、それは申し訳ありませんでした」


リュー 「この店はいつもこんな商売しているのか?」


店主 「いえ、そんな事はございません、たまたまこの店員が勝手にやらかしただけで」


店員 「…そんなっ! 俺は店長の指示通りにやっただけなのに!」


店主 「なっ、何を言ってる? 私がいつそんな指示をした?」


言い合いを始めてしまった店主と店員。やれやれと肩をすくめ、リューは店を出る事にした。


リューは下取りに出そうとしていた馬車を再びランドルフに繋げる。


本当は馬車など亜空間収納に放り込んでおけば持ち運ぶ必要も処分する必要すらもないのであるが、これはエライザの “馬車の下取り・買い替え体験” なのだから、とにかく一から十まで普通の冒険者のようにやるのだ。


だがそこに、声を掛けてきた者が居た。


『ああ、その馬車は置いてっていいぜ?』


査定 をしてくれた職人であった。


職人 「ウチのバカ店長どもが、すまなかったな。許してやってくれ。アコギな商売の仕方だが、あれでも事故になるような問題のある馬車は売ってないんだ、そんなのはこの俺が売らせねぇ。ただ、最近売上が落ちてて焦ってたようでな。傷物の馬車は売れ残って不良在庫になるばかりだからな。だったら安売りして処分してしまえって言ってるんだが、高い金を出して仕入れた馬車を安売りする勇気が店長にはないみたいでな。お詫びってわけじゃねぇが、いらない馬車はこっちで処分しといてやるよ……」


せっかく言ってくれたので、リューは処分を任せる事にした。


職人 「あんたら、シンプルで基本性能の良い馬車が欲しいって言ってたな? 最近は華美な装飾がついた馬車ばっかりが持て囃されてるからな、そういうのは表通りの店にはあまり並ばないんだよ。そういうのは、裏通りにある店に頼んだらいい」


そう言って、職人は “サム爺さん” の店を教えてくれたのだった。


職人 「偏屈な爺だが、キダタから紹介されたって言えば相手してくれるはずだ」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


サム爺さん 「ああ、もう新規の客は受け付けてないんだ、悪いな」


乞うご期待!



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